#28 普通?の依頼<Ⅳ期>

「ん…。」

 昨日の夜更かしと疲労で深い眠りに落ちていたルナも、朝になれば自然に目が覚める。

 つまり朝になったわけだが、吸血鬼としては忌々しいはず。

 なのにもかかわらず、目を覚ましたルナはなぜかスッキリとした気分を感じていた。

 理由はどうであれ、スッキリしているに越したことはない。

 そう思ってルナは体を起こし、顔を洗いに行った。

 ふと、ここでルナに一つ疑問がわく。

 吸血鬼は鏡に映らないというのが定説であるのだが、ルナは顔を洗っていて現在進行形で鏡を見ている。もちろん自分の顔がしっかりくっきりはっきりと映っている。

 もし仮に、完全覚醒を終えるまでは映るとしてもここまでちゃんと映るものなのだろうか。

 頭の中の吸血鬼についての知識を探ってみると二次覚醒のときに入ってきた知識に答えがあった。

 意識しているときは映る。らしい。

 でも確かに、鏡に映らないと不便なことも多々あるだろう。今、現に顔を洗う時とか。

 そういうわけで必要に応じて鏡には映れる…。ということだがつくづく吸血鬼は便利な種族だなぁ…と感心する。


 それはそれとして。ルナはいつものように朝食を作る。

 吸血鬼になってもこういった日常はそれほど変わらない。

 朝食の仕上げに差し掛かったころ。

「おはよー。」とステラが起きてきた。

「うん。おはよう。」

 昨日までのように積極的に近づいてこない。ということは説得が効いたようだ。

 そして二人で朝食をとる。なんとなく以前のような距離感は保てているような気がした。

 朝食を食べ終え、片づけのときにステラも一緒に片づけるといって一緒に洗い物をすると言い出した。

 これは以前ではなかった行動だ。しかも、なかなか距離が近い。シンクがそれほど広くないのもあるが、それなりに接触もある。

 それでも、密着度が多少にはなったのは確かだ。

 とは言ったものの、程度になっただけだが…。

 と、ルナは何かに気づく。

「あ、別にダジャレを言ったわけじゃないからね?

 ほらそこ、寒いとか言わない!そこもメタいとか言わないで!そこは急に寝たふりするのはやめてよ!」

 と虚空にツッコミを入れつつも、内心では胸をなでおろす。

 そんなこともありながらもふと、時計を見るといつもはソフィーが来ている時間を過ぎていた。

 にもかかわらずソフィーはまだ部屋に来ていない。

「ソフィーちゃんおそいなぁ…。どうしたんだろ?」

 そう言ってルナは様子を見に行こうと思ったのかドアの前へ行き、ドアノブに手をかけようとしたその時だった。

 ドーンといった大きな音とともにドアが勢いよく開いた。

 ドアが開いたということはソフィーが来たということだが、にルナがいたということは…

「ふぎゃ!?」

 と短い悲鳴と共にルナはドアと壁の間に挟まれてしまった。

「おはよう!…あれ?ルナは?」とソフィーは挨拶と共にルナがいないことに気付く。

「ここ~…。」とルナは挟まれながら返事をした。

 ソフィーがドアを閉めるとぺちゃんこにされてペラペラになった…とマンガのようにはなっていないものの、涙目のルナがいた。

 勢いよくドアが開いたせいで、頭をおもいっきり打ったようで、おでこを抑えながら悶絶していた。

 おでこにバツ印の絆創膏を貼っておいて、ドアも少し凹んでしまっていたので直しておいた。

 ルナは怪我をしてもすぐ治るのになんで絆創膏貼ったのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、なぜかというと…

「なんとなく!気分的にね?」というのがルナの弁。


「…それで、ソフィーちゃん。遅かったけど、どうしたの?」

 ルナはおでこを気にしながらソフィーに訊ねる。

「あ、そうそう。依頼を受けてきたのよ。」

 確かになんだかんだいろいろあって、最近依頼を受けたりしていなかった。

 ルナを除くソフィーたちも遠征が終わってからはほとんど依頼や任務がなかった。

「でも、どうして?」

「いや、ルナ。依頼ポイント足りてないみたいだし、手ごろなのがあったからね。」

「あ。そういえば。」

 そう、依頼をこなせばポイントがもらえる。それとは別に報酬もあったりして、お金を稼ぐために依頼や任務を受けることもあるが、一定以上のポイントがないと魔法少女としてのランクも上がらないし、進級もできなかったりするのだ。

