#25 計画の前に <二次覚醒→Ⅳ期 成熟期>

 ステラを襲ってから高揚感が薄れてきたころ、ルナは現実に引き戻された。

 しかし、心も変わってしまっていて後悔の念などは一切感じることはなかったようで、どこかすがすがしいような表情を浮かべている。

「…さてと。」とルナは一言だけ発する。

 というのもここからやらねばならないことがあるのだ。

 証拠隠滅である。

 ステラは下着姿で床に倒れているのは何かあったと誰が見ても思うだろうし、その他諸々処理すべきことはあるはず。

 まずは自分の姿である。さすがにドレスにマントなんて場違いにもほどがある。

 ふと、ルナは自分の着ているドレスに目をやると一部に血液がかかっていた。ステラに噛みついたときに噴き出した分だろうか。

 と、思っているとドレスがその血液を吸っていき、もとの黒い生地に戻っていた。まるで何もかかっていなかったのように。

「さすが吸血鬼というべきかな?ドレスも吸血するなんて…。」

 ともかく、どこからどう見ても吸血鬼と言わんばかりの自分の姿をもとに戻さねば。

 というわけで、ルナは擬態をして人間の姿に戻る。

「あ…。パジャマどうしよう…。」

 擬態をしたルナは下着以外何も身に着けていない状態だった。

 先ほど羽が生えたときにパジャマは思いっきり破れてしまっただろうし、替えのパジャマなんて持ってるわけがない。そう思ったのだが。

 なんと、近くのテーブルにその破れたはずのパジャマが置いてあった。しかもなぜかしっかりと畳まれた状態で。さらにどこも破れていない。

「…何というか、便利だね。吸血鬼って…。(-ω-;)」

 まさにこの顔文字の通りの表情をしながらルナは着替えた。

 次にステラに取り掛かる。

 失血で気を失っているが、ルナが魔力を注いでいるので命に別状はない。もちろん魔力を注いでなければ、今すぐに適切な処置をしないと命を落としてしまうだろうが。

 まずはパジャマを着せる。これがなかなかの重労働だった。

 何せ相手は動かないので腕とか足とか通さなければならない。いくらルナが吸血鬼となって普通の人と比べ物にならない力が付いたとしても人力では中々骨の折れる作業なのだ。

 魔法を使えばかなり楽になるはずなのだがルナはなぜか気づかない。

 そうやって四苦八苦、悪戦苦闘しながらなんとかステラにパジャマを着せたルナは肩で息をしていた。

 吸血鬼になったことで筋力も強化されたらしく、ひょいっとステラを担ぐことができた。

 そうしてベッドに運んだところでルナはあることを思い出した。

「あ…。暗示かけとかないと…。」

 急にステラがルナのことをと呼んで来たり、接し方が変わったり、吸血鬼のことを話し始めたりなんてしたら気付かれてしまう。

 よって。『私とは今まで通り接すること。』『吸血鬼のことはステラが吸血鬼になるまで口にしないこと。』と気を失っているステラの耳元で囁いて、暗示をきっちりかけた。

 後は部屋を見回ってどこかに飛んでしまった血痕がないかどうかを慎重に時間をかけて確認したりした。

 そうして、ルナのこの夜の行動は終了する。


 と、なぜここまで慎重なのかだが、ルナは吸血鬼に変わったばかりでまだ力がうまく扱えない。

 こんな状態でバレてしまえば、魔法少女とその先生に一斉に囲まれてジ・エンドである。

 普通の町ならここまでしなくてもいいかもしれないが、ここはいわば敵地のど真ん中。

 かなり慎重に動かなければいけない。すこしでも尻尾をみせないように。

