#26 地獄の正体<Ⅳ期>
ルナは早起きをしていた。
今日は魔力計測の日ということで、ほかのみんなは休みだがルナは登校しなければならない。
しかも夕方までかかるということらしいので今日も何もできなさそうである。
ステラは相変わらずよく寝ている。もうそろそろ起きてもいい頃なのだが、目を覚ます気配がない。
まさか失敗した?そんなはずはない。失敗したなら命を落としているはず。
ちょっとした不安がありながらも、ルナは支度を進める。
もう一つ不安がある。それはこの間の暗示である。
相手が眠っている間、気を失っている間に暗示をかけて果たして効果があるのか…。
昨日の夜寝る前にふとそんなことを思ってしまったのである。
真偽はわからない。もし、ルナがいない間に起きて効果がなかったとしたら…?
その後のことは考えたくもない。念には念を入れておくべきだろう。ということでルナはステラに追加で睡眠魔法をかけておき、どれだけ早く目覚めても夕方過ぎぐらいまで寝ているように調整した。
制服で来るようにとのことだったので、着替えをしているところにソフィーがやってくる。どうやら、ステラの様子を見に来たようだ。
「おはようルナ。ステラの様子はどう?」
「まだ寝てるみたい。熱はないんだけどね…。」と言って視線をステラの方に向ける。
「そのうち起きるとは思うんだけど、今日私は…ね?」
「ああ、そうだったわね。がんばって…。」
ルナは何だか含みがあるようなソフィーの言い方に違和感を持ちつつ、支度を進める。
ルナは軽く朝食を済ませて部屋を出て、指定された場所へ向かった。
それは室内演習場であったが、何やら見たことがないような器具があったりなかったりしていた。
ルナはそんな光景に戸惑っていると、誰かの足音が聞こえてきた。
「…ふひひっ…。五分前集合…、優等生だねぇ…。」
と怪しい笑顔を浮かべている人が数人を引き連れてやってきた。
「これから…魔力計測を始めるよぉ…。よろしくねぇ…。」
この人は非常に怪しい見た目をしているし、何だか不気味な感じがするがこれでもれっきとした魔法少女なんだそうで、今日の…というか毎回計測を担当する先生なのだという。
ただ、本人はこんな感じでコミュニケーション能力に若干の難があるようで、後ろからついてきた先生が大体の説明をするようだ。
ちなみにその先生によると、この先生とはあまり関わり合いにならないほうがいいと言われた。
というのも、まず見た目通りかなりの変人。そして特殊性癖もある。さらにいつの間にか若干闇に寄ってしまって、魔女に見える魔法少女になってしまったので少々注意は必要かも…とのことだった。
(注釈:魔女というのは悪い魔法少女のことで魔族や魔物ではないものの少々危険な存在である。)
「じゃあ…まずは変身からだよぉ…うひひ…。」
魔法少女は任務を行う時はそれに見合った服装をしなければならない。そのため一番初めに習うのは変身の仕方だ。
しかし、開花前の場合はその衣装の形やデザインが安定しないことも多いため演習では演習用の服、任務は極力させないでさせたとしても危険のないものとなる。
ルナはその危険のないもので現在の状況に至っているわけだが…。
ルナは変身の仕方を思いだして体勢をとったその時に気付いた。なぜかカメラを構えている。
「どうしてカメラを…?」
「これはぁ…私の趣味でぇ…変身中の姿を見るのが好きなんだぁ…。」
変身中はボディラインがかなりくっきりと見えて、ある意味全裸と同義の状態になってしまう。もちろんそんな時間は一瞬なのだが、その一瞬がこの先生の性癖らしい。正直、こちらとしては恥ずかしいし非常にやりづらい。
とは言ったものの、変身しなければ始まらない。横にいた説明担当の先生が申し訳なさそうな顔をしていた。
そうして変身したルナは先ほどの制服から服装がきちんと変わって、無事変身が完了した。
勿論、先生は興奮した様子だったが…。
衣装はドレスみたいだったが動きやすいようで、さながらバトルドレスというほうが正しいか。
ただ少々露出も多い気もするが、動きやすさを考えるとこの程度が良いのだろう。
衣装を確認し終えると、計測の説明がされて計測が始まる。
始めはただのスポーツテストと同じで地獄のような感じは一切しない。
ただ、本気を出してしまうととんでもない記録が出てしまうだろう。
そのため、ルナはそれなりに軽く流しながら計測を行う。