 とはいえ、ほとんどは必要以上にポイントをためることはない。どうせ遠征一回行けば勝手にたまるからだ。

 しかし、ルナは当時まだ開花前で遠征に行けなかったし、ランクとしても少しだけ足りなかった。だからあの森に行っていたのだが…。

 ちなみにその任務は一応成功扱いになっているらしい。理由はルナがやられたことが調査結果とされたとのことだ。

 見習いだったとは言え、安全とされていた森で魔法少女がやられるということなんてありえないことだから何か強力な魔物がいるかもしれないということがわかっただけで十分だったらしい。

 成功扱いになったおかげでルナは一応見習い魔法少女ではなくなったが、やはり周りの人のポイントの平均と比べると結構少ない。

「それで、どんな依頼?」とルナが聞くが

「それより、そろそろ行かないと授業に遅刻しちゃうわ。後でね。」

 そう言えば、まだ平日の朝だったことルナたちはを思い出し、一先ずは授業に遅れないように教室へ急ぐのであった。


 結局、教室についたのは結構ギリギリだった。やはり朝にしては少々長話だったようだ。

 授業が始まるとルナは真面目にノートをとって、授業を受ける。

 周りは一部を除いて余裕の表情か興味がなさそうに虚空を見つめていたり、ノートに明らかに授業と関係ないことを書いているようだが、そんなことを気にしている余裕はルナにはない。

 一方、ソフィーはこの後にある依頼のことに意識を向けていて、準備に余念がなかった。


 授業は何事もなく終了し、お昼休みになってルナは食堂に向かおうとすると、

「はい。これ。」とソフィーにおにぎりを渡された。

 ルナは受け取りつつもきょとんとした様子。横にいるステラもよくわかっていないようだ。

「さぁ。行くよ。」そう言ってソフィーは歩き出した。

 二人はまだよくわからないままソフィーの後を追った。

「ねぇ!どこに行くの?」とソフィーに追いついたルナは訊ねる。

「決まってるでしょ。依頼を受けたんだから。」

 いくらなんでも慌ただしくないだろうか。などと思ったがそんなことを意に介さずソフィーは依頼の説明を始めた。

「『とある村の近くにある森で魔物を目撃したということで調査と可能なら討伐をしてほしい。』という非常に単純なものだけど詳細については何もわからないの。だから念のために早めに出発する必要があったの。あ、おにぎりは道中で食べてね。」

