#20 部屋に一人で <Ⅲ期 変異期>

 朝になり、目覚まし時計が鳴ったことでルナは意識を取り戻す。

 しかし、ルナの瞳には光がなく、動きにも覇気が感じられない。

 非常にゆっくりとした動きで目覚まし時計を止める。

 力を入れていたのだろうか、目覚まし時計は軋んだ音を出して鳴りやんだ。

 ルナは部屋を見渡すが寝ている間に人が入った気配はない。どうやらソフィーとステラも気を察してくれたらしい。

 ふと、ルナがあることに気付く。それはルナが何一つ身に着けていないことだった。昨日はシャワーを浴びてそのまま寝てしまったことを思い出し、パジャマに着替える。

 つまり、この日は外に一切出ないという意思があるのだろう。

 ここでルナは玄関のドアの鍵をかけていないことを思い出した。

 今は誰にも会いたくないルナはまず鍵をかけ、チェーンをつけ、部屋にあった机などで扉があかないようにバリケードを築いた。それだけでは心許ないと感じたルナは自分がもたれかかることで開くことがないだろうと考えバリケードの周りに暇をつぶせる本など、そして大量のトマトジュースを置いて、さながら籠城のような体制となった。


 時計に目をやると学校へ行く準備が整う頃になっていた。

 ということは。

 コンコン

 ドアをノックする音。

「ルナ?起きてる?」とソフィーが呼びかける声。

「…。」ルナは応じない。

「ルナ?開けるわよ?」ドアノブを回すが開かない。

 鍵を開ける音がして、再びドアノブを回すが開かない。

 ドンドンドン!

 ドアをたたく音がして

「ルナ?開けて?」とソフィーは呼びかけるもルナは沈黙を続ける。

 ドン!ドン!ドン!

 扉を体当たりで開けようとしているようだが家具で作ったバリケードとルナのせいでびくともしない。

 ソフィーも疲れたのか体当たりする音がやんだ。

「ルナ~?学校に遅れちゃうよ~?」いつも遅刻しそうになっている元凶のステラが呼びかける。

「…。」ルナは無言のままで用意しておいたメモ用紙とペンで何かを書き込み、ドアの下のわずかな隙間から紙を外に出した。

『今日は休む』

「ねぇ。ルナ大丈夫?声だけでも聞かせて?」

「…。」

 いろいろ呼びかけるも、結局ルナの声は聞けないまま時間が流れる。

「あ…。もう行かないと…。」ソフィーの焦る声。

「ルナ?昨日のこと気にしないでね?事故みたいなものだし。それにあの子も治療して命に別状はないみたいよ。まぁ、少し復帰には時間がかかるみたいだけど…。それじゃあ私たち学校に行ってくるね。」

 ルナはクラスメイトが助かったことを聞いて少し安堵する。

 そうしてルナは時折トマトジュースを飲みつつ誰もいない自分の部屋でじっとしているのであった。


 このまま時間が経ち、トマトジュースのボトルが数本空になったころ時刻はお昼を少し過ぎていた。ルナは数冊の本を読み終え、トマト料理特集の本を読んでいた。

 時間が経ったことでルナの心境も少し軽くなったのか、表情も少しばかり柔らかくなり、目にも徐々に光が戻ってきている。

 ただ、ショックから立ち直るのはもう少し時間を要するようだ。

 クラスメイトを傷つけてしまったことは重大なこと。それは誰が見てもわかることだが、ルナにとってはのことの方が数倍重大だと考えていた。

 返り血を浴び、無意識で体中の血液を舐めとる。まさに決定的な出来事だ。

 でもルナはそのことを考えないようにひたすら本を読んでいた。


 午後の演習の時間帯だろうか、外からは何かが爆発したり空気を切り裂く音などが時折聞こえる。それに対して部屋の中ではルナがたまにページをめくる音か、トマトジュースを飲む音、時計が時を刻む音しかなく、かなり静かであった。

 ルナもずっと本を読んでいるがこの時間になると眠いのか時折うつらうつらとして、ハッとしてまた本を読み進め、また眠くなりを繰り返していた。

 穏やかな昼下がりはルナを眠りの世界へと引きずり込もうとしているようだったが、ルナは何とか引きずりこまれまいと耐えるという超小規模で静かな戦いが繰り広げられていた。


 夕方になりとドアをノックする音がした。

「んにゅ…?」ルナはこの音で目を覚ます。どうやらいつの間にか睡魔との戦いに敗北してしまったらしい。

「ルナ~。お願い開けて~。」

 どうやらソフィーとステラが今日の授業を終えて帰ってきたようだ。

『ごめん。今日いっぱいは一人にして。』とルナはメモをドアの隙間に差し込む。

「わかったわ。でも、声ぐらい聞かせて?みんな心配してるわよ?」

『明日はきっと学校に行くから、お願い今だけは。』

 ルナは決して声を出さずにメモで返答する。

 そのメモを読んだ二人はルナのその言葉を信じてソフィーの部屋へ向かった。

 ルナはその様子を離れていく足音で感じ取り、「ふぅ…。」とひとつ息をついた。


 日が沈むにつれてあたりは暗くなる。それは部屋の中でも同じで、ルナの部屋はカーテンが閉められてはいるものの、カーテンが通す光も弱くなっていき、昼間よりも暗くなっていく。

 やがて完全に日は沈み、夜になって真っ暗になった。

 ルナも夜の訪れを感じて、真っ暗になるのを待ってからカーテンをめくって夜空を見上げる。はっきりと星が見える。しかし、ルナが見たかったのは星ではなく月だ。そろそろ気にしなければならない時期なのだ。

