#21 緊張の日 <Ⅲ期 変異期>

 翌朝、ルナは早めに起きるとカーテンレールで休憩していたコウモリたちが床に降りてきてペコリとお辞儀をしてから窓から飛び立っていった。

「(…本当に礼儀正しい子たちだなぁ…。)」

 ルナは感心しつつ、コウモリたちを見送るとすぐさま支度に取り掛かった。

 まず、昨日バリケードにした机などをもとの位置に戻し、ドアのチェーンを外す。

 そしてドアのカギを開ける。

「うぅ…緊張する…。」ルナはそう言いながら準備を進める。

 何せあちこちにお詫び行脚をしなければならない。少ない朝の時間を無駄にすることはできない。

 あの事故が起きて逃げ出してしまったうしろめたさからちょっと憂鬱な気分でもあるが、どうせいつか行かなければいけない以上、心の整理がついた時点で行くのが筋というものだろう。

 本来なら菓子折りの一つぐらいは用意したかったのだが、昨日は外に出る気にはどうしてもなれなかったし、朝はまだ店等も開いていないため用意はできなかった。

 というわけで手作りでお菓子を作っている。

 幸い部屋にあった材料で作れるため朝早くから少し慌ただしく動いていた。

 今はオーブンで焼きあがりを待つしかない。待っている間にも別にやることがたくさんあるのだからゆっくりはできないのだけれども、やることが多くて大変そうである。

 失敗してないかどうか気が気ではなかったルナだが、こればっかりは自分の力だけでどうにでもなるものでもない。

 ルナは学校に行く身支度を終え、朝食もあらかた作り終えるとちょうどクッキーが焼きあがったようだ。

 取り出すと良い焼き色で問題なさそうだった。少々形がいびつなものもあるがそれはご愛嬌といたところか。

 ルナはホッとしてクラスメイトに配るために小さな袋を用意したその時だった。

「っ…。」不意に喉の渇きを感じてしまった。おそらくクッキーがうまく焼けたことで少し隙ができてしまったせいだろう。

 ルナは急いで飴を取り出して口の中に放り込む。するとほどなくして渇きは収まった。

 一息つきたいところだったがそんな時間がないので急いでクッキーを詰める作業に戻った。


 クッキーを詰め終わるとドアをノックする音が。

「はーい。」とルナは玄関に向かってドアを開けるとソフィーとステラの二人がいた。

 するといきなりステラが抱きついてきた。

「わわっ!?いきなり何?」

「よかったぁ~。元気そうで…。心配したんだよ~?」

「もうステラったら…。でもほんとに元気そうでよかったわ。昨日はひどく落ち込んでたみたいだから…。」

 二人とも非常に心配していたようだがルナの様子を見て安心したようだった。

「うん…。ごめんね…。あ、お詫びって言っちゃなんだけどこれ。」

 とルナは袋に詰めたクッキーを渡す。

「わぁ!おいしそう!ありがとう!」と食い意地が張っているステラに対し、

「もう…お詫びなんていいのに。でもありがとう。」とルナを気遣うソフィー。

 今が夕方または夜ならばここから女子会がスタートする。この日も始まりそうな雰囲気が漂ったが朝なのである。となると…

「あっ…。時間…。」とルナが気づいてしまった。

 いろんなことに時間を使いすぎたのか遅刻ギリギリの時間を時計は示していた。

 ルナはカバンとクッキー、用意しておいた片手で食べられる軽食を持って二人と共に急いで部屋を出る。

「…っと、を忘れたらまずいよね…。先行ってて。忘れ物しちゃった。」

 ルナはそう言うと部屋に戻り、隠しておいた飴をカバンに入れて急いで教室へ向かった。

「(これがないとどうなるかわからないよね…。)」

 吸血衝動は依然として制御できないため、この飴は行動するうえで必要不可欠である。


 急いだ甲斐あってか、何とか定刻までに教室に文字通り滑り込みで間に合った。

 滑り込みだったため教室に入るとすぐに授業が始まった。

 ルナは即座にカバンの中に放り込んだ飴を一つ自分の口に入れて吸血衝動への予防をしておく。

 授業を受けていると何やらいろんな人からの視線を感じる。さらにひそひそ話もしているようだ。ルナは耳が変わったことによって全部聞き取れていて全部ルナに関する心配などだった。

 ただ、途中でステラの大きないびきにより聞き取りづらくなったのだが。


 休憩の時間になると一斉にクラスメイトが近寄ってきた。

「うひゃあ!」ルナはあっという間に囲まれ若干もみくちゃになる。

 クラスメイトの気づかいや慰め、心配などの言葉をあらかた聞き終えたルナは一人一人にクッキーを手渡す。しかし、一つ余ってしまった。

 そう。ルナが大けがを負わせてしまったクラスメイトの分だ。ギリギリで教室に入ってきたせいで確認する余裕がなかったが確かに見回しても彼女の姿がない。

 それもそのはずで一命は取り留め、意識も回復したがダメージは大きく医務室のベッドで未だに治療を受けている状態なのである。

 勿論、お見舞いにはいくつもりだが罪悪感が大きくて気が進まないのも事実である。

 でも、事故とはいえ傷つけた責任はとらなくては…。


 座学が終了し、演習の時間がやってきた。

「ごめん。今日は演習休むよ。」ルナがソフィーたちに欠席の報告を依頼した。

「まぁ、あんなことがあったばかりだし、先生もみんなもわかってくれるよ。」とステラ。

 誰でも多少の傷を負わせることは誰でもあれど大けがとあれば話は別で、けがをした方は勿論だが負わせた方もダメージは大きい。特に負わせた方は精神的な部分であるため回復するのにも時間がかかるし、それにトラウマとなってしまって演習で力が発揮できなかったり、恐怖で攻撃できなくなったりと何かと複雑である。

