#17 ルナの受難 <Ⅲ期 変異期>

この日は学園の授業が一切ない完全なオフの日である。そのため授業がある朝には毎日なっていた目覚まし時計も沈黙している。

普段はすでに起きているはずのルナも安らかな寝息を立てていつもより長く睡眠をとっている。これは朝に弱くなったルナにとっても、うれしいことなのだろう。

遅刻常習犯予備軍のステラも、もちろん熟睡中である。彼女の腹時計やが作動すれば瞬時に飛び起きるのだろうが、今日はまだどちらもアラートを発していないようだ。


朝から昼へと変わりつつある頃、ルナはゆっくりと目を開き上体を起こす。するとなんだか違和感が。ちょっとした感覚だが明らかに何かを訴えている。

ルナはすぐにベッドから降りる。謎の動きづらさと締め付けられるような苦しさがルナを襲う。

洗面所の鏡で確認すると正体が判明した。

明らかに胸のあたりのパジャマの生地が伸縮性を最大限発揮していて、ボタンが限界を迎えるのが時間の問題という状態になっていた。

ルナはすぐにパジャマを脱いだ。すると下着がそこそこ食い込んでおり、文字通り胸が締め付けられていた。

ルナは一旦、一糸まとわぬ姿になり体を観察する。

わかっていたことだが体型が変わっていた。

お尻が一回り、胸が二回りほど大きくなっていた。それに対して腰回りはこれまで以上に引き締まっていて、もはやモデル顔負けのプロポーションになっていた。

部屋の体重計に乗ると不思議なことに体重が少し減っていた。体積は増えているはずなのに体重は減っている。計算が合っていないような気がしてならないルナだったがここで大問題が発生した。

「(服…どうしよう…。)」

ルナはきつい下着を何とか身に着け、ステラが起きないように、そして誰も来ないように祈るながらクローゼットに潜り込み、なんとかゆったりしたサイズの服を掘り当てて身に着けた。

ルナの今日の予定はこの時決定した。

「採寸してもらわなきゃ…。」


そうしてルナは採寸をお願いする手続きを済ませ、一人リビングに座って考えていた。

それは吸血鬼化のこと。自分の記憶を頼りにここまでに自分に起こった状況を整理する。

「(…そうだよね…。)」

吸血鬼化が順調に進行していること。そして、ほぼ教科書通りの変化過程をたどっていること。

そして何より自分がその変化を受け入れつつあって、変化に恐怖を抱かなくなったこと。

それがルナが整理して出した結論だった。

もっとじっくり考えようとしていたルナだが、寝室から物音がしていることに気付く。

どうやらステラが目を覚ましたらしい。

それと同時にソフィーも部屋を訪れてきた。

「おはよう。二人とも。」

「うん。おはよー。」

「おはよう。」

と朝の挨拶には遅い時間だが便宜的に挨拶をかわす。

するとステラが

「ん~?ルナってそんな体型だっけ?」と即座にルナに起こった異変を言い当てる。

というのも認識阻害は普段から一緒にいる時間が長いほど効力が薄くなるため、人間に起こりうるような変化に気付くことがあるのだ。

髪の毛のときは気づかれなかった。もとからそうだったということになっているようだった。

今回は「成長したから…かな?」ということにしておいた。

ステラはわきわきと怪しい手の動きをさせながら近づいてきて

「じゃあどのぐらい成長したか身体チェックとして触診しないとね…うへへ…。」

と完全に変質者のそれと同じ表情でルナとの距離をじわじわ詰めていく。

「…。」危険を察知したルナはステラに捕縛魔法をかけた。

「ふぎゃっ!」見事に命中したステラは魔法のロープでぐるぐる巻きにされる。

「は~な~し~て~。」ステラは懇願するも、

「しばらくそれで反省してて。というわけで採寸行ってくるね。」

そう言って部屋から出ようとしたが、

「おっと、その前にもうちょっとちゃんとした服着ないと外に出られないよね…。」

ルナの服装は部屋では動きやすくて良いかもしれないが外に出るとなるとどうかという服装。何とか外に出られる体裁だけでも整えなければならない。

その言葉を聞いていたステラはひそかに目を輝かせていた。

「(もしかしたらルナの体型が見られるかも…!)」

しかし、ルナも付き合いが長いためそんな考えはお見通しだったようで。

「別の部屋で着替えるけどステラには念のために目隠しもいるかな。」

「そんな~…。はずして~…。」

「部屋出る前にはとってあげるから我慢してね。」

そうしてルナは着替えのためにリビングに二人を残して寝室へ。

数分後、ルナが戻ってくる。ソフィーが見た姿はどうしてもどうにもならなかったところは妥協しているものの、ぎりぎり外に出られそうな体裁を整えたルナだった。

「…ほんとぎりぎりね。制服のジャケットもなんとか入ったって感じだし…。」

「とにかく外に出ても恥ずかしくないレベルには…なったかな…?」

ルナはステラに着けた目隠しを外して、日傘を忘れずに持って

「ソフィーちゃん後はよろしくね?」

「わかったわ。しっかり反省させておくわね。」

とルナは採寸のために部屋を出て、ソフィーによる地獄の反省会が部屋で始まるのだった。


ソフィーの反省会はステラにとってはお仕置きを通り越してもはや拷問であったがどんなことがあったかは語られない。くわばらくわばら…。


そんな状況を知る由もないルナはなるべく人目につかないようなルートを通って医務室のある建物へと向かっていた。多少遠回りであってもあまり多くの人にこの格好を見られるのは都合が悪いし、何より恥ずかしい。

歩くたびに胸やお尻がたゆんたゆん、ぷるんぷるんと揺れているのを感じていてどうにかして早く何とかしたいのだが急がばまわれ。サイズの合わなくなった下着やジャケットが締め付けてきて少しつらいものの、これも仕方のないことなのだ。


時間がかなりかかったが、なんとか人目に触れることなく医務室へたどり着いたルナは扉を開ける。

「あ、キミが採寸希望の子かな?いい体つきだねぇ~。じゅるり…。」

「(うわぁ…よりによってこの人かぁ…。)」

声の主に気付いた瞬間ルナは帰りたくなった。というのも今回採寸する担当は腕は確からしいのだがというので有名な先生なのだ。一応噂ということになってはいるが、真実であるