#23 最後の対面 <Ⅲ期 変異期>
朝、ルナは目覚ましの音で目を覚ます。
ここ2週間は何かしらの異変だったり違和感だったりとあったが今日は何の変哲もない朝だった。
ルナはまず飴を取り出し、口の中に放り込む。これがなければ始まらない。
吸血衝動が出そうなときや出たとき、予防としてことあるごとに舐めているがリムが送ってきた量が多めだったのでまだ十分に残っている。当分は問題なく過ごせるだろう。
いつもの通りの朝の支度をはじめようとしたとき、
ズキッ!
「痛っ!?」ルナは頭に急な痛みを感じた。何の変哲もない頭痛だったが、ルナにとっては人生初の頭痛だった。
何かの予兆だろうか…。それもよくない予兆。
ルナは一瞬不安になったものの、頭痛なんて普段からよくあること…らしいのであまり気にすることなく朝の支度を始めるのであった。
この日の朝はとても平穏だった。というのもこの日は珍しくステラも早めに目が覚めていつもの慌ただしさもなかったし、ソフィーも早めに来たことでいつもよりもゆったりと朝の時間を過ごすことができたからだ。
故に授業へ向かう時も走る必要はなかった。朝から猛ダッシュで教室へ向かい、息を切らせて汗をかくなんてこともせずに済んだのである。
昨日の午前中は嵐並みの大荒れの天気だったため、授業もすべて流れた。そのためクラスメイトと一日ぶりの再会を果たす。
授業内容も一日分スライドして行われたが学年などが上がらない限り、新しいことは学ばない。
いつも通りの平穏な授業だった。
と、昼食をとるまでは通常の日常と何ら変わりなく平穏な学園生活なのだが、午後からはルナは別行動だ。
まだ、事故の影響で実技演習の参加はできない。見学でもしようかと考えたが、もし誰かがけがをしてしまったらどうなるかわからないため得策ではないと考え、寮に戻ることにした。
丁度読みかけだったりまだ読んでいない本もあるし、いい機会だった。
寮に戻ったルナは荷物を片づけた後、机で本を読み始める。読みかけだった本の残りページがそこまで多くなかったため、すぐに読み終えた様子だ。
まだ読んでいない本の内どれを読もうかなどと思案していると不意に視界の端に姿見が入った。
普段なら視界に入った程度では気にしないはずの姿見。自分が姿見に映った時にたまに不意を突かれることはあっても気にならないはずなのに、今回はなぜか気になるのだ。
それに、何だか
ルナは本選びをやめて姿見の前へ立つ。そこに映るルナの姿。やはりほとんど闇ルナと変わらない。そんなことを思っていると姿見に映る姿に変化が起きる。
服装がドレスになり、大きな羽根が生えた姿。今のルナにはないもの二点が現れたということは姿見に映っているのは闇ルナということになる。
「やっほー。久しぶりだねー。」
「うん。そうだね。」
「ほんとここ最近出番なかったじゃん?何話ぶりだっk…。」
「メタ発言はダメー!」
思わずルナは突っ込んでしまった。
「あはは。ごめんごめん。…で何の用かな?」
闇ルナはまさに小悪魔のように笑いながら話に入ろうとする。
「あ、うん。いや、特に用はないんだけどもね。なんだか会っていかないような気がして…。」
「ああ。それはもうすぐこうやって対面することができないって直感的にわかったからなんじゃないかな?」
「え?どういうこと?」
「どういうこと…ってわからないの?」
「薄々はわかってるけどはっきりとは分からないよ。」
「じゃあ説明してあげる。言わなくてもわかると思うけど、もうすっかり私とほとんど同じ姿になっちゃったよね。」
確かに入れ替わってもわからないぐらいに似ている。もちろんどちらもルナだから当たり前だが、吸血鬼化もほとんど完了しパッと見ではわからない
「わかってると思うけど、もう満月も近くなってきたわけじゃない?満月を迎えると、あなたは私になるの。そうすると鏡を見てもあなたであり、私しか映らないよね?」
二人とも同じ姿になるわけだから自明の理である。
「そうなるとただの鏡と一緒になるよね。今までは姿が違ったから鏡の向こうから話ができたんだけど、一緒の姿の相手とは喋れないんだよね…。そのかわり、私自身はあなたの心の中に宿るの。」
そこまではわかったがある疑問が一つ浮かんだがそれも闇ルナは見越して、訊ねられる前に答える。
「それなら鏡の向こうから人間のルナが喋るなら問題ないって思うじゃない?でもそれはできないの。というか鏡の向こうから話しかけるのは魔族しかできないんだよね…。だからこうやって対面で話すことはできなくなるの。あ、でもあなたも私も心の中にいるから心の中で話すことはできるよ。」
鏡から話しかけてくるシステムに関しては知らなかったが、大方ルナの予想と相違なかった。
「そんな寂しそうな顔しないでよ…。確かに会えなくなるかもしれないけど、心の中にはずっといるからね?」
こちらの表情を見て慰める闇ルナ。
ルナは沈黙しながらも小さく頷いた。
「あ。そういえばもうすぐだね。」と闇ルナは思い出したかのように話す。
「何が?」
「ルナの吸血鬼化だよ。さっきも言ったじゃん、満月が近いって。」
「それはわかってるよ。」
「でも正確にはわかってないんじゃないかな?」
図星だった。確かに近いのは月を見ればわかるがいつなのかは実のところ考えていなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。
「実は満月は明日なんだ。つまりルナも明日吸血鬼になるんだよ。でも吸血姫になるにはしっかり成熟しないとダメだから無茶は禁物だよ。」
ルナは衝撃を受けた気がした。もうそこまで迫っていたとは。