 と、言っても尻尾は生えていないが…。


 翌朝、ルナはいつも通り朝食を作りながらこの日にやるべきことを整理する。

 今日は吸血鬼らしいことはできないだろう。

 昨日の夜に吸血鬼になったから、今日から吸血鬼らしく生きますとはならないのだ。

 あくまで慎重に、準備が整ってから時を見計らってというのがセオリーである。

 ということでまずはステラのこと。おそらくステラは少なくとも今日一杯は目を覚まさないだろう。

 とりあえずソフィーには体調不良ということで通しておけば問題ないだろう。ステラはいつも睡眠時間が多いため、ソフィーも無理に声をかけることはないはずだ。

 それと、魔力開花の偽装だ。二次覚醒をして吸血をしたときに開花したがあまりよろしくない。

 基本的に開花は何かのきっかけで起こる。もちろん吸血したときに開花しましたなんて言えるわけがない。

 それに日常生活で開花が起きた例は稀であるし、その場合は開花後の魔力量が平均より少ないとされている。ルナの魔力量では怪しまれるに違いないし、細かく調べられたらまずいことになる。

 よって、今日の演習に必ず参加してちょっとした戦果を挙げたときに魔力を一気に放出すれば偽装はできるだろう。それまではできるだけ魔力を抑え込んでおく必要があるが。


 朝食が出来上がるまでの少々の待ち時間。その間にルナは林檎を取り出して皮をむき始めた。

 一応、ステラは病気ということになっているため、体裁を整えておいた方がいいだろう。

 そうやって一部をウサギの形に飾り切りをして、塩水につけてから皿に並べておいてステラのベッドサイドの机に置く。

 その頃には朝食も出来上がり、ルナは一人で朝食をとる。

 正直、朝食は必要ないのだが習慣としてとっておいた方がよさそうなのと、まだ血液が容易に確保できない分人間の食事でどうにか補うしかない。

 血液と比べ物にはならないが気休め程度の腹の足しにはなる。

「…あれ?なんだかおいしいな…。」

 ルナは違和感を覚える。というのも赤い食べ物なら何とか口にできる程度だったのに、今日は何だかいつもよりはっきりと味を感じる。無論、血液には遠く及ばないが人間のころの味覚がよみがえってきたかのような。

「そっか…。感覚が鋭くなったおかげで味を感じられるようになったのか…。そういえばリムも一緒に食事してたっけ…。食べられなくなって、よくあの時食べられたなって思ってたけど、こういうことだったのか…。」

 久々に感じた料理の味。これはうれしい誤算だった。


 朝食を食べ終えるといつも通りソフィーが部屋にやってくる。

「ソフィーちゃん、おはよう。」

「おはよう、ルナ。体調はもういいの?」

「うん。私は大丈夫。だけども今度は…。」

 そう言ってステラが寝てるベッドに目線を送る。

「珍しいわね。ステラが体調不良で寝込むなんて。普段からよく寝てはいるけれども…。」

「うん。だから今日はステラちゃんはお休みすることになりそうなの。」

「仕方ないわね。じゃあ、行こうか。」

 そう言って、二人は部屋を出る。

 ステラがいない分、行動が早かったため午前の授業にはかなり余裕をもって教室に到着した。

 最近、休みがちなルナを心配してくれるクラスメイトと他愛ない会話をしているうちに先生が到着し、授業が開始した。

 いい加減新しい内容が聞きたいところだったが、技術的にはまだまだなところも多いということで何回聞いたか覚えていないぐらいの聞き飽きた内容だった。そのため、早々に思考は別のところに飛んでいく。

