第2話 魔王とわがままお姫様

「魔王! ま~お~う~!」

 姫が幽閉されている一室。豪華な装飾に、一体何羽の水鳥が犠牲になったのかもわからないような羽毛布団を敷いたベッド。そこに腰掛けながら姫は不満な叫びを上げていた。

「うるさいな。どうした?」

 体長二メートルを優に超える大男が扉を開ける。浅黒い身体は全身毛に覆われ、顔立ちこそ人に近いが、その様相はどちらかというと獣寄りである。頭部には大きな角が生えており、背中には翼がある。魔王の名に恥じぬその姿は、見るもの全てに恐怖を与えると共に、威厳も兼ね備えていた。

「部屋を変えてちょうだい」

 姫はベッドから降りるとそう言った。既に見慣れたのか、怯えるどころか遠慮すら皆無の物言いだった。

 年の頃は一〇代半ばといったところだが、実年齢よりも幼く見える。体格も小柄で、魔王と対峙すると身長は半分程度しかない。それでも他国に名の知れる姫だけあって、髪の毛先から足先まで整っており、この若さにして十分な気品が備わっている。

「おまえの希望通り一番見晴らしのいいところなのだが?」

 魔王が嘆息しながら答える。

「見晴らしがいいって、窓もないじゃない!」

「上に登れば一望できるぞ」

 部屋の場所は城の最上階。しかし、最上階とは言っても実質的には城から隔離されているような場所だった。

 現在姫がいる場所は主塔と呼ばれる城の最重要拠点であり、主塔に入るために城の屋上まで足を運ばなければならない。さらに屋上から三階まで登ったところが姫の部屋とされていた。

「確かに、城内では一番の見晴らしでしょうね。でも……」

 さらに上へと上がれば主塔の屋上に出て、広大な城の敷地からその先の景色まで一望できる。しかし、それは景色を楽しむ場所というよりはどう考えても見張り台といった場所である。城内の建物を一望できる景観に一度は感動したが、そう何度も見たいとは思わなかった。また、見えすぎるというのも良くない。見張り台にもなる主塔からの景色は、城内を飛び越え、遥か先の地平線まで見渡せるのだが、その景色が魔界特有なのだ。

「果てのない荒野が延々と続いているだけの景色を観て、何が面白いというの?」

 城内は確かに立派だった。今いる建物を含め、居並ぶ建造物はいくつもあり、小高い丘に綺麗に並べられた城壁、通路には整頓された石畳。はっきり言って自国の城とは格が違うと言わざるを得なかった。しかし、その先に見える景観はただひたすらに荒れ果てた大地だった。太陽もなく、全体的に薄暗い空に赤茶色の粘土質な大地。花や木の実など植物らしい植物は望むべくもなく、数本の枯れ木が散在しているだけであった。これでは文句の一つも出るというものだろう。せめて日が照っており、空が青々としていたのなら全く違った景色に見えただろうが、どうにもモノクロムな空が気持ちを陰鬱にしてしまう。

「それにこんな上のフロアじゃあ御手洗いも大変だわ!」

 そうだな、と魔王は頷く。姫のほうは自身の御手洗い発言に少し顔を赤く染めていた。もしかしたら、これが一番重要なのかもしれない。魔王は言葉には出さないものの、そう解釈した。

「とにかく! 見晴らしなんかはもう望まないから広めの部屋を用意しなさい!」

 ちなみにこの部屋は決して狭くはない。一人で寝るには大き過ぎるベッドや調度品が入り、なおかつ巨大な魔王がいてもなお狭苦しさは感じない。それでも語気を荒げて言うのは余程この部屋や魔界の景観が気に入らなかったからか、それとも単に恥ずかしかったからか、魔王は考えながら言う。

「ついでにトイレが近……」

『ついでにトイレが近い部屋か?』そう言い終わる前に姫にキッと睨まれ、思わずたじろいだ。

「わかった。今すぐ用意しよう」

 宥めるように両手を前に出し、魔王は言った。

「ああ、それと部屋の家具なんかはこの部屋のものでいいわ。特にベッドは気に入っているから」

 姫がビシッと指差したベッドは、今回姫を迎えるために新たに入手したものであり、当然替えのベッドはない。つまり城の最上階から重いベッドを階下まで持っていけということだ。

 やれやれ、と魔王は肩を竦めベッドに近づくと、豪快にベッドを持ち上げた。そのままズカズカと部屋を出ようとする。

「ちょっと、あんまり乱暴に扱わないでよね」

 重いベッドの端を掴み、楽々持ち上げるという離れ業を見せられてなお姫は憎まれ口を叩く。

「心配するな。この部屋に運んだのも俺だ。ぶつけやしないさ」

 それは随分働き者な魔王だ、と半分感心、半分呆れた様子で姫は魔王を見ていた。

「あ、そうだ」

 扉を出る直前、魔王が振り向き、言った。

「荷物は新しい部屋に運んでおくから、その間好きにしていていいぞ。案内役くらいは付けてやる」

「そう。ありがと」

 捕らわれの身でありながら至れり尽くせりの状況に少々戸惑いながら、姫は礼を述べる。魔王は気にするな、と片手を上げて応える。もちろんベッドを持ったままである。どれだけの力があるのだろう、と疑問に思いながら姫は魔王を見送った。

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