 少し考えればわかることだが、欠席は無難な判断といえる。

「私、ちょっとやっておきたいことがあるから…頑張ってね。」

 そう言ってルナは皆が移動する方向とは違う方向へ歩いて行った。


 演習が始まったころ。ルナはお菓子屋にいた。

「やっぱり菓子折りぐらいは持って行った方がいいよね…。う~ん…。」

 どうやらルナは朝に準備できなかったお見舞いの品を調達しに来たらしい。

 ただ、大きさもいろいろあって少し悩んでいるようだ。

 十数分後…。ルナは悩んだ挙句、財布と相談した結果手ごろなサイズの菓子折りを持って店から出てきた。遠くから派手に魔法が爆ぜる音がするあたり演習の戦況も激しいものになってるだろうと思いつつルナはお見舞いのために医務室へと足を運ぶ。

 医務室が近づくにつれてルナの心臓の鼓動が早くなり、緊張と不安が徐々に募ってくる。

 もし、拒絶されたらどうしよう。ドアを開けた瞬間空き缶や花瓶なんかが飛んできたらどうしよう。もしかしたら凶器を持って襲ってくるかもしれない。もしかしたら下手したら死んじゃうぐらいの魔法を用意して待ってるかもしれない。

 そんな無用な不安がルナの頭の中をぐるぐるループする。

 そうこうしているうちに医務室へ到着してしまった。


 ルナはドアの前で深呼吸をして、血液の飴を一つ口の中に入れてドアをノックする。

「どうぞ。」中から声がした。

 恐る恐るドアを開け中をのぞくとベッドの上に彼女がいた。

「あ、ルナ。いらっしゃい。」ニコッと笑顔でルナを迎え入れた。

 想像と違った反応に面を喰らってしまったルナだが、それと同時に不安が杞憂であったとわかり安堵してベッドサイドへ腰かける。

「あ、あの…この間は大けがさせてほんとごめんなさい…。怪我…大丈夫…?」

「ん?ああ。全然気にしないで?私も全然気にしてないし、第一あれは事故なんだからね?」

「うん…。でもお見舞いはしなきゃと思って…。あ、これお見舞いに持ってきたんだけど、よかったら。」とルナは手作りのクッキーと菓子折りを渡す。

「ありがとー!ってもうそんなに気にしちゃダメだよ?耳までしゅんとしちゃってるよ?」

 確かにルナはしゅんとしていて耳も元気をなくしたようにへたり込んでいる。そんなルナを気遣いつつ、話を続けた。

「まぁ、けがは見た目はしっかり何ともないように見えるけど内部がまだ完全に治ってないんだって。でもすぐに退院できるよ。」

「そ、そうなんだ…。」

「それにしても、あの攻撃すっごいね!あんなのいつの間にできるようになったの?」

 彼女は目をキラキラさせながら、自身に大けがを負わせたときのことを聞いてきた。

「えっ…?いや…、いつだろうね…。あはは…。」あまりの予想外の反応にルナは苦笑いをすることしかできなかった。

「まだ開花してないんでしょ?もしかしていつの間にかしてたとか?」

「その気配はあるらしいんだけどね…。」

 ルナは彼女とあまり話したことはなかったがこの日は意外と話が弾み、話し込んでしまった。

「そろそろ面会時間終わりですよ。」と看護担当の人が部屋をのぞきに来たので、話を適当なところで切り上げてルナは帰ることにした。

「またね~。」

「うん。それじゃ。」

 二人は挨拶を交わし、ルナは病室を後にした。

 外へ出るとかなり日も傾いており、昼に医務室へ向かう途中に聞こえていた音も聞こえなくなっていた。

「演習終わったのかな?ということは二人とも部屋で待ってるかも…。」

 そう思ったルナは少し早足で家路を急ぐことにした。


 そうしてルナが部屋に帰ってきたのは日没の直後だった。

 ここでもルナは飴を一つ口の中に入れてからドアを開ける。

「ただいま~。」

「おかえり。ルナ。」

「遅かったねー。ルナ。」

 二人は思った通り先に部屋に帰ってきていて、夕食の準備をしていた。


 食事を終えた後。

「そう言えば近々任務があるかもって先生が言ってたね~。」ステラが話を切り出した。

「へぇ~そうなんだ。」

「うん。今度はチーム単位だから大丈夫よ。よほどのことはそうそう起きないし。」

 ルナは初めての任務、つまりは森の調査だったのだが、一人とはいえども危険がないとされる任務だった。

 しかし、帰還できずに失敗という扱いになっているらしい。不測の事態があったということで成績などには影響はないもののさすがにいくつかはこなしておかないと遠征にもついていけないことになってる。

 話によると軽い討伐になる見通しとのことで、学年トップクラスとの呼び声の高いソフィーと接近戦にはめっぽう強いステラならば一人でもいけるようなものだが、今回はルナの実戦経験を積むのも兼ねて今回はできるだけサポートに回るらしい。

「まぁ、まだ詳細は全然決まってないらしいからその話はまた今度ね。」

 楽しい時間というのは早いもので時計を見るとそろそろお開きにしなければならない時間だった。

「それじゃあ、またね。」そう言ってソフィーは自室へ帰っていった。

「私たちも寝よっか。」とステラが提案したが

「その前に片づけだよ。」と片づけから逃れようとベッドへ潜りこもうとしていたステラを捕まえる。


 そうして片づけを終え、ようやく眠る準備が整う。

 ライトを消すとカーテンの隙間から月が顔をのぞいていた。

「月…きれいだなぁ…。」

 あと数日で満ちる月。しばらく見惚れていたが時と共にカーテンに隠れてしまって見えなくなった。

 それを見届けてからルナは眠りについた。

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