#18 かわいい変化 <Ⅲ期 変異期>
今日はまたいつも通りの日常が始まる。その一日の始まりのときはだいたい決まっている。
ジリリリリ…
と、目覚まし時計の音が一日の始まり、朝を告げる。
「…うるさいなぁ!」
ルナが怒気を込めながら目覚まし時計を強めに叩いて止めた。目覚ましは少し軋んだ音を立てて沈黙する。
ルナは止めてからハッとする。いつも通りの目覚まし時計。新しく変えたわけでもないし、特に移動させたわけでもない。つまり何も変わっていないはずなのだが今日に限ってはいつもより音が大きく聞こえたのだ。
「(ということは…。)」とルナは洗面所へと急ぐ。
鏡に映っていたのはいつも通りのルナの顔…ではあるのだが間違いさがしのように一か所だけ変わっていた。
それは耳だった。耳の形がエルフのように先端が尖っていて細長くなっていた。
意識を向けてしまったのかわからないが耳がぴこぴこと少し動いている。
ここだけ見ればかわいいし、ルナも耳が動いている様子はかわいいと思ってしまっていたが魔族の耳ということを考えるとそうもいかないはずだ。
なぜなら、人の形を失いつつあることに他ならないからである。
音が大きく聞こえたのもこれのせいだった。ルナは納得しつつ朝の支度を始める。
なぜか違和感の一つも覚えずに。
この日もルナは赤色多めの朝食を準備する。吸血鬼化の影響で朝に弱くなったルナだが、ステラはいつもそれよりも遅く起きる。どういうことなのか。
ルナは調理中そんなことを考えてしまい、大きな溜息をつく。
噂をすれば何とやら。ステラが今日は珍しく自ら起きてきた。
「あ、おはよう。ステラ。」
「うん。おはよう。」
「今日は珍しいね、自分で起きるなんて。」
「いや…、昨日ソフィーにされたことが夢に出てきちゃって…。」
「へぇ…。で、どんなことをされたの?」
ルナがそう聞くとステラは
「…。(カタカタカタカタカタ…)」と激しく体が震えだして顔が青ざめていった。
「…。(聞かないほうが身のためかも…)」
ルナはこれ以上この件には触れないようにすることにした。
朝食を準備し終えているとステラがふと話しかけてきた。
「ねぇ、ルナ。なんかいいことあったの?」
「えっ?別に何にもないけど?」
「そう?でもそのかわいいお耳がさっきからぴこぴこ動きっぱなしだよ?」
それを聞いてルナが耳に手をやると確かに動いていた。
「なんでだろうね…あはは…。」ルナはごまかし笑いをする。
「(でも、耳が変わったって指摘しないってことはもとからこの耳だったってことになってるのかな…?)」ごまかし笑いの間に考察をして朝食を続ける。
朝食を終え、ソフィーが迎えに来たので挨拶もそこそこにして教室へ向かうことにした。
今日はなんだか余裕があったためこの時ようやく制服に着替えだしたのだが、ルナは体型が変わった分いつもより着替えに手間をとったがそれ以外はすべて順調だった。
教室に向かう途中、ルナは遠くにいるチームの人の話やひそひそ話がすべて聞き取れていた。
「(やっぱり遠くの音もしっかり聞こえるようになってる。)」
朝の目覚まし時計の音が大きく聞こえた理由が確信に変わった。
午前中の授業は暇だった。何度目かわからない同じ話をしている。
真面目に聞いている生徒がどれだけいるのか。ある生徒は化粧をしているし、読書、髪いじりなどなど授業に関係ないことばかりしている。
一番多いのはステラもそのうちに数えられる睡眠。真面目なソフィーであっても聞き飽きて戦略について考えているありさまだった。
ルナもこの時間を使って無意識に耳が動かないように特訓をしていて、授業が終わりに差し掛かったころにはおおよその方法をマスターしていた。
午後になり演習が始まる。ルナは魔力が低いとされているためこの日も後方支援の配置についていた。後方から防御力アップや威力アップの魔法をかけたり負傷者の回復を行ったりする。余裕があれば攻撃もするがそこまで機会があるわけではない。
この日もしっかり晴れていてルナは調子が悪かった。にもかかわらず魔法の効果や威力は格段に上がっていて、周りの生徒からもわかるほどだった。
魔法の能力が開花したのかと周りの生徒が訊ねては来るがルナは否定する。
でも、確かに魔力量そのもの自体は増えてはいるが…。
演習が中盤に差し掛かるとルナの耳が何かを感知してピクッと動く。
「みんな奇襲が来るよ!」
そうルナが警告すると相手チームの後衛強襲部隊が飛び込んできた。
皆がルナの警告を聞いて反応していたためすでに防御を固めていて、逆にカウンターを喰らわせた。それが功を奏して戦況が一気に優勢に傾く。
ルナの耳が変化した恩恵が現れた格好になった。
そのまま演習の戦況は変わらず、ルナがいた側のチームの勝利となった。
「やったね!ルナ!」
「あの時のルナの警告のおかげだよ!」
クラスメイトに声をかけられてうれしさと照れで顔が真っ赤になってしまうルナだった。
演習が終わり、ルナは一緒に帰るためにあらかじめ待ち合わせ場所に指定されていた場所でソフィーとステラの二人を待っていた。
「…。遅いなぁ…。」ルナが早すぎたのか、それとも何かあったのか二人が中々現れない。
「喉渇いちゃった…。」そうしてルナは自動販売機で水を買って飲む。
なぜかよく喉が渇く。
