#24 ”ヒメ”ニナルトキ <Ⅲ期→二次覚醒>
この日はなぜか朝早くからルナは起きていた。
表情を見ると珍しく相当イライラしているようで、飴をなめながら険しい表情をしている。
というのも、昨日ルナは月をしばらく眺めた後ベッドに入ったのはいいが、ほとんど眠れていないのである。
理由は体の奥から感じる熱だった。その熱によって眠りを邪魔されたのである。ちなみに現在も体が火照っている感覚があって、さらになんだか落ち着かない。とても眠れる状態ではなかった。
なぜこんなことが起きているのか。もちろんルナはわかっている。今日は吸血鬼に変わる日。この感覚はルナは一度体験している。でも、前回はここまで強くなかった。
早く起きてしまったためか飴の消費量が増えていて、もうすでに三個ほど舐め溶かしてしまってしまい四つ目もかなり小さくなってきた。
もう少し時が進む。
目覚まし時計がけたたましく鳴りはじめる。もちろんルナは起きているし、ステラはこの程度では起きないため全くの無駄な働きを決められた通りに時計は働く。
「うるさいなぁ!もう!」とイライラしていたルナは半分八つ当たりもあったのかかなり強めに目覚まし時計をたたいた。
グシャッ…
「あ…。」
力加減を間違えたのかそれとも吸血鬼化が進んだ影響なのか、時計は無残に砕け散り、その生涯を終えた。享年大体2歳ぐらい…?
「はぁ…。」ルナは小さくため息をついて『リペア』と魔法少女でなくてもほとんどの人が日常で使える便利な修理魔法で目覚まし時計は息を吹き返して、仕事を再開した。
物は壊れたら直せばいい。けど…。
この小さな出来事が、ルナの現在の複雑な心境を表わしていた。
さらにもう少しして、ステラが起きてきた。
ルナはすでに朝食に準備を終えており、その匂いにつられて起きてきたようだった。
ステラは目をこすりながらふらふら~っとリビングに歩いてくる。
ドクン…
「…ッ!」
「(どうしてだろう。さっきからずっと飴をなめていたのに…。)」
通常飴をなめていれば吸血衝動は起こらないのだが、今日に限ってはステラを見たとたん胸が高鳴り、吸血したいという気持ちに襲われる。
「ステラちゃん…、ごめん。今日は調子が悪いから休むね…。」
ルナは少々おぼつかない足取りで寝室へ向かった。
テーブルの上には二人分のトマトスープがあり、その湯気がむなしく上がっていた。
一方、ルナはステラが視界から外れると幾分かマシにはなった。
しかし、喉の渇き、体の疼き、特に牙が疼いた状態は残っていた。
さらにもう少し時間が経って、ステラが二人分のトマトスープを平らげ、物足りなかったのか本来ならルナが持っていくはずだったお弁当までも食べていたのをソフィーが発見した頃。
ルナは布団をかぶり、一人でひたすら耐えていた。
二人が部屋から出るや否やルナは音速でキッチンに向かい、冷蔵庫に隠してあった輸血パックを一つ取り出し飲み干す。
そのおかげもあってか幾分か楽になった。だが、やはり体の火照り等は弱いながらも残っている。
これが吸血鬼化当日に全員が味わう苦しみなのか、それとも姫になるルナだけの苦しみなのか。
それを答えてくれるのはだれもいない。
ただひたすらにルナは耐えるだけだった。
ルナが気が付くとなんだか空腹を感じるような気がして布団から恐る恐る脱出すると自分と時計の指している時刻がなんだか一致しない。
どうやら少し眠っていたらしい。
正直、飴だけでも何とかなるとは思うが、何も食べていないとなると二人がやたらと心配してしまうに違いない。
そう考えたルナは余っているはずのお弁当を食べようとしたが…。
「あれ…?」すでに空っぽだった。
仕方なくルナは鍋に残っていたトマトスープに麺を入れて食べることにした。
体は相変わらず火照っているままだったが、スープの温かさが体にしみわたっていくような感覚だった。こちらは何だか心が落ち着くような熱。それと程よい塩味もそれを後押ししている。
