第6話 勇者の暮らし
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お城からほどなく離れた小さな町、そこに勇者は暮らしていました。
商人の家に生まれ、自身が魔王を倒す運命にあることも知らず平々凡々な生活を営んでいました。
勇者は多くの才能に恵まれ、また同時に強い正義感に満ち溢れていました。
これまで自分が勇者と知らずに生きてきた彼ですが、魔王が現れ、お姫さまが攫われたと聞くと、即座にお姫さまを助けに行くと立ち上がりました。
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「はい、あ~んして」
「い、いや、自分で食べられますから……」
自分の眼前に突き出されるソーセージを手で制しつつ、勇者は言った。
「んもう。照れ屋なんだから」
そう言って勇者の隣に座る女性は、ソーセージを自分の口に運ぶ。
彼女はこの町の名家の娘で、この町に住む人間は、誰も彼女の父親には逆らえない。纏っている服も、煌びやかで町を行く人々とは一線を画していた。
「ねえ、それじゃあアタシに食べさせて」
彼女がズイッと身を寄せると、勇者はそれに合わせて同じだけ後退りする。
はっきり言って、勇者は彼女のことが苦手だった。
家では余程いいものを食べているのだろう、その上身の回りのことは使用人に任せきりでろくに動くこともないため、胸囲と腹囲が同じくらいある。さらにこれでもかというほどフリルをあしらった全身ピンク色の服を着ており、指には幾つもの指輪をつけていた。金に物を言わせたセンスの悪い容姿もそうだが、こちらが好意を示してもいないのに、この横着な態度。勇者は今すぐにでも逃げたかった。
しかし、勇者の父親はごく普通の商人である。さして優秀ということもなく、なんとか食うに困らない程度の稼ぎしかない。地元の名士に嫌われたとあってはすぐに商売が立ち行かなくなってしまうだろう。こうして勇者は彼女の好意をなんとかはぐらかしながら日々を送っていた。
「広場にあんなに人が集まっている! どうしたんだろう?」
勇者はなんとかこの事態を打開しようと、やおら立ち上がり、言った。
勇者が指差す方向には多くの人が集まり、騒ぎ立てている。何やら昨日まではなかった大きな看板が立っているようだが。
「ああ、なんだか魔王が現れたらしいわよ」
不満げな面持ちながらも彼女は答える。
どうにも棒読みくさい言い方だったが、彼女の注意を逸らすことには成功したようだ。
「お姫さまが攫われて、お城のほうじゃあ大変みたいよ。でも、アタシ達には関係ないわよ。それより続き続き♪」
興味なさそうに説明してから、彼女はカバのように大きな口を開け、食べ物を催促した。クラリ、と勇者は立ちくらみを起こしそうになったが、ここで引いてはいけない。
「そ、それは大変じゃあないか! 僕も見てきていいかい?」
勇者は返事を聞く前に走り出した。後ろでは彼女が『んもう!』と怒っている声が聞こえた。先ほどから何度か聞いている言葉だが、どうにも牛の鳴き声に聞こえてしょうがない。
勇者は人混みをかき分けて看板の前へと向かう。
彼女のことだ。さすがにこの人混みの中にまではついてくることはないだろう。それだけで安心感というものがある。
看板に近づくにつれ、人混みはより密を増していく。会話する人々の喧騒もより大きくなる。
「魔王が現れたんですって。この町は大丈夫かしら」
「でも、王女様が攫われた以外は、王都に被害はないらしいぜ」
「こりゃあ、もし倒せたら王様になれるってことじゃねえか?」
「だよな。今の王様って、王女様しか子供がいねえからな」
「朝からなんか旅人みてえなのが多いと思ったらこんな御布令があったんか」
「でもよぉ、この看板が立ったのは今朝って話じゃねえか。なんでこんなに早く旅人が来るんだよ?」
喧々囂々とそれぞれが言いたいことを言う。どうやら件の看板が立ったのは今朝らしいが、既に昼を回っているのに今でも人が続々と集まってきている。おそらく街中の人間が見に来ているのだろう。そんなことを今まで露と知らなかったのは商人の息子として恥ずべきだと思った。その他にも魔物を見ただの、誰それが旅立つ準備をしていただの、正誤定かでない情報が飛び交っている。これだけ注目を集める情報ならば何かしら商いに通じることもあるだろう。次からはいち早く情報を仕入れるべきだ。
人混みの最前列とまではいかないものの、前方に数人の頭しか見えないくらいまでの所に辿り着くことができた。
決して身長の高い方ではなかったが、それでも人の頭と頭の間から看板は読み取ることができた。
『勇者募集!
我が国の王女が魔王によってさらわれました。
そこで魔王を打倒し、王女を救い出す勇者を募集中です!
見事魔王を倒し、王女を救い出した人には王女との婚姻を約束します!
その他副賞あり!
剣技に自信のある方、智謀に長けた方、死を恐れない方、身分を問わず大歓迎です!
有資格者には優遇制度有り!
詳細は城内で説明があります。参加者は城にて受付を行ってください』
また凄い募告もあったものだ、勇者はそう嘆息を吐く。
よく見ると下の方に小さく、『冒険中の怪我や死亡については一切責任を負いません』と書いてある。
看板を読んだところでまだまだ疑問点は多く残るが、騒ぎの理由はわかった。確かに朝からやけに甲冑を着込んだ男や屈強な男達を引き連れている人を見掛けるわけだ。
今朝御布令が出されたばかりなのに、既に多方から人が集まっているのはおかしいと思うが、今来ている人間の格好を見れば予想はつく。鎧にしろ、剣にしろ、どれも一目で高価なものを身につけていたり、何人もの人間を引き連れていたり、彼らは相当に上の身分なのだろう。おそらくは御布令を出されるよりも先んじて情報が入ってきたに違いなかった。なるほど、有資格者優遇とはこういうことなのかもしれない。勇者は疑問の一つにそう結論づけた。
ふむ、と口に手を当て、勇者は思案した。
これからおそらく魔王を倒すために旅立つ冒険者が増えることだろう。そのほとんど全てが一度城に集まるというのだ。城下ではちょっとしたお祭り騒ぎになることは間違いない。更に金を持っている貴族、もしくはそれに雇われた人間が一足先に城に集まっているという状況である。ならば商売するにあたって、大切なのは時間である。
先んずれば人を制す。城下に近い地の利を活かすのは今だろう。続々と人が集まるにあたって、宿や食堂、各店で物資が不足するはずである。
そうと決まれば話は早い。早速家に戻り、商売の準備を始めるべきだろう。
「ごめん! ちょっとこれから商売で旅に出なくちゃいけなくなりまして、今日はここまででお願いします!」
勇者は駆け足で彼女の元へ戻ると、矢継ぎ早に言った。
「家の発展に繋がる重要なことなんです! いつかこの埋め合わせはしますから! それでは!」
言い終わるよりも早く、勇者は振り向き走り出す。
「あ、ち、ちょっと!」
引き止める声が聞こえるが振り返らない。『覚えてなさいよぉおお!』と、しゃがれた叫び声が聞こえたが、勇者は聞こえない振りをしつつ家路を急いだ。もう後には引けない。なんとしても親を説得して、商売に同行しなければ彼女から何を言われるかわかったものではない。そしてできる限り長い旅になりますように、勇者はそう願った。
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