#29 品定め<Ⅳ期>

 さすがにそろそろ動き始めないと厳しいかもしれない。

 そんなことを考えるルナだが、現実はそうは甘くない。

 現状やりたいことはいっぱいあるが、遅々として進まないどころか一切できていないのだ。

 おおっぴらに動けないのもあるが、最大の理由がである。

 本業が大変だと副業までなかなか手が回らない。かといって、副業に手をつけ出すと今度が本業がおろそかになる…。

 模範生でかつ実技を除いては成績最上位集団の中の一人である手前、手を抜くわけにもいかず、手詰まりなのかもしれない。

 いや、いくつか手は考えてはいるけれども。

 それでも標的を決めないことには始まらない。

 一番の候補はやはりソフィーだろうが、それはまだ先の方がよさそうだ。

 ソフィーはかなり適正もあるが、正義感も精神力も強い。

 だから堕とすのには非常に骨が折れるだろうし、堕ちるまでは監禁などをしておく必要があるからだ。

 あと、初めての吸血は自分がしたいという欲望もあるわけだが。

 他の生徒のことも考えたが、どれもパッとしない。

 それに、生徒は全員最低でも二人部屋。もし、どちらかに見られて逃げられたらその時点で一巻の終わりとなる。

 あまりにもリスクが高すぎる。

 とにかく、時間が欲しい。ルナはそう思うものの、どのようにすればよいかが問題だ。

 ここ数日何もできていないルナの顔に若干の焦りが見えた。


 さらに数日が経つ。その間、午前中は真面目に授業を受けて午後は依頼をこなしていた。

 依頼は小粒であっても一人でできるものを選び、ポイントを稼ぐ。

 ただ、本当の目的はポイントではなく一人の時間を作るためだった。

 簡単な依頼なので早いうちに依頼を終わらせて本来なら演習によってとられる時間を考える時間に充てられる。

 魔物の討伐ぐらいなら、ルナが一喝したり命令したりするだけで解決してしまう。

 勿論、相手にも配慮して物腰は柔らかめにお願いするのだが、それだけでも魔物にとっては威圧感の塊らしく、素行が日頃からよっぽど悪くない限り従ってくれる。

 いくら討伐依頼でもさすがに命を差し出せとまでは言わないし、言えない。

 ともかく、目下の課題である時間を作ることができる。それが重要だった。

 誰を標的にするか、どのように捕まえてどうするのか。いろいろ作戦を練るための時間。

 いくら時間に余裕がなくても必要経費であるのだろうが、標的という大事なピースが足りない。

 ルナはとりあえず、身体能力的なことも考慮したうえで何とか使えそうな数人を想定して作戦案を練っていた。


「はぁ…。」ルナは大きな溜息を一つ。

 一応の道筋はついたとはいえ、妥協に妥協を重ねた結果でルナにとってはかなり不本意だった。

 数日かけたにしてはかなり物足りないし、二人部屋を攻略する方法が浮かばなかった。

 勿論、強行突破で睡眠魔法をかけた後に忘却魔法とかでごまかすのも悪くないかもしれない。

 でも万が一、応戦でもされたら嫌でも騒ぎになるだろう。それは必ず避けなければならない。

 この日、ルナは少し早めに起きて依頼掲示板へ行き、何かソロで手ごろな依頼を探していた。

「はぁ…。」さらに溜息。

 ソロの依頼はあまり多くない。

 よって、やりつくされていることも多く、この日はそうだったようだ。

 つまり午後は演習に出なければならず、一人になる時間がないということになる。

 ルナは肩を落としつつ部屋へ戻り、朝食の準備に取り掛かった。


 何事もなく、午前中の授業まで時間が進む。

 授業は相変わらず、ルナにとっては初めての内容を進めていてほかのことを考える余裕はなかった。

 授業風景は平穏な学園生活そのもの。何かが起こるような予兆どころか、トラブルさえ起きなさそうな穏やかな風景。ルナの内心とは裏腹な状態である。

 そして、特に何か変わったことが起きることはなく、午前の授業が終了する。


 午後の演習へ向かう道すがら。

「うーん…。」周りには大体生徒がいるし、常にステラとソフィーが横にいる。一人になれず考える隙がないことがもどかしくて、思わずルナは唸り声を出してしまう。

 横の二人は少し心配そうに顔を見るが難しい顔だったので考え事をしてると思い、気には留めなかった。

 ここ数日出ていなかった午後の演習。

 色々口に出して考えることはできなくとも、逆にここでしかできないことをやるほかない。

 それは、候補の選定。

 目星をつけているとはいえ、その中から誰を狙うのかはまだ決まっていない。

 となれば、クラス全員が集まりかつそれなりに観察する時間が取れる午後の授業は最適だった。

 本当はもっと作戦を固めてからの方がよかったのだが、どうせ数日以内にしなければならなかったことであった。

 ルナは"話しかけるなオーラ"全開でクラスメイトを観察する。

 が、しかしやはり身体能力は少々高くても決め手に欠ける。

 そもそも、身体能力自体は吸血鬼化すれば飛躍的に向上するし問題にはならない。

 では知力はどうかというと、成績はみんな秘密にしたがる。

 普段の振る舞いや授業態度でおおよその予想がつくけれども、ちょっとぐらい話をする程度の間柄ではよくわからない。

 もっと突出する何かがあればいいのだが、みんな適性などの平均値が少々高めということもあってどれも微妙という評価にしかならなかった。