最近は飴ばかり食べているルナ。さすがに甘い味ばかりだった故いつもよりおいしく感じていた。
昼食を終えたルナは考え事をしていた。
「一体お弁当の中身はどこに…?」と疑問を引きずっていた。
答えはステラの胃袋の中なのだがルナはその場面を見ていないし、正直それどころではなかったため知らないのだ。そしてようやく、その考えに至り犯人を断定したのは考え始めてから30分ほど経ってからだった。
と、どうでもいいことに時間を使ってしまったルナだが今度は真剣な悩みについて思案する。
「吸血鬼になったら何がやりたいか…。何をするか…。」
今度は答えがなく難しい命題。部屋の中をうろうろと歩きながら考える。
堕ちてしまうその前にこの悩みについては一定の答えを持っておきたい。でないと堕ちた後にとんでもない思考になってしまうことだってありうる。それだけは避けたいし、人間の内にできた悩みは人間の内に一つでも多く減らしておきたい。そうすれば人間への未練も減らせる。
そんなことを思考の間に挟みつつ、部屋をぐるぐる回ってぶつぶつと何かをつぶやきながらさらに思案を巡らせる。
こうして時間をかけて出したのが【誰も死なせない】という至極単純な結論だった。
案外、単純な結論というのは考えすぎると出てこない。ルナもその例外ではなかったが、したくないことへ考えをシフトさせた結果が功を奏した形となった。
その後も少し考えてはいたが、結局のところこれ以外の結論が出ることはなかった。
ルナがここで時計を見ると演習も中盤戦へ突入した頃の時間になっていた。
ルナは久々にカーテンを開けた。窓からは日光が部屋の中へ差し込む。
不快感を感じたルナだが我慢して太陽を見る。
吸血鬼になれば太陽を見ることはほとんどなくなるだろうし、見たいとも思わなくなるだろう。
今でも正直見たくはないが、もう見ることがないと考えると急に最後にもう一度見ておこうと思い、最後の機会として眺めることにした。
これで太陽とも永遠のお別れだろう。そうして、数秒後カーテンを閉めた。
さて、二人が帰ってくるまでまだそれなりに時間があるわけなのだが、ルナはこれといって目的があるわけではないので時間を持て余してしまっている。
勿論、もうすぐ魔族になってしまう。
人間でいられる最後の数時間をどう過ごそうかなんて色々考えたりしていたはずなのに、いざそうなると何もできなかった。
確かにやってみたかったことや夢とかたくさんあったはずだが、残りの数時間でできることは限られていてルナの考え付いたことのほとんどはその時間内ではできなさそうだった。
ただ、できそうなことが一つ。
それはルナの秘めたる想いを二人に伝える…特にソフィーに対して伝えるということ。
実はルナは密かに恋をしていた。この学園で生活を共にしていて、親友を超えて家族同然とも過言ではないので好きという感情が芽生えても不思議ではないが、ルナは親友として好きを超えてしまい人間そのものとして好きになってしまっていたのだ。
ステラに対してもその気持ちは少なからず存在しているが幼馴染であるソフィーに対してはなおさらである。
ルナは良識も常識も人並みぐらいはあるので女の子同士でなんてという気持ちも持っているのだが、それを超える本能がそう訴えかけていると気づいてしまったのである。
ただ、こんなこと言えるわけがない…。
そんな葛藤がある中で吸血鬼に襲われ、自分も吸血鬼になってしまう。
つまり、今日が気持ちを伝えられる最後のチャンスでもある。
しかし、もしそれを伝えて拒絶されたら…などを考えてしまう。
人間の常識ではありえないことだし、当然拒絶される可能性は高い。そうでなくても本気で取り合ってくれるはずなんてなく、冗談として受けとられるのがオチだろう。
人間の常識ではそうなのだが、もし魔族だったら…?
