#30 やるべきこと <Ⅳ期>
ルナは朝、いつもより早く起きて着替えを始めた。
着替えが終わるとすぐに部屋を出る。
ルナが向かったのはネルの部屋。理由は勿論下見だ。
すると、ネルの部屋の前にはヴァイスが立っていた。
(こんな時間から立ってるってことは、もしかしたらネルが部屋にいるときはずっと…?)
「おはようございます。ヴァイスさん。」
「ん、ああ。おはよう。ルナさん。」
社交辞令のような挨拶を交わして、ルナは部屋を通り過ぎる。
(あの様子だと、正面突破はやっぱり無理そう。でも喋る余地はありそう。)
通過しながらネルの部屋の位置を再確認し、周辺の状況も確認した。
部屋の位置は廊下の角に位置していて他の部屋より少しだけ広いようだ。
つぎにルナは寮の外へ出て、外からネルの部屋を確認する。
当然というべきか窓は閉めてある。これは問題ない。
学園内は基本的に安全とされていて、初歩的な鍵開けの魔法で簡単に開錠できる。
周りはまるで、というかまさに河川敷のような感じで見通しはよく、道幅は広い。
人通りについては早朝ということもあり、かなり少ない。
ストイックな生徒や朝早く目が覚めてしまった生徒が散歩をしたり、ジョギングをしている程度だ。
昼間から夕方にかけてはそこそこ人気のスポットで、ここで昼食を食べたりする生徒がいる。
それにここは夕焼けが綺麗に見えるというのが一部の生徒に知られており、夕焼けを見ながら告白したり語りあうカップル的な存在が少なくない。
というのも、噂によるとここで告白すると必ず成功するとか言われている。成立するのは必然的に百合カップルなわけだが。
さらに中には、ちょっとした秘め事をしている人たちがいるとかいないとか。
ルナもソフィーと夕焼けを見ながらここで…と考えたこともあったが「もう叶うことはないんだろうなぁ…。」と、ちょっとだけ悲しくなり思わず独りごちた。
それはさておき、肝心の夜だが人通りはほぼ皆無だったはずだ。
灯りもほとんどなく夜空の星を見るときにどうだろうか、といった感じだが学園にはそれ専用のスペースがあるし、それ以外でもここよりきれいに見えるところがたくさんあって、夜にここへ訪れるとすればムシャクシャしてとにかく走りたい人ぐらいだろうか。
つまり、誰もいないということになる。
ということで窓からネルを攫えば、少なくともその瞬間は誰にも見られることはない。
ただ、その後どこに閉じ込めておくかだがある程度目星はつけている。それは後程まわって確認して最終決定した後、少々細工をしておく。
後はネルが目を覚ましても逃げ出さない方法だが、鎖でつないでおくことも考えた。
しかし、ケガをさせてしまう可能性がある。そこで考え付いたのが秘策である。
これなら絶対にネルは逃げ出さないだろう。
と、ここまで考えたところで時間的にはいつもならそろそろ起きる時間だ。
今日は休むつもりをしているが、さすがにソフィーには欠席のことを伝えてもらえるように頼んでもらう必要がある。
そう言うわけで、ルナは一旦部屋へ戻ることにした。
部屋に戻ると、ステラがすでに起きていた。
起きていたとは言うものの、表情はとろんとしていて寝落ちするのも時間の問題という状態だった。無論、朝食を用意してくれているなど望むべくもなく。
よって、いつも通り朝食を用意することとなった。
結局ソフィーを待たなければならないため、それはそれで時間をつぶせるのでよしとするが。
少しして朝食が出来上がり、二人で食べているとソフィーが部屋に来た。
「おはよう。二人とも。」
「おはよう。ソフィーちゃん。」
「
「ステラ…。口の中のものを飲み込んでから喋ってよ…。」
そうやって挨拶を交わす。
「ねぇ、ソフィーちゃん。今日やらなきゃいけないことがあって、一日中授業に出られそうにないから欠席するって伝えておいてほしいんだけど…頼める?」
「用事があってお休みするのね?わかったわ。」
これで学園内を回って確認する時間ができた。
朝食が終わり、ルナはステラが準備をしているのを横目に朝食の片づけをする。
できるだけ早く出発してほしいものだがステラはいつも準備が遅い。