 これからどのように行動するか。

 ルナは意識して周りを見渡すと、一人一人に魔力量と魔族適正が見えてくる。吸血鬼になったことによって身に着けたものだ。これを参考に獲物を探すということなのだが…。

「(いい感じに手駒になりそうってなるとなぁ…。)」

 候補はそれなりにいるし、みんな魔法少女だから魔力量も申し分はないし、魔族適正も高い人が多い。でも、さまざまな状況を考えると今堕とすのはまだ早い人ばかりだった。

「(それにしてもみんな魔法を使うからかわからないけど魔族適正高いなぁ…。)」

 クラスメイトを全員堕としたときには国一つを攻め落とせそうなぐらいにみんな魔族適正があったことにルナは驚いていた。

 ただ、ルナには一晩で国の一つや二つ、地図から消すことができるポテンシャルがあるのだが…。

 しかし、現段階では魔族適正は高くなくていい。むしろ、低い方がいいかもしれない。

 暗躍するにしても吸血鬼であるルナにしかできないことはあれど、一人ではいかんせん限度がある。

 それに、裏で動いてもらうための手駒は目立ってしまっては困る。そして任務遂行能力が高いことも条件だ。

 ステラはこの二点において大いに不安である。

 よって、どうにかもう何人か確保しておきたいが増やしたことによってもリスクが高まるうえ、一次覚醒のときには勝手に人を襲ったりしないように制御する必要がある。

 その際にはそばで見張っていないと暴走してしまい、それがもとで気付かれるなんてこともある。一気に進められないのもこういった問題を現段階ではクリアできていないためだ。

 色々考えを巡らせるルナだったが、結局授業中には答えが出なかった。


 そして昼食の時間。この日は珍しく食堂で食べることにした。最近は赤いものしか食べられなかったルナだったがなんでも食べられるようになって、好きなものを食べたくなったらしい。

 でも、トマトジュースだけはなぜか外せずにいた。


 昼食も終わり、午後の演習の時間。

 相も変わらず今日も晴天で、ルナは少し機嫌が悪くなる。

 自分の影を見ると、やはりうっすらと羽の影もある。まるで太陽は真実を映しているぞと言わんばかりに。

 できるだけ日陰にいたくても演習場は少しの障害物しかなくて、ほとんど日光から身を隠せない。そのためルナは全力を出せない。

「でも、逆に都合がいいかも。」

 威力を間違えるとまた大けがを負わせてしまう危険性がある。ならば力が出ないほうが都合がよさそうだ。

 ルナはそうつぶやくと飴を一つ口に放り込んでから、位置についた。

 今日もいつも通りの実戦訓練。ルナはまだ開花前であることと経験不足から後方支援の役回りになった。

「(後方支援だと戦果を挙げるチャンスが限られるけど、仕方ないか…。)」

 ルナは集中してそのチャンスを窺いながら自分の役回りをしなければならない。

 そして、演習が始まった。

 ソフィーたちは前線へ向かう間にルナたちは後方で塹壕などの遮蔽物を作り、守りを固めて支援できる体制を整える。

 合間に飛び道具系で牽制をしながら、後方拠点を作りつつ前線の味方に強化魔法や回復魔法をかけ、さらに敵に弱体魔法などをかける。割と後方支援は忙しいため、特に前半はチャンスはなさそうだ。


 それから幾分か時が進み戦闘も激しさを増してきたころ、ルナは内心苛立ってきてますます不機嫌になりつつあった。とはいえ、もともとチャンスが少ないため我慢する他ないのだが、それにしても好機が全く訪れない。

 ただ、ルナもそれは理解しているため、決して顔には出さないように演習を続ける。

 戦況もかなり拮抗していて、何らかのミス一つで致命的になる場面でありお互いに慎重な戦いと駆け引きが続く。

 今のルナなら何も考えずに大技一発でどうにでもなりそうな場面ではあるけども、まだ開花していないというではもちろん使えないし、何より軽く数人ほど犠牲者が出るのはいくら普通の魔族であっても多少気が引けるだろう。ルナの場合ならなおさらである。