最近になって気付いたことなのだが、確かに部屋のトマトジュースの消費が日に日に増えているし、外に出たときはいつも水筒を待ち歩いていたのだが最近は水筒の水だけでは全く足りず、さらに数本のペットボトルの飲み物を買ってすべて飲み干していた。
最早、演習中を除いてはほとんどずっと何かを飲んでいたのである。
ルナはここ最近のそんな異変の理由に心当たりがなく首をかしげる。
二人がいないといろんなことを考えてしまう。余計なことですらも。
「おまたせー!ルナ。」
と、いろいろな思案をしていたところにようやく二人がやってきた。
「何かあったの?」とルナが聞く。
「いやー…先生に呼び止められちゃってね…。」
二人は待ち合わせ場所に行く途中に運悪く先生に捕まり、長話に付き合わされていたらしい。
「じゃあ帰ろっか。」とソフィーが言うと
「ちょっと待って。これ飲んで、新しく何か買ってからでいい?」とルナは持っていた水を飲み干し、自動販売機でもう一本水を買ってから帰ることにした。
帰り道はいつも通り三人で今日の演習の感想や反省点などを話しながらゆっくりと歩く。
しかし、ルナはいつもと変わらない日常なのに今日はなんだかいつもより早く日が暮れた気がした。
実際この日はいつもより帰りが遅くなっているため全くの気のせいなのだが、ルナはどこか疑心暗鬼になっていた。
部屋につくころにはあたりは真っ暗になっていた。
早速夕食の準備に取り掛かるが、その時ふと姿見を見ると自分の姿ではなくドレスを着た闇ルナがそこにいた。
ルナは一瞬絶句した。まだみんなが部屋にいるのに出てくるなんて思ってもみなかったのだ。
見られてはまずいと思ったルナは二人がこっちを見てないのを確認して姿見に駆け寄り、
「今はダメ!後で時間作ってあげるからお願い今は消えて!」と切実に小声で訴える。
それを聞いた闇ルナはウィンクをした。すると次の瞬間、制服を着たルナの姿になっていた。
何とか危機は脱したものの、未だに動悸が続いている。
とりあえずルナは大きく深呼吸をして、大きな溜息を一つ。
落ち着いてからルナは夕食の準備へ戻っていった。
いつものように三人で話をしていたが一つだけ違ったことがある。
それはルナの手元に常にトマトジュースなどの飲み物(大体赤色)があったことだ。
しかし、それに気に留めることもなく話は弾む。
ただ、この日は少し帰りが遅かったこともあっていつもより少しだけ話す時間が減って早めのお開きとなった。
ソフィーが自分の部屋に戻り、二人ともお風呂や翌日の準備などを終えてベッドに潜り込んだ。
「(あ。忘れてた。)」ルナはゆっくりと起きてステラが寝ていることを確認する。
「むにゃむにゃ…。もう食べられないよー…。」
ステラの寝言を聞いて安心したルナは姿見へ向かい闇ルナと再び対面する。
「ちょっと!遅いよ!忘れてたでしょ!」といきなりの叱責が飛んできた。
「ご、ごめん…。でも、あんな時間にでなくたっていいでしょ?」
「ま、まぁそうなんだけども…。」
「それで、何の用?」
「結構月満ちてきたよね。」
「それだけの用なら寝るよ?」
「ちょ、ちょっと待ってー!最近話してなかったから少し付き合ってよー!」
「しかたないなぁ…。それに満ちたって言ってもまだそこまでじゃない。」
実際半月になったかどうかといったところであった。
「それにしてもルナの耳かわいいね。」
「あ、そ、そうかなぁ…?」
「うん。かわいい形してるよ。私とお揃いだし。」
「そりゃ当然でしょ…。私がいずれあなたのようになるんだし…。いや、まぁ耳に関してはちょっとだけ気に入ってるけども。」
「そうなんだ。でも、本当に私に似てきたよね。これからもっと変化あるから楽しみにしてね!」
「いや、それは無理。」
「まぁ、確かにちょっとつらいかもねー。でも吸血鬼らしくなるためには仕方ないんだよね。」
「…。」
実際にそう言われてしまい急に吸血鬼へのカウントダウンが近いことを実感してしまったルナ。しかも、ここからがつらいと聞いてしまい恐怖心も出てきてしまった。
「ねぇ。ルナ。何か聞きたいことある?」
「あ、一つだけ。吸血鬼になった後、あなたはどうなるの?」
ルナが抱いていた素朴な疑問。いずれは同じ姿になるがその時鏡の中の
「それはわたしに置き換わるの。姿もだけど心とかもね。人間らしさや人間の理性のかわりにね。あなたのもとの人間性とかに関してはちゃんとあなたの中に残るし、たまに呼び出して自分の心の中で会話もできるよ。あ、でも完全覚醒したあとは少しずつそういうこともしなくなっていくんじゃないかな。いくら元の人間の思考が残るといっても魔族側に思考が偏ることになるんだし。まぁ、その頃には人間を吸い殺しても何とも思わなくなってると思うよ?」
「そ、そうなんだ…。」
ルナにとっては後半は聞きたくなかったことだったが、本に書いていなかったことを聞けたという意味では収穫だった。そう思うしかない。
たださすが魔族といったところか。説明はしっかりしていて理解はしやすかった。
「あー。久しぶりにちょっと喋れて楽しかった!またねー!」
そう言って闇ルナは姿見から姿を消し、現在のルナの姿が鏡の中に残った。
「はぁ…。」
ルナはまた溜息をついた。そしてコップ一杯の水を飲んでベッドへと戻っていった。
翌日からしばらく苦しい日々が始まるとも知らずに。
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