しかも、着替えの途中でベッドに倒れこんで二度寝を始めてしまった。
ソフィーはその様子に大きな溜息をつきながら、少々強めの打撃をステラにお見舞いして半ば引きずるように教室へ向かっていくのをルナは見送った。
さて、まずは目星をつけていた建物を学園の地図を広げてマークする。
なぜかどんな学校にも必ずと言っていいほど存在していて、たまに登場する旧校舎。
夜に特別な授業がない限り誰も近寄らない森に設置されている休憩小屋。
チームの会議用や軽い動きの確認用に設置されたが、使い勝手が悪くあまり使われていない多目的ルーム。
存在すら知らない人も多い、寮の屋上にある部屋。
学園設立以降一回も役に立ったことも無く、存在を忘れられて誰も配置されなくなった見張り用の櫓。
それらをマークし終えた後、夜でもそれなりに人通りがあったり、通るときに悪路などのなにかしらの障害があって手こずりそうな道を塗りつぶす。
そして現実的なルートに線を引き、この時点で道がなかったり遠回りにもほどがある場所には×印をつけていく。
そうすると数か所が残った。それらに縮尺から推定する距離を書き込んでいく。
これで準備が整った。ここから下見を始めるためにルナも部屋を出た。
ルナはまずスタート地点に定めたネルの部屋の近くの河川敷からそれぞれの方角を確かめる。
そして、ルートを確かめつつ歩いてみる。
わりと地図の更新がおろそかになっていて道がなくなっていたり、新しい施設が立っていたり、建物がなくなっていたりなど結構いい加減なのだ。
もちろん大部分は変わっていないらしいが、最近まで通っていた細い道がいつの間にか消滅していたなんてことがたまに起きるのがこの学園である。
よって、地図があまり信用できない。だから自ら確認する必要があるのだ。
実際歩いてみると、よく使う施設が地図になかったりして驚くことが何度もあった。
それらを地図に書き加え、なくなっている道に×をつける。
そうやって地図を更新しながら候補となっている場所を見回っていく。
一度巡回が終わったルナは地図をしっかり確めはじめる。
近くに重要な施設やよく使われる施設、そこに行くための道がある場合は除外しないといけない。
更新したことにより、避けるべき場所が増えて安全な場所が減る。それはリスク低減のためにはいいことだが悩みのタネにもなりうることで。
「うーん…。」
これで思っていたより多くの候補が使えないことになってしまった。
その中にはルナが割と使いやすそうと思っていた上位の候補の施設もあったりして渋い顔をしている。
とはいえ、まずは見つからないことを最優先にしなければならない。
そのことを考えると選択の幅が狭まることは単純にいいこととは言えないのである。
ただ、そんなことで落ち込んでいる時間はない。
何せターゲットの選定や作戦を考えるのに多くの時間を割いたため、できるだけ急いでタイミングを逃さないようにしなければならない。
ルナは残った候補の施設の内部を知るために視察へ向かった。
視察に向かう際、ルナは実際に使うルートを歩きながら昼間の通行量を確認する。
丁度お昼時で、昼食と移動のために生徒が最も動く時間帯。実際の夜とはかなり違いそうだが参考にはなる。
歩きながら観察しているとやはり大通りが一番人通りが多いが、細い路地を使う生徒も一定数いる。その大半が特殊な授業へ向かう様子だったが、一部の生徒は人目を避けるために通っているようだ。ただ単に人ごみが嫌な人だろうか。
いや、そうでもなさそう。待ち合わせをしていたようで二人が出会うと白昼堂々、抱き合ってキスをしました。何もこんな時間からしなくても。
とにかく、向こうが気づいたらまずいので足早に見えなくなる所まで行くのがよさそうだ。
そうして、数組のカップルの視線をかいくぐりつつ(といってもほとんど夢中で周りなんて見てないだろうが)候補の施設に到着し、中をじっくり観察する。外から見るよりも案外狭かったりすることがあるのだ。
それなりの時間をかけ、確認すると次へ向かう。
そうやってすべてを確認し終わったのは日が暮れてからだった。
「思ったより時間かかっちゃったな…。」