そんなことを考えてしまった。
そうやって葛藤をしている間に二人が部屋へ帰ってくる足音が。
ルナはあわてて飴を口の中へ放り込んで、布団の中に身を隠した。
それと同時にドアの鍵が開いて、部屋の中に入ってくる足音が二人分。
なにも言っていないのは眠っている状態も考えておそらくソフィーが気を利かせているのだろう。
二人が様子を見に、寝室へ入ってきた。とはいってもルナの姿は布団に覆われていて様子を伺うことができなかった。
「ルナ~。起きてるー?」とステラが問いかけるがもぞもぞと少し動いただけで返事はなかった。ルナは起きているから聞こえてはいるものの、声を出せば布団から顔を出さなければならないだろうし、そうなって二人の姿を見たとたんに再び強い吸血衝動なんかに襲われてしまったら今度はごまかしも通用せず、最悪二人を襲ってしまうかも…。そう考えてあえて返事はしなかった。
二人はルナを心配しつつも今日の反省会を始めたようで、ソフィーが次から次へとダメ出しをしていくのが布団の中からでもよく聞こえた。おそらく相当やらかしたのだろう。
「ルナ。大丈夫?ごはん食べる?」とソフィーが声をかけてきたのはそれから十分ほど経ってからだった。
「んー…。いらない…。」と布団をもぞもぞさせながら答える。
「そう…。顔出してくれない?」とソフィーが心配そうな声で聴いてくるがルナはそんなことができる状況ではない。
「ごめん…。」謝ることしかできなかった。
ソフィーはあきらめたようで寝室から離れて夕食を作り始めたようだ。
それからソフィーが自分の部屋に帰るまで、ルナはずっと布団の中で震えながら過ごしていた。
震えていたのは二人がいる気配のせいだった。布団の一枚向こうには無防備な
結局ソフィーへの想いを伝えることは叶わなかった。
本当は勇気を出して思い切って伝えたかった。その結果がどうなろうと人間である間に。
でも、吸血衝動がそれをさせなかった。それを伝える権利をルナはすでに失っていると物語るかのように。
ステラの気配が薄くなったところでルナは布団から顔を出した。
音から察するに、ステラは今お風呂の中にいるらしい。
「はぁ…。」ルナは大きく溜息。その溜息にはいろんな感情が含まれていた。
伝えられなかった後悔と悔しさのほかに安堵、苦悩、疲労、そして諦め。
ここ二ヶ月で経験したことがこの溜息一つに集約されるような。
と、不意に顔が風に撫でられる感覚を感じた。
カーテンがゆらゆらと弱くはためいているところを見ると窓が開いているのだろう。
誰もいない仄暗い部屋。平和に思える時間。
しかし、運命の悪戯だろうか、それとも風の悪戯だろうか。風の勢いが一瞬増した影響でカーテンが大きくはためく。それによってカーテンが動いてしまい、開いてしまった。
そこには夜空に浮かぶ満月がカーテンが開くのを待っていたかのようで、開くと同時に部屋の中を窓の外から覗きこんできた。
ドクン…
「うっ…。------------ッ!!!」
その時が来てしまった。窓からの月の光を浴びてしまったルナは声にならない悲鳴を上げて苦しみだす。
ルナの中に内包される闇の魔力と月の光から放たれる闇の魔力が反応してルナを包んでいく。
ルナを包んだ魔力はルナを隅々まで闇へと、そして魔へと染め上げていく。
少ししてルナを包んでいた魔力が解ける。ルナは完全に頭を垂れていてその表情をうかがい知ることはできなかった。
メキメキ…と音がしたかと思うとルナの背中が急に膨れ上がり、そこから殻を突き破るかのように大きくて立派なコウモリの羽が生えてルナが羽化したことを主張する。
最後にこれが仕上げと言わんばかりに黒い光がルナの服を闇のドレスへと変化させ、背中には吸血鬼にとっての必需品であり正装の一つであるマントがかぶせられた。
ここでルナは頭を上げる。そこには人間のときには見せなかった狂気を孕んだ黒い笑みを浮かべるルナの表情があったがまだ感情はハザマにあるのか、すぐに苦しみを感じているような表情へと変わった。
まだルナの心は吸血鬼と人間の間をさまよっていることが見て取れる。
ルナはここで喉の渇きを感じるもそれどころではなかった。
それは魔族としての知識、吸血鬼としての知識、そして吸血姫としての知識が一気に頭の中へ流れこんできて、動くということにリソースを向けることができなかったのと体の変化に体力を消耗して、回復に少々時間が必要だった。
一方、お風呂に入っているステラはルナの異変に全く気付くことなくお風呂を満喫していた。