 月を見るとかなり満ちてきてしまっている。ここまで満ちれば吸血鬼らしさが濃くなるのもわかる。人間でいられるのもあと数日。ルナはどこか物憂げな目で月を見ていた。

 しばらく月を眺めながら思案をするルナ。「(明日は学校へ行こう。)」とルナが決心をして寝るための準備に取り掛かろうとしたときだった。

「…。なんだろう、あれ。」

 何かが飛んでいた。フォルムはだいたい長方形だが上に何かがついている。そして、フラフラといつ落ちてもおかしくない危なっかしい動きだった。

 だんだんこちらに近づいてくる。するとその正体がわかった。

 正体は箱とそれを運んでいるコウモリだった。コウモリ4匹がかりで運んでいるようだが明らかにコウモリの負担が大きい。どう見ても箱の方がサイズオーバーだった。

 そしてコウモリが運んできたということは。

「もしかして…リムからの贈り物…?」

 ルナが窓を開けると、コウモリたちは早く休みたいと言わんばかりに急いで部屋の中に入ってきた。

 コウモリが箱を置くや否やぐったりとした様子で床に大の字で倒れた。コウモリのこんな珍しい姿を見たのは世界中探してもルナだけかもしれない.。

「だ、大丈夫?みんな…。」さすがにこの様子を見て心配になったルナが問いかけると、

「キ、キィ…」とちょっと弱弱しい鳴き声ながらも返事を返してきた。

「これってもしかしてリムからの贈り物?」と聞くと

「キィ…」とコウモリはぐったりしながらもちゃんと応対をした。

 ルナはコウモリの様子が非常に心配なのか、ちょっと深め皿を持ってきてトマトジュースを注ぎ、「よかったら飲んで?ゆっくり休んでいいからね?」というと

 コウモリはゆっくりと皿が置いている方向へ行ってトマトジュースを飲み始めた。

 ルナはその様子を見守る。

 トマトジュースが驚くべき速度で減っていき、皿が空になった。

「もっといる…?」ルナがコウモリたちに訊ねると一斉に首を横に振った。

 そしてコウモリたちはカーテンレールへ向かって飛んでいき、そこにぶら下がって休憩するようだ。


 ここでルナはコウモリたちが運んできた箱の方に意識を向ける。そこそこのサイズではあるがいったい何が入っているのか皆目見当もつかないし、この期に及んでリムは何を送ってきたのだろうか。

 箱を開けてみると、一回り小さな箱があった。

 それを開けるとさらに小さな箱が二つ。外側の箱が一つ無駄な気がした。

 それらはまぁまぁな重量があった。これはコウモリにとっては大変な重さだっただろう。コウモリたちに同情しつつ開封を進める。

 まずはちょっと軽めの箱を開けてみる。すると、袋に入った大量の紅い飴。なぜ飴を送ってきたのか。

 それは後で考えるとしてもう一つの重量がある方の箱を開ける。するとまた箱だった。しかし、今までの箱とは様子が違ってしっかりした箱だった。

 その箱を取り出しよく見ると小型のクーラーボックスだった。クーラーボックスに入れなければならないもの…ルナには心当たりがない。

 ルナが慎重にクーラーボックスを開ける。その中身を見た瞬間ルナは目を輝かせた。

 中には真空パックにされた血液が数個入ってたのである。

 早速飲もうとしたルナだったが、手紙か何かないか探すと飴の箱の底にあった。


『やっほー。元気してる?私は元気だよー。そろそろ吸血衝動が始まると思って私からプレゼント!

 ひとつは輸血パック。これはそこまで私もストックがないからどうしても我慢できないときだけ飲んでね?それとちゃんと冷蔵庫で保存してね。

 もう一つは飴なんだけど、これは吸血鬼用の血液入りの飴なんだ。これだけでも多少吸血衝動は抑えられるからうまく使ってね。


 あともうちょっとで二次覚醒…吸血鬼になれるね。吸血姫としてもデビューはできるけど完全覚醒まで二か月かかっちゃう。だからその間にいろいろやってうまく動けるようにしとくといいんじゃないかな?

 とにかく立派な吸血姫になった姿を楽しみにしてるね!

 あなたのマスター リムより』


 吸血衝動が発現することをわかっているあたり、リムもしっかりしているらしい。ルナは感心しつつ輸血パックを開封する。正直我慢の限界だったのだ。

 ルナは血液を飲むと口の中では芳醇な香りと甘露な味わいが広がり、うっとりとした目になって夢中で飲み続ける。

 ものの数十秒で飲みきってしまい、二つ目に手を伸ばすが数が少ないということを思い出して我慢することにした。

「うまくやりくりしなきゃ…いつ我慢の限界が来るかわからないしね…。」とルナは自分に言い聞かせ、輸血パックを冷蔵庫へ入れるのであった。

 それでもまだ渇きが収まらないような気がしたルナは飴を試すことにした。

 袋には『飲み込んだり、噛み砕かないこと』と注意書きがあった。

 ルナは飴を一つ取り出し、口に放り込む。注意に従ってしっかり舐めることにした。もともとルナは飴を噛み砕いたりしたことはないが。

 舐めているとしっかりと血液の味がしておいしい。しかも渇きがだんだんと収まっていく感じがした。これなら吸血衝動があっても何とかなりそうだ。

 そうしてルナは飴をしっかり舐めて溶かし終わった後、しっかり歯磨きをしてベッドに入った。

 明日は学校に行って、みんなに謝って、お見舞いもして…と忙しくなりそうだ。


 これで一連の騒動は一応収まった。しかし、ルナの二次覚醒までの時間は刻一刻と近づいていく…。

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