ルナが部屋に戻るとステラとソフィーが夕食をとっていた。
「あ、おかえりー!」「おかえり。」
「ただいま~。疲れたよ…。」
ルナは一日中歩き回ったのだから無理もない。
「ねぇ、聞いてよ~。今日ステラがね~…。」と今日もソフィーの長いトークが始まる。
ソフィーのトークは適当に聞き流し、生返事の相槌を入れながら今日のことを振り返る。
実はまだ確認したいことがあるのだが、ソフィーが帰ってからやることだからそれはいい。
どうせ深夜にしかできないことだ。
でも、できれば早く帰ってほしいのが本心ではある。
かなりの時間ソフィーが喋り続け、ルナも振り返ることが少なくなり、ステラがうとうとし始めた頃ようやくネタが尽きたらしく部屋へ戻っていった。
帰る際になんだか顔色がツヤツヤしていたような気がしたが気のせいということにしておこう。
そんなこんなで深夜になってしまったわけだが、少しだけ時間を持て余す。
持て余すといっても、少し時間をおいてから行動したほうが良いというのが本当の所だ。
というわけでルナはシャワーを浴びることにした。
時間をおくには丁度良かった。今日は歩き回ったせいでちょっと汗もかいたし。
シャワーを済ませ、時計を見るといい感じの時間になっていた。
ステラは先に寝ていたようで、寝息を立てている。
ルナは音をたてないように外へ出た。
ルナは寮の屋上へ向かう。その際にネルの部屋の前を通る。
「こんばんは。昨日もこの時間帯に会いましたね。」とこちらに気付いたヴァイスが声をかけてきた。
「実は最近眠れなくて…。それで屋上に行って少し夜風にあたろうかな、と。」
「そうだったんですね…。」
「あの、ヴァイスさんって眠れるときにはすぐに眠れるって聞いた気がするんですが。」
「ええ。その通りです。」
「よければ、次の機会に教えてくれませんか?」
「ええ、かまわないですよ。」と微かに笑顔を浮かべてヴァイスは応対した。
ルナは「(やっぱり話す余地はありそうだ。)」と自分の見立てに間違いがないことを確認して、「では、失礼しますね。」と言ってルナはその場を後にした。
屋上についたルナは擬態を解き、吸血鬼の姿になった。
とはいっても今回はドレス姿にはならず、制服の上に吸血鬼の正装のマントを羽織るだけである。もちろん羽や牙といった身体的な特徴は吸血鬼になっている。
だから今回の表記は吸血鬼となるわけだが。
それはそれとして。屋上に来た目的は夜風にあたりに来たわけではない。
昼間の下見のときにある程度人通りの推測を立てて、ルートを考えた。
しかし、あくまで推測。やはり心許ないのだ。
だから、作戦を実行するであろう時間帯の実際の人通りを見ておきたい。
不測の事態があった時はとかは考えないでおく。考えたって仕方がない。
ルナは魔眼を紅く輝かせ、観察する。大通りはまばらではあるが人通りがある。
この時間に出歩くとしたら星座などの勉強のためか、依頼から帰ってきたかぐらいだろう。
ルナは視線を移し、計画していたルートを観察する。
予測通り人通りはなく、問題はなさそうだ。
一応サブルートも見てみようと視線を移す。
すると、ルナは顔を赤らめてしまった。
その視線の先には女子が二人。
かなり濃密な状態になっていて、正直なんでこんなところであんなことを…といったことをしている。
何をしていたか言わなかったのはお察しいただくというかご想像にお任せするとして…。
ルナが思わずため息を吐くと、背後で何かの気配がして即座に振り向いた。
「にゃーん。」
黒猫だった。一般的には不吉な前触れとされているが魔法少女や魔女にとっては吉兆とされている。
「ほっ。なんだ猫ちゃんかぁ。おいで。」と、腕を広げて黒猫を迎え入れる。
近づいてきた黒猫を抱き上げると思わず「かわいい…。」とつぶやき、若干心が和んだ。
「よしよし。」ルナはその黒猫をなでてやり地面へ降ろした後、擬態をして部屋へ戻った。
ともかく、これで準備が整い、作戦が固まった。
タイミングはギリギリだったがこれで実行に移せそうだ。
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