#22 魔族の証 <Ⅲ期 変異期>
ルナが目を覚ますとまだ朝の早い時間帯で、目覚まし時計も仕事の時間を待っている状態だった。
外の様子は珍しく雨が降っているようで、雨音が響き渡っている。
朝の時点で雨ならば学校は基本的に休みということでルナは二度寝することにした。
ジリリリリ・・・
少しして目覚まし時計が自分の仕事をすると、ルナはベッドから出て目覚まし時計を止める。
ただ、なぜか先ほど起きた時と部屋の明るさに大差がない。
どうしたのだろうとカーテンをめくると外はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨だった。これでは明るくなるはずもない。
でも、強い雨ほど長くは続かないのでそのうち弱くなったり上がるだろうとルナはあまり気にも留めなかった。
そして、新たな日課となった飴をなめることからルナの一日が始まる。
とはいったものの、学校は休み。外は雨ということで特にやることもない。
ステラに悪戯で布団の上へ飛び込んでのしかかってやろうかとも考えたが、そんなことをしたところで何も生まれないので何もしないで寝かせておこう。
外は時折雷鳴と稲光。ここまで激しいのはめったにない。
一先ずルナは洗面台へ向かう。というのも髪の毛が湿気のせいでしっちゃかめっちゃかになっていた。湿度が高いとどうしても変なところが跳ねたり、毛先が思いっきり広がったりで手入れが必要になる。
洗面台の鏡に映るルナ。もうほとんど吸血鬼の姿になってしまっていて、いつの間にか闇ルナに変わっていてもわからないんじゃないかと思うぐらいだ。
銀髪の長いツインテール。白い肌。スタイルの良い体型。長くとがった耳。口元の牙。そして…眼までも。
いろいろ見比べてもほんとに闇ルナは未来の自分の姿を投影していたことがよくわかる。
と、ここであることに気付き、もう一度鏡を確かめる。
鏡の中の自分と目が合う。その目は瞳が紅く、瞳孔は猫のように縦長だった。
「ぇ…ぁ…嘘…。」
先ほどは流してしまっていたが、ルナの眼は寝ている間に一人前の魔族の証である魔眼へと変異していたのである。
「(そう言えば外の雨の様子がなぜかはっきり見えていた気が…。)」と気にも留めていなかったはずの雨が自分の眼が変わっていたことを実感させることになろうとは。
そんなことを考えたルナだったが、髪の毛は未だしっちゃかめっちゃかのままなのでとりあえず顔を洗って、櫛を取り出し髪の毛を梳くのであった。
そうして、身だしなみを整えいつもの生活ができる体裁を整えたルナはドアに鍵をかけた。
ステラはもうしばらくは起きないだろうし、鍵をかけておけばソフィーが入ってこようとしたときに察知ができる。
魔眼がコントロールできるようにしておかないと何かと都合が悪い。
とはいっても使い方がわからないのだが試行錯誤しながらある程度使ったり抑えたりができるようになった方がよいのは誰が考えてもわかる話である。
目からビームを出したり、睨みつけるだけで物が爆発したりとかそんなことができるということはなさそうではあるが、何かあった時には非常に困るのでリビングの空間をしっかり保護してから練習を始めることになった。
魔法練習用の人形を相手に練習する。
さすがに一人で練習したとしても、うまくいったかどうかなんて判断ができない。よって練習用の人形を使ってうまくいったかどうかを評価する。攻撃魔法を当てても壊れないほど丈夫な作りで、目に見えにくいもしくは見えない魔法に対しては色や動きで教えてくれる優れもので、学園では必需品だし騎士団などでも結構使われているらしい。
序盤でルナは苦労する。
少し色が変わったり、コテンとかわいらしく倒れるぐらいがせいぜいで、これは非常に効果が少ないということ。つまりはほとんどコントロールができていないということである。
ただ十分も経つとコツをつかみ始めたようで、だんだんと色の変化が様々になったり人形が大きく跳ね始めたりと練習の成果が出てくる。
そしてついに…ルナが魔力をコントロールして魔眼を輝かせると人形の色が変わり、人形がすごい勢いで吹き飛んでその勢いそのままに天井や壁に当たっては跳ね返り、まるでかなりすごいスーパーボールのように速さを保ちながらバウンドを繰り返す。
「うわわわわわ!?」
ルナはびっくりするとともにとっさに床へ伏せた。いくら人形とはいえ、そんな速度で跳ね回っていたら誰だって身の危険を感じるだろう。
「(部屋の保護していて正解だったぁ…。)」
まさかここまでになるとは思わなかったものの、万が一に備えた準備が功を奏した形になった。
もし、保護をしていなかったら部屋の壁に凹みや穴ができてしまっていただろうし、家具も壊れてしまって大惨事だっただろう。
ともかく、使い方をある程度掴んだルナだった。
しかし、まだ万全とは言えない。何かの拍子で発動してしまうのも困る。
そういうわけで学園入学時に支給されていた魔力遮断メガネをかけることにした。これならばもしうっかり発動してしまってもメガネが誰かに被害を与えるのを防いでくれるはずである。
と、ゆっくりしている場合ではない。部屋の保護をして人形を出して練習なんてしているなんてよっぽどのことがない限りしないはずだ。
ルナは部屋の保護を解除して人形をもとの場所にしまっておいた。
一方、その頃のステラはというと
「zzz…。」強い稲光と大きな雷鳴が時折なっているにも関わらず、動じるどころか全く起きる気配がないほど熟睡していた。恐るべし。