「はぁ…はぁ…。」ルナは未だ肩で息をしているが多少落ち着いたようだ。
落ち着いたことによってより一層喉の渇きを感じてしまった。
しかし、もはや血液入りの飴やトマトジュースでは喉の渇きが解消されないということは本能的に感じていてどうにもならない。冷蔵庫には輸血パックがあるものの、ステラがお風呂からいつ出てくるかわからない。もし見つかったら即アウトである。
ガチャ…
一か八か動こうか悩んでいるとステラがお風呂のドアを開ける音がして、同時に人間の香りが強くなりルナは吸血衝動をこらえつつ様子を伺う。
「ん~っ。いいお湯だった。」とステラは月明かりに照らされた仄暗い部屋の中で伸びをする。
ただその姿が問題だった。下着姿だったのだ。
いつぞやの夢がフラッシュバックする。
そして
ドクンッ…
ルナの胸が高鳴る。
月明かりに照らされたステラの体。その白い首筋とそこにうっすらと透けている血管。
吸血衝動を何とか抑えていたルナだったがもう我慢できない。
ルナはゆっくりと起き上がりステラへ近づいていく。
ステラはルナを背にして立っているため近づいてくるルナに気付かない。
ルナはステラの背後に到達し、そして抱きついた。
「うわっ…!?ルナどうしたの?ボクの人肌が恋しくなっちゃったのかな~?」
とステラは軽いノリで冗談を飛ばすがルナはすでにそんな状況ではなく、
「フーッ…フーッ…」と荒い息を吐いている。
ステラはようやくここで異変に気付いた。
「ルナ…?いったい…どうしたの…?」
異変に気づいても状況が一切飲み込めない。しかも後ろから抱きつかれてしまってルナの方へ顔を向けることも身動きをとることもできない。
ルナはステラが逃げないように注意しつつ肩を掴み、そして牙で首筋に…
噛みつかなかった。牙は確かに皮膚に接触はしているが突き破るに至っていない。
ルナは震えながらゆっくりと自らの顔を首筋から離す。
「ステラちゃん…。早く逃げて…。」ルナは震えた声でステラに逃げるよう促す。
「血液が飲みたくて飲みたくてたまらないの…。」
ここで少しの間だけルナが肩を掴む力が弱まった。振りほどけるほど力が弱まったわけではなかったがルナの方向を見ることはできた。
「ルナ…あなた吸血鬼に…。」
「うん…。ごめんなさい…。」ルナは謝罪の言葉を口にはするが、ステラを決して離しはしなかった。
まるで、体の制御を奪われた人間のように。
「早く逃げて…!もう…理性が…持たないから…。早く…!」
しかし、ルナがステラを掴んだままで逃げることはできない。
「…。」「…。」ルナとステラの間に短い沈黙が流れる。
その間ルナは耐える表情、ステラは複雑な感情が入り混じった表情をしていた。
「ルナ…。いいよ。吸って?」とステラが観念したような、どこか納得したような表情で沈黙を破った。
「えっ…。そんなの…ダメだよ…。吸血鬼になっちゃうよ?」
「ルナと一緒ならそれでいい。ボクを吸血鬼にして?」
そう言ってステラはルナが噛みつきやすくするために首を傾け、首筋を大きく晒した。
ここまでされてはルナも耐えられず、理性が陥落した。
「いただきまーす!」と満面の笑みでステラの首筋に自らの牙を突き立てた。
「んぅ…。ふにゃぁぁぁ…。」と吸血の快楽にステラが声を上げる。
ルナはゴクゴクと喉を鳴らして血液を吸っていた。
「あは♪ステラの血液甘酸っぱくておいしい。」ルナは一度口を離して感想を述べると吸血を再開する。
少しするとステラは失血で気を失っていた。ルナはそれに気づくと吸血を止め、魔力をステラへと送りこんだ。
これでステラも吸血鬼化が始まるだろう。
口を離すとルナは体の中に熱を感じた。
そしてそれがなんだか体からあふれ出すような感覚。
するとその熱がはじける。それと同時に魔力の奔流がルナからあふれ出す。
「これは…。」ルナの魔力が開花したのだ。その魔力量はまだ吸血姫化が成熟していないにもかかわらず通常の吸血鬼を軽く超える量だった。
「ふふっ…。あははははははははは!」
ルナは魔力の開花、二次覚醒、そしてステラを手にかけたことの喜びがここにきてあふれだし、大きな嗤い声をあげる。それと同時に一粒のしずくが眦から流れだし、頬に一筋の紅い筋を描いた。
その血の涙はルナが人間であった証かのように思えた。
こうして今宵、ルナの人生は幕を閉じた。そして今宵からルナの暗躍が始まるのであった。
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