「むぅ…。」どいつもこいつも微妙でルナも少々苛立ちが出てきた。

 苛立ったところで何も変わらないのだが、時間がないことはルナの心理面に大きく負担があるのだろう。

 ふと一度正面を向くと視界の端にネルとヴァイスが映った。

 ネルは普段あちこちで寝ているため、演習に参加すること自体が珍しい。

 何だか眠そうな表情で寝ぼけ眼をこすっているがしっかりと起きて参加はしている。

 そんな風景を見ていたルナは思い出した。

 ネルは飛び級であること、そして魔力が周りの平均より高いこと。

 つまり、基本的能力が高いことを示していた。

 ルナはそれに気づき、ネルをしっかり見て適性を確認する。

 すると意外に高い。つまり強力な吸血鬼になれる可能性があるということだ。

 このことから、標的がネルに確定した。

 ルナの大きな悩みであった足りないピースが埋まったのである。

 …とはいえ、命令と睡眠。吸血鬼になったらどちらを優先するのだろうか。

 命令の実行力には疑問が残るのだが…。

 そんなことを考えているうちに自分の順番が回ってきたようで、一度思考を止めて森の中へ入った。

 演習は軽く流せばいい。全力でやっても疲れるだけだ。

 むしろ、疲労のせいで思考力が落ちるほうが困る。

 それに、今までの成績とか吸血鬼の力とか諸々の兼ね合いも考えると軽くしないといけないだろう。そういった細かい調整などを考えて演習をやっていく。


 自分の演習が終わると解散になった。どうやら最後の組だったらしい。

 ルナたちも含めて各々、寮へ帰っていく。

 ソフィーは演習後にルナに会うのは数日ぶり、だから色々話したいことがあったようで話が止まらない。今日も長くなりそうだ。

 ルナはソフィーの話に思考のリソースを割きつつ、もっとルナにとっては大事なことに考えを飛ばしていた。

 幸い、ソフィーは自分の話ばかりしているので適当な相槌さえ打っておけば聞いていると思ってくれるだろう。

 今後の予定をどうしていくか、問題点は何か、必要なものは何かなどできるだけ抜かりがないように作戦を立てていかなければならない。何事も始めが肝心だ。しくじるわけにはいかない。

 とはいえ作戦の日程が決まっている以上、悠長に準備はできない。とにかく残りの時間でできる範囲の作戦を立てなければ。

 と、ここまで考えたところでソフィーからここ数日の依頼について話が振られてしまい、考えることを中止せざるを得なくなった。

 ルナはできるだけ手短に依頼について話すが、ソフィーはかなり詳細なところまで気になるようで話が中々進まない。

 いくら手短にとはいっても数日間、複数の依頼をこなしてきたルナ。一つ一つが小粒であろうと塵も積もれば…である。

 途中、夕食を挟みつつ続けて話すが中々終わらない。

 正直話すことがあまりない依頼もあったのだが、それに対してもソフィーの質問攻めによって返答に苦慮する質問もいくつかあった。

 さすがに、魔物たちを説得したなどと言えるはずがない。


 結局、すべてを話し終わってソフィーの質問攻めが収まったのは真夜中になるちょっと前だった。

 聞きたいことがすべて聞けたことに満足した様子のソフィーは時計をちらっと見た後、遅い時間になっていたことに気付き、急いで帰っていった。

 何はともあれ、ようやく考えることができる。そんなに時間がないが。

 ステラはのほほんとした表情でベッドへ向かっていくのを見届けて、計画を考える。

 ネルの部屋も二人部屋だが、ほかの生徒と違って部屋にいるのはネルだけだ。

 表向きにはヴァイスとの同室という扱いらしい。

 つまり、実質一人部屋でほかの部屋の問題が一つ解決される。

 しかし、大きな問題が一つ。ヴァイスの存在だ。

 ヴァイスは常にネルを守る姫騎士。魔法は使えないものの、アンチマジック系のアミュレットは装備しているとみて間違いない。

 本来ならばヴァイスの寝込みを狙うのがいいのだが、ネルが比較的安全な授業中か演習中の待ち時間の一部以外はだいたい起きているらしい。

 実際、深夜でも部屋の前で立っているんだとか。

 窓から気配を消し、物音を立てず侵入すればヴァイスには会わずに済むが難易度が非常に高いうえに、ネルの気配が消えてしまうと察知されるだろう。

 具体的な方法は現時点では置いておくとして…どうにかヴァイスを部屋から離すか、気をそらして気配を感じるためのリソースを奪うぐらいしか方法が浮かばなかった。

 一応、薬で…という案も考えはしたがヴァイスは姫騎士になるための学園で毒を検出するための訓練もやっていて、匂いや味でわかるということで没になった。

 どちらにしろ一人ではできない。

 …ステラで大丈夫だろうか。何とも言えない不安はあるが、こればかりはどうにもならない。

 人手不足を補うためにも人手は必要なのだから足りなくて当然である。


 もっとしっかりと作戦を立てるためには十分に把握しておかなければならないことがある。

 とはいえ、もう遅い時間。それを調べるのはできない。

 一先ずここまで進んだのも、大きな収穫だろう。

 そう考えてルナは調査を明日に持ち越し、床についた。

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