 これで全部理解した。でも、授業終わりの教室で話しても一分ほどしかかからなそうな説明だったため、落ち着いて聞きたかったと思うルナ。

 横にいるステラは「ラーメン…。」とボソッと一言。


 そんなことがありながら、歩きながらおにぎりを食べつつその村へ向かう。

 村につくと、村長らしき人物が迎え入れてくれた。

「依頼を引き受けていただき、感謝します。」

「いえいえ。しかし、詳細を知らされていないので詳しく聞かせてもらえますか?」とソフィーが尋ねる。

 詳細といってもそれほど難しい話ではなかった。

 村ではよく近くの森でキノコや木の実をとったりするらしい。基本的に森の深いところにはいかなくても十分な量がとれることから、村に近い入口のあたりで収穫している。

 しかし、数日前に収穫していたとき魔物が1匹現れたので逃げてきた。

 それ以降怖くて森に入れないでいる。

 ちなみにそれまで魔物がいたという話も見たという話もなかった。


「わかりました。それでは、行ってきます。」

 そうしてルナたちは森へ入っていった。

 入口のあたりはそれなりに整理もされているような様子で、空もしっかりと見えるような状況で、魔物がすみつきそうな気配はなかった。

 しかし、数分ほど歩くとその様子は一転して鬱蒼としはじめる。

 つまりこのあたりからが村の人々が足を踏み入れないエリアということになるのだろう。

 確かに、この先からならば広さによっては魔物がすみついてもおかしくはない。

 ルナたちは気を引き締めて先へと進んでいく。


 さらに数分経った頃、ルナが違和感を口にした。

「ねぇ…。なんだか静かすぎない…?」

 その言葉を聞いてソフィーたちも

「確かに…。」とその違和感に気付いたようだ。

 まだ昼下がり。普段ならば小動物や鳥が出てきたり鳴いている声が聞こえるはずだ。

 しかし、それらどころか木のさざめく音すら聞こえない。

 まるで森全体が眠っているかのようで、明らかに異常だった。

 ルナたちは警戒しながらさらに奥に進む。

 森の中はルナたちの足音と息遣いだけしか聞こえない。それだけ静かなのだ。

 やはり何かがおかしい。でも、何が起きているのかわからない。ピリピリとする緊張感の中ルナたちは警戒をして進んでいく。

 しばらくの間探索を続けていたが一向に成果がない。

 せめて、魔物の姿ぐらいは確認しておかないと帰れないのだが、その気配や影も見当たらない。

「この森、意外と広いね…。やみくもに探しても見つからないんじゃないかなぁ…?」

 重い雰囲気の中ルナがつぶやく。

「そうね…。すこし考えようか…。」ソフィーも同調する。

 目撃は数日前に1度きり。それも1匹。

 何匹もいてもおかしくはないがそれなりの広さがある森で、もし1匹しかいないとしたら見つけるのは困難だろう。それに1匹だけなら村に現れても対処できなくはなさそうだ。

 ただ、群れだった場合は話は別になってくるのだが、そうなると一つ疑問が浮かぶ。

 群れならば、食料集めも数匹でするはず。それにもう少し頻繁に目撃があってもおかしくない。

 だが、魔物は通常は群れで生活することが多い。

 となると、かなり少数でかつ1つの群れなのかもしれない。

 そうすると、この広さの中から探すのは中々難易度が高そうだ。

「食べ物目当てなら食べ物の近くで待てばいいんじゃない?」とステラがだるそうに言った。

「…それだ!そうしましょう!」とソフィーは待ち伏せの作戦に切り替えることにした。


 ルナたちは村まで一度戻り、体制を立て直す。

 時間はそこまでたっておらず、まだまだ時間には余裕がある。

 欠点としてはどれだけ時間がかかるかは魔物しだいという点だが、広い森をやみくもに探すよりかはいいだろうという判断だった。

「「「…。」」」

 三人は静かに魔物が目撃されたあたりを見張る。

 できれば日が落ちる前に終わらせたいが、今は待つことしかできない。


 日もそれなりに傾いてきて、西日が強くなりはじめた頃、

「あ。いた!」

 1匹の魔物が村の近くまで来て木の実をとっている。

 キノコや木の実などをいっぱい抱えていて、おそらく件の魔物だろう。

 ルナたちは急いで魔物のいる場所へ向かった。

 すると、魔物はルナたちに気付いたようだ。

 気のせいか若干おびえたような表情を一瞬見せた後、一目散に逃げていく。

 ルナたちもその後を追うことにした。

 魔物は持っていた食べ物を途中で落としつつ逃げていく。

 ルナたちは一応拾いながら魔物を追う。

 5分ほど追いかけっこをして魔物が岩にできた穴へ入った。

 ルナたちも後を追うと、そこには震えながらこちらを見る1匹の魔物とそれに抱きつく3匹の小さな魔物の子供がいた。やはりどう見てもおびえている。

 見たところ獣成分が強めの獣人のようだ。耳とか尻尾などの特徴を観察しても何の種類の獣人かまではわからなかったものの、ルナたちを見て逃げる様子を見ると人間を襲う危険性は極めて低そうだ。