とりあえずルナはステラが起きる前に朝食の用意に取り掛かる。今日はおそらく授業が休みだろうが、ステラがルナより先に起きることはまずないので、どんな日でも基本的には朝食を作ることを余儀なくされるのである。
ルナは小さくため息を吐きつつ、作り置きをアレンジして簡単に朝食を用意するのであった。
ルナが朝食を作り終えるころには雨もかなり弱くなり雷も収まっていた。ルナの予想通り長くは続かなかったようだ。そしてようやくその頃になってステラが起きてくるのである。腹時計というやつだろうか…。
ちなみにまだソフィーが部屋に来ていないが、休みの日は自室で朝食を食べることもあるようで、朝の天気で休みと判断したのだろう。
そういうわけで今朝は珍しく二人で朝食をとることとなった。
他愛のない話をしながら食事をとり、二人が食べ終えるころには雨もすっかり上がって虹がかかっていた。
「あ。そういえばルナ。そのメガネどうしたの?」と、今更になってステラが尋ねてきた。
「えっ!?あ…えーっと…。」
この時ルナは内心しまったと思っていた。魔眼が暴発したときのためにメガネをかけたのはいいが、メガネは認識阻害の対象にならない。つまり、周りからは魔眼になっているのはわからなくてもメガネをかけているのは恐ろしく視力が低下しているか、目が見えない人以外はわかるのだ。そのために言い訳を考えておかなければいけなかったのだがルナはそのことをすっかり忘れていた。
「あ、あのね?そろそろ任務があるって言ってたよね?それで、もらってから全然使ってなかったから…、えっと…どこにしまったかなーって思って探して…それで何か問題あったら困るから試しに何日かかけてみようかなー…なんて思ったりして…。」
と、ルナはしどろもどろになりつつもなんとか言い訳をしてごまかす。
するとステラは
「なるほどねー。そっかー。」とうんうんと頷きながら納得している様子だった。
ステラはたまに鋭いが、深く考えない性格であったためルナは一先ずこの場をしのぎ切ったのである。
お昼前にソフィーが部屋に合流して、いつもの3人になる。とはいえ、雨の影響でこの日は授業は休みということで学園内のお店を散歩がてらに回ろうという話になり、さっそく行動に移すこととなった。
ちなみに、ソフィーにもメガネの件を尋ねられたが先ほどステラにした答えを返した。
もしステラに先に質問されていなかったら…なんて思うと恐ろしいが、切り抜けることには成功した。
ただ、ルナのレベルを考えるとメガネが必要な任務なんてとてもじゃないがありえないので少し怪訝な顔をされてしまったが大丈夫だろう。
3人は外へ出て、学園のメインストリートに出ると先ほどの雨でできた水たまりや、木の葉に残っている水滴が日光を反射してキラキラと輝いていた。
「きれいだねー。」と、珍しくそう言った類の感想を漏らしたステラに、
「う、うん…。」とどこか暗い表情のルナが相槌を返す。
ルナも確かにその光景はきれいだと思ってはいるが、やはり吸血鬼にとって日光は忌み嫌うものであって、きれいだけど不快であるというかなり奇妙な心理状態となっていた。
暗い表情はこのためであったが、ソフィーもステラもその表情には気付かなかった。
数時間後。ルナたちは荷物を持って部屋に戻ってきた。その荷物の量はそれなりの量があり、そのほとんどが食材だった。
「まさか今日が大安売りの日だとは思わなかったね。」とルナ。
散歩の途中でスーパーを通りがかった際にのぼりに気付き、予定を変更して買い物をすることになったのだ。
丁度、ルナのトマトを使った作り置きもほとんどなくなっていたのとトマトジュースが完全に底をついていた。それからその他食材も徐々に足りなくなってきたころなので渡りに船だった。
結構買い込んだので少なくとも一ヶ月は買い物に行かなくても大丈夫だろう。
ただ、ルナには人間の食事は必要ないかもしれないのだが…。
ソフィーも自分のために買い物をしていたため、この日は早めの解散となった。
すでに日は暮れて、空は昼の顔から夜の顔へと表情を変えつつある時間帯だが活動を終えるにはまだ早い時間帯だ。
もっとも、食材の片づけをしなければならないのでまだまだ眠りにつくことはできない。
よって、ルナとステラは食材の片づけに取り掛かる。
ルナは料理が得意であるため食材の加工をメインに担当し、そうでもないステラは食材のちょっとした下ごしらえと整理、そして味見を担当した。
そうして、何とか食材を処理したころには完全に夜になり、月もしっかりと昇って頂点に差し掛かっていた。
「なんとか終わったねー。疲れたぁ…。」
「おいしかったぁ…。」
とルナの正当なつぶやきとステラのどこかずれているようなつぶやきが同時に漏れる。
「というわけでおやすみー…。」とステラはそのままベッドへ倒れこみ、寝てしまった。
そんなステラをジト目で見つつ、後片付けを始めるルナ。
部屋の中を月明かりが照らす。その光は強くなっており、満月が近づいていることを知らせていた。
「人間でいられるのもあと少し…か。」
ルナはふと月を見るとまだ完全には満ちていない月が視界に入る。
しかし、逆に言えばもうすぐ満ちそうな月でもあるということでもある。
ルナはどこか憂いと寂しさが入り混じった表情で月を見た後、再び後片付けへ戻る。
残り少ない人間でいられる時間。ルナはその貴重な時間をかみしめていた…。
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