計測の合間にどうしてスポーツテストを行うのか聞いてみると、開花と共に運動能力、身体能力が向上することが結構あるそうで、データとして必要らしいとのことだった。
ちなみに地獄と言われていることについて尋ねてみたが、
「もうすぐわかるよ。」の一言であった。
ただ、その時の先生の目は遠い目をしていたが…。
「すごく伸びてるよぉ…。すごいねぇ…。」
スポーツテスト部門の結果は軽く流したにも関わらず非常に高い記録が出た。
あまり類を見ない伸び率だったらしいが、もともと運動が苦手だった人が開花すると思いっきり記録が伸びることがあるらしく、ルナもどちらかと言えば苦手な方だったためそれにあてはまる。よって不審がられることもなくお昼休憩に入った。
ルナが持参してきたおにぎりをもきゅもきゅ食べていると、その横では
「えへへぇ…。うひひぃ…。」と不気味な声を出しながらご飯を食べる先生。
それをジト目で見ているそのほかの先生たち。
どうやらルナの変身シーンをおかずにご飯を食べているようだ。
ルナは何だか頭が痛くなった気がした。
午後になり、魔法系の計測を行うのだが未だ地獄と言われる理由がわからない。
的あてやテレポートの距離と正確さを調べたり、威力を調べたりでなんの変哲もない計測しか今のところなく、すぐにわかるといった先生の言葉や地獄だったという同級生たちの言葉がただの脅かしだったんじゃないかと疑念を抱いてしまうほどだった。
しかし、ことわざには『嵐の前の静けさ』という言葉がある。つまり、地獄はこの後にやってくるということだ。
ルナはそのことにまだ気づいていない。まさに『知らぬが仏』なのだろう。
そんなことは露知らずルナは淡々と計測項目を軽く流しながらこなしていく。
「つぎがぁ…最後だよぉ…ぐひひっ…。」
いつの間にかほとんどの項目を終わらせていたようだ。
次が最後の項目ということだが、なぜか例の先生の目が爛々と輝き、口角もこれでもかというぐらい吊り上げて笑顔を浮かべている。
その様子に気づいたルナはゾクリと背筋が凍るような感覚がした。
そして気付いた。「(やばいのって、最後のやつ…?)」
本能が逃げ出した方がいいと警鐘を鳴らしているが、無情なことにここから逃げることは叶わない。
最後の計測と称してセッティングされたのはやたら大きい椅子だった。
ルナは観念したように座る。すると手足が金属で固定され拘束された。さらに謎の配線だらけのヘルメットもかぶせられる。なんだか悪の組織に捕まり、洗脳される直前のような格好になっていた。
「ぐふふぅ…。これからルナさんの秘めている魔力を計測するよぉ…。ちょっときついけどぉ…辛抱してねぇ…。それにしても悲鳴とぉ…苦しむ姿見るの楽しみだなぁ…。」
ルナはこの時思った。
「(サキュバスっぽい先生だったり、サディスティックな魔女っぽい先生だったり、ヤバめな人多くない?この学園大丈夫なのかなぁ…?)」
ルナが困惑するのもごもっともだが、人が集まるところには少なからず変な人が混ざるのは道理である。そして、そもそも魔法少女はもとから個性的な人が多い傾向がある。とはいえ、さすがに限度というものはあるが。
「うひひひひぃ…。それじゃあ始めるよぉ~…。スイッチオン。ぽちっとな。」
「ひぎゃああああああぁぁぁ!!!!」
計測装置が動くとともにルナは全身に電流が流れる感覚と何かが吸われる感覚に襲われ、大きな悲鳴をあげた。じたばたと暴れようにもガッチリと手足を固定されているので、身動きが取れない。
「ふひひぃ…。やっぱりこの瞬間が最高なんだよねぇ…。」と顔を紅潮させ、非常に興奮した様子でうっとりと眺める先生。いつの間にかビデオカメラまで用意し、撮影をしている。
「この娘はぁ…何分持つかなぁ…?」
この装置、言わずもがなだがみんな途中で気を失う。早い場合で数十秒、長くてもせいぜい五分ほどなのだ。
気を失っても計測機は止まらないのだが、早く気を失った方が苦しむ時間が短くて済む。
ルナの悲鳴が響き渡る中、興奮している先生とその様子をジト目で見ている先生、そしてつらそうな様子から目を背ける先生と対応は様々だった。
装置が起動してから30分後。計測が終了し、ルナは拘束から解放された。
「すごいねぇ…。完走者は初めてだよぉ…。」
ルナは気を失わないまま30分間延々と悲鳴をあげながら責め苦を受け続けていた。
ルナはこの時初めて吸血鬼になったことを後悔した。
魔族は人間より幾分か丈夫であり、吸血鬼ならば殊更である。