「私はしゃべることわかる?」とルナは話しかける。

 獣人系は人間の話す言葉を理解できる場合が多いので話しかけたのだが、魔物たちは震えていてそんな余裕はなさそうだ。

「一度、出ようか。」

 三人は外で話し合う。

「うーん…。危なくはないと思うんだけどなー…。」

「そうなんだけど、どうしたものかしら…。」

「あんなの討伐しにくいよ…。」

 頭を悩ませるルナたち。

「私、もう一度入ってみるよ。今度は私一人で。」

 そう言ってルナはもう一度穴の奥へ入っていった。

「気を付けてね…。」とソフィーは見えなくなっていくルナの背中に声をかけた。


 ルナを待つソフィーとステラは心配そうにしながら、これからどうするかを相談する。

 一方ルナは魔物の前でしゃがんで、もう一度話そうと試みる。

「ねぇ…。私の話してることわかる?わかったら頷いて?」

 すると魔物は震えながらも頷いた。

「もしかして私が怖いの?」

 またしても頷く。

「安心して?私は何もしないから。」

 そうすると安心したのか震えが収まった。

「どうして私が怖いの?」と聞くと

 かなり拙いものの、何とか人間の言葉で伝えようとしている。

 ルナはその様子を見て

「あ、ごめんなさい。あなたたちの言葉で大丈夫だよ。」と言いながら翻訳魔法を使う。

 ルナが理由を聞いた瞬間落ち込んだ。

「そっかぁ…。そういうことかぁ…。」

 その理由はルナが最上位の魔族であるからだった。

 擬態していても、人間以外には魔力の香り的なものでごまかしがきかないらしい。

 そのせいで森のすべてが怯えていたとも言われた。

 なるほど、通りで静かだったわけだ。

「どうして、村の近くまで行って食べ物をとっていたの?」

 獣人は理由をゆっくりと話し始める。

 最初の方は森の奥で食べ物をとっていて、十分だった。しかし、子供が食べ盛りになりつつあり足りなくなってきた。でも、森の奥はもともととれる量が少なくて、もっととれるところを探していた。そうしたら村の近い所は豊富にあったのでとりに行っていた。とのこと。

「ほかに魔物はいる?」

 首を横に振った。

「そっか。ありがとう。村の人には伝えておくけど、村の人を傷つけないようにしてね?約束だよ?」

 子供たちも含めてみんなが首を縦に振った。

「あ、そうだ。これ、落としていったよ。」とルナは魔物が落とした食べ物全てを魔物に渡した。

「じゃあね。」とルナが別れを告げると、獣人たちが感謝を述べた。


 ルナは穴から出てくると

「大丈夫だったよ。帰りながら話すね。」と言って村の方向へ歩き出した。

 ルナは穴の中でどんな話をしたかソフィーたちに伝える。(おびえていた理由は嘘を吐いたが。)

 そして村に戻り、村長に状況を報告しつつ魔物たちが食料に困っていることを伝えると強く理解を示してくれた。

 そうして村に安心が戻り、ルナたちの依頼は完了した。


 帰る頃になるとかなり日も傾いていて、急いで学園に戻らないと魔物も凶暴化してしまう。

 依頼の疲れもそれなりにあるが、そこそこ急がなければならない。

 そうなると自然に、帰る足取りも早くなる。

 今夜の夕飯は何にしようか、だとか他愛のない話を道中で歩きながらしつつ、結局学園に到着したのは日没の30分後だった。

 ちょっと予定より遅れてしまったが、あのようなざっくりした依頼だったということを踏まえると早いのかもしれない。

 そうして学園に依頼結果の報告と、到着が日没後になってしまった理由を説明して、それぞれの部屋に戻った。

 戻ったはいいが疲れ切ってしまい、何もやる気が起きなくて今すぐにも寝てしまいたい。

 しかし、シャワーも浴びずに寝てしまうのは女の子としてはどうかと思い、重い体を引きずって浴室へ入る。


 浴室から出ると、ステラがげっそりしながら倒れていた。

「ごはん~…。」とつぶやいている。

 ステラも一応料理が作れるのだから自分で作ってほしいものだ。

 ルナは血液の代わりと体裁を保つため食事を摂っているが、正直ほとんど必要ない。

 つまり、今日は疲れているので作りたくない。ということだ。

 無視してベッドに向かおうとすると、「ごはん~…。」と半ばゾンビのような声を出しながらステラが足にしがみついてきた。

 ステラは意地でもルナに夕食を作ってほしいらしい。

 ルナもさすがに嫌気がさしたようで、冷蔵庫に入っていたアンパンをステラの顔面に投げつけ、クリーンヒットさせたところでルナはベッドに潜る。


「(あぁ…今日も何もできなかったな…。)」

 そんなことを少し思いつつもルナは夢の中へ旅立っていった。

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