 ただこうなってくると疲弊してくるのは火を見るより明らかで、どうにか打開策を考える。そうすると大体その結果は強行作戦となる。

 ただこの作戦というのは先にそれを決行したほうが負けるというのが判を押すように決まっている。例外はあれど。

 それでなんでこんな話をしたかというと理由は簡単で、相手がしびれを切らしたらしく強行作戦に切り替えたようだ。

 相手の前衛後衛関係なく前線に突っ込んでくる。連携なんてほとんどないため強くはないが、一時的に数的有利が生まれる。

 そうなると前線が押され、何人かがその前線を通過してしまう。その通過した者たちが後衛へ襲い掛かるわけなのだが。

「来た!」ルナはここぞとばかりに前衛を通過した集団に向けて魔法を放つ。

 見事にヒットしその集団を全員吹き飛ばした。

 そして、ここでルナは抑え込んでいた魔力を開放する。

 ルナの強大な魔力が解放されたことにより、魔力の奔流が狙い通りあふれ出す。

 そうすると、みんなが戦闘を止めた。

 皆が「おめでとう!」と笑顔で祝いの言葉を贈る。

 これは慣例で演習中に開花をしたらそこで演習を終えて、その一日の残りの時間はお祝いのパーティーをするのだ。


 しかも、ルナはクラスで最後の開花であるためいつもより盛大に行われるだろう。

 もちろん、演習を終える理由がほかにもある。というのも教師側の立場になると、魔力開花直後は出力が安定しづらく火力を間違えて出しやすくなるという点と、どのぐらいの魔力量があるかわからないため不用意に魔法を放つと危ないらしい。

 そんなこともあって演習が終わるようになったらしい。

 というのは建前で、魔力開花後の魔力を教師側が把握するために魔力計測が翌日行われる。

 これがめちゃくちゃ疲れるようで、受けた人はひどく疲れ果てた顔で戻ってきて口々に地獄のような拷問を受けたというがどのように計測されるかは誰も言ってはいけないらしい。

 というわけで、なるべく疲れを残さないために…そうしないと正確に計測できないかもしれないからというのが本音である。


 皆が解散しようとすると、先生が魔法少女たちを呼び止めた。

「ルナ、開花おめでとう。これでこのクラス全員が開花したことになるわね。明日はルナの魔力計測があるから休みだけど、これから授業も演習もレベルが上がるからそのつもりで。以上。解散!」

 この言葉により皆の顔が一気に曇った。


 と、こんなこともあったがルナの最優先の目的である魔力開花の偽装は成功した。

 皆はパーティーの準備を始めるために足早に演習場を後にしていく。

 準備が終わったら呼びに来るということで、ルナはソフィーと共に部屋に戻ることにした。

 二人は部屋に戻ると、まずステラの様子を確認する。

 さすがにそろそろ起きてもおかしくないころだが、まだ熟睡しているようでこの様子だとパーティーには参加できそうにない。

 リンゴも朝のままだったので、一度も目を覚ましていないのだろう。

 ここでソフィーもパーティーの準備をするといって先に行ってしまった。

「ふぅ…。」ルナは一息ついて椅子に座る。

 パーティーの時間にはまだ早い。準備を手伝いに行ってもいいだろうが、今日の主役は自分だから何もする必要もないだろうし、させてくれないだろう。

 つまり、今ルナには何もやることがないのだ。

 やりたいことは結構あるのだが、今はできない。実行するにも準備とタイミングが重要だ。

 今は準備もやるべきではない。そもそも、計画すらまともに考えてはいないのだ。


 案外時間が経つのが早かったのか、準備が早く終わったのかわからないがソフィーがパーティーの準備ができたということで部屋に呼びに来た。

 会場へ向かうと手作りにしては非常に豪華な飾りつけと様々な料理が並べられていた。

 中には見た目からして不穏な料理もあるが、それを除いてはすべて美味しそうだった。

「「「かんぱーい!!」」」

 パーティーが始まり、ルナはクラスメイト達と楽しく会話しながら食事を楽しむ。

 そこにはルナがけがをさせてしまった子もいた。傷は完全に塞がり、激しい運動をしなければ大丈夫のことで参加することにしたらしい。

 ネルとヴァイスもパーティー会場にいた。この二人はあまり参加しないらしいが、私が主役ということでネルが希望したため参加することにしたらしい。

 ただ、ネルは立ったまま寝ていた。ヴァイスはネルからあまり離れないようにしながら料理を皿に取り分け、ヴァイスが毒見した後にネルの口元に料理を運ぶ。するとネルは口を開け、ヴァイスが食べさせる。傍から見ると寝ているようには見えないが、しっかりと眠っているらしい。


 ルナには明日地獄のような魔力測定が待っている。

 皆も、さらに上級の授業が待っている。

 しかし、みんなそんなことを忘れて楽しむ。

 そうして、魔法少女たちの夜は更けていった。

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