「ようやくだね…。ルナの人間パートが終わって、吸血姫パートが始まるのは。今まで何文字かかって何話分なんだろうね?」
再びメタ発言をする闇ルナに対し、ルナは
「やめてよ…。」とショックもあってか先ほどより弱弱しく制したのみだった。
「ねぇ。実は私、ルナのこと毎日見てたの知ってた?」
「え?」
「うふふ。その様子だと知らなかったみたいだね。」
「でもいったいどこから見てたの?」
「鏡にルナが映ってるときはだいたい見てたかな。それに鏡以外のときでも何かにルナが映ってたらたまに見てたかな~。」
「なんだかストーカーみたいだね…。」
「その言い方はやめてほしいな…。それに私はあなたなんだから当然だと思うんだけど…。」
「えーと…。まぁ、見守ってくれてたのはありがたいかな。いろいろ見られたくないこともいっぱいあった気がするけど…。」
とルナは複雑な表情ではあるが感謝を伝えた。
「ねぇねぇ。吸血姫になってからはどうするか考えてる?」
闇ルナは笑みを浮かべながら訊ねてきた。
「考えるも何も、わからないし考えたこともないよ…。」
「んー。確かになってからじゃないとやりたいことは出てこないかもねー。でも、とにかく仲間とか言い方は悪いけど手駒とかを集めておいた方がいいと思うよ?いろいろ便利だし。」
ふと、闇ルナは急に思い出したかのような表情をして話を続ける。
「そう言えばリムも言ってたけど吸血鬼って結構孤独なんだよね。友達もできにくいし、できても相手が人間だとすぐに寿命とかで死んじゃうし。」
ルナはここで気付いた。もし、吸血姫になってもソフィーやステラとこのままの関係でいられたと仮定したとき、ルナはもう年を取ることはないうえに寿命も存在しない。
しかし、人間である二人は違う。自然の摂理で老化していき、いずれは寿命を迎えてしまう。
そうなるとルナもそう遠くないうちに孤独になってしまう。
その様子を察した闇ルナは続ける。
「でも、それを避ける方法があるの。わかるよね?好きな人とか大切な人ならば、こちら側に堕としちゃえばいいんだよ。」
それはつまりソフィーたちを吸血鬼に堕とすということ。
そしてそれが唯一の解決策であるということ。
「まぁ、色々思うことはあるかもしれないけどなっちゃえば考え方は変わっちゃうだろうし、なってから考えるのもアリなんじゃないかな?それに、吸血姫としての知識とかも加わるだろうしね。」
闇ルナは笑顔でウインクをするというかわいらしい仕草をする。でも、ルナにとっては悩みの種が増えただけだった。
「さっきも言ったけどいよいよ明日だね。ふふふっ。楽しみだなぁ…ルナが吸血姫になってどうなっていくのか。」
「ねぇ、一つ思ったんだけど…私はあなたなんだから大体わかるんじゃないの?」
「しーっ!それは言っちゃダメなやつだよ!」
どうやらルナの疑問は思いっきり地雷を踏みぬいた質問だったらしく、闇ルナが珍しく焦った表情で話を遮った。
と、ここでルナの耳が足音をキャッチした。音の響きから推測すると二人が帰ってきたようだ。
思ったより話し込んでしまったようでいつの間にか演習が終わる時間になっていたようだ。
それは闇ルナにもわかったようで
「あぁ…、もう時間か…。やっぱり最後って思うと心の中にいるってわかってても寂しいし、名残惜しいね。なんでだろ…?でもお別れじゃないから…そうだなぁ…『またね』っていうべきかな。…それじゃあ、またねっ!」
そう言って闇ルナは鏡から姿を消した。
それと同時に「ただいま~」とドアを開けて二人が部屋に戻ってきた。
「あれ?ルナ?なんだか元気ないような気がするよ?」
闇ルナと別れたときのままの表情だったのかステラが心配そうにこちらを見ている。
「あ、本読んでで悲しいお話だったから…。」とルナはごまかす。
ここでどんな本だったかと聞かれてしまったら嘘とバレてしまうところだったが、ステラはほとんど本を読まないタイプ。だから興味が湧かなかったようで聞かれなかった。もしバレても特に問題はないのだが。
ここからはいつものコースで今日の授業とか演習などの反省点を踏まえた女子会が始まる。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、この日も話が止まらず弾んでしまう。寮が防音でなければ毎日のように壁ドンされていただろう。
そのぐらい毎日の小さなことから話題を広げていくのだから話題には事欠かない。
しかし悲しいかな。なぜか楽しいと時間はすぐに経ってしまう。つまらない授業は一時間でも一日ぐらいに感じるのに。
そして、特に何事もなく、特記することもない三人の女子会がお開きとなり、ソフィーは自室へ戻りステラは素早くベッドへダイブしてすぐに眠りについた。
ルナはというと、灯りを消した部屋で一人窓の外に浮かぶ月を憂いの目で見ていた。
「明日…か…。」
わずかに残った人間の心が未練を残しつつ、芽生えだした魔族の心がその時を待ち遠しくしている。
明日、人間の心がなくなるのか思考のほんの隅の方に追いやられながらも残るかはわからない。でも確実に魔族の心、思考がほとんどを占めることになり、その中で自分の人格だとかはどこまで保っていられるのか。
そんなことを思いながら、ほとんど満ちてしまってる月を見る。よく見ないと満月と見まごうほどだがまだ完全に満ちてはいない。
ルナの胸の鼓動が強くなった気がした。
これはいったいどちらの感情によるものなのか…。
それはルナ自身もわからなかった。
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