普通なら数分で済むはずの地獄をルナはフルコースで体験したのである。
そんな永遠にも思える長い長い30分だった。
ルナはフラフラとおぼつかない足取りで椅子から降りて、地面に倒れこんだ。
先生たちがルナの様子を心配して近づいてくる。一人を除いては。
「いひひぃ…。最高の映像が撮れたよぉ…♪というわけでお疲れぇ…。」
とその先生だけはとっとと自分のカメラを片づけ、脱兎のごとくその場から帰っていった。
「ぜぇ…ぜぇ…、死ぬかと思った…。」ルナは地面に倒れ、息を切らせながら感想を口に出す。
「お疲れ様。今日はこれでおしまいだけど、しばらく休憩したほうがいいわね。これゆっくり飲みながら休憩しなさい。」
と、ルナが手渡されたのは先生が作った体力回復ドリンクだった。
「…。」ルナは飲むのを躊躇っていた。
いくら体力回復ドリンクだろうと、味も成分もわからない得体のしれない液体を飲みたいと思う人はいないだろう。
そんなルナの様子に先生は
「大丈夫よ。市販のスポーツドリンクに体力回復効果のポーション混ぜただけだから。」
そう言われてルナはようやく口を付けた。確かに味はスポーツドリンクの味だった。
飲んで少しするとだいぶ楽になってきた。どうやら使っているポーションは割と効果が高いものらしい。
このドリンクのおかげで一先ず寮まで帰れる体力を取り戻したルナは、まだ体に重さが残る状態だったものの、ゆっくりと寮へ戻るのであった。
フラフラと、よろよろと危うさ満点の足取りで寮へ帰る道のりは何だかいつもより遠く感じた。
急いで部屋へ戻り、ステラの様子確認したいルナだがはやる気持ちとは裏腹に足は動いてくれない。それが遠く感じる理由なのだろう。
ようやく部屋に戻った時にはかなり日が傾いていて、夜へと空が表情を変えつつあった。
部屋に入ると何やらいい香りがする。
「おかえり、ルナ。おつかれさま。」
その犯人はソフィーだった。
夕食を用意してくれているらしいが、正直ルナにとっては都合がよくない。
ステラの件があってソフィーがいると非常にまずい。
しかし、無下にすることもできない。どうしたものか…。
ルナは思案を巡らせ、この状況をどうにか切り抜けられないかとさりげなくソフィーの動向に注意しながらステラの様子を窺う。
すると、ステラはまだ寝ているらしい。ルナは一旦胸をなでおろす。
それにしてもよく寝ている。
そう考えながらもまだ起きてほしくないルナは、睡眠魔法を追加でかけておくことでこの状況を何とか解決することにした。
これで夕食に起きてくることはないだろう。
その甲斐あってかステラは夕食の時間になっても起きることはなかった。ソフィーがいつものように強制的に起こそうといろいろしていたみたいだが、最終的に断念した。
そうして夕食を終えた後、ソフィーは片づけをしてすぐに自分の部屋に戻っていった。
どうやら、計測の疲れのことを考慮して気を使ってくれたらしい。
ルナにとってはようやく邪魔者がいなくなり行動に移せるようになったということになる。
「ステラ起きなさい。」
マスターであるルナの言葉に従ったのかステラは目を覚ました。
そしてゆっくりベッドから出てきて…
「おはようございます。ルナ様。」
ルナはずっこけてしまった。やはり眠っている状態では暗示はうまくいっていなかったらしい。
というわけでもう一度『いつも通り接すること』と『吸血鬼のことはⅣ期まで一切秘密にしておくこと』の暗示をかけなおした。
「もういちど挨拶やり直して?ステラ。」
「おはよー。ルナ。」今度はちゃんとできたが、
「もう夜よ、ステラ。」修正を一応入れておいた。
これで一先ず何とかなるだろうか。そうルナが思っていると。
「ルナー!」といきなりステラが飛びついてきた。
不意を突かれたルナは受け止めきれず、押し倒されてしまう。
「(まさか、暗示が効いていないの?)」
そう思ったが挨拶はちゃんとできている。ということは。
「(もしかして、これがステラのいつも通り?)」
いつも通りは主観による部分があるようでこうなってしまったらしい。
とはいえ、人前ではここまではならないだろうとは思うが…。
そしてルナはステラを押しのけてベッドに入った。
ただ、この日は久々にステラがルナを抱き枕にしてしまったため、久々に寝苦しさを感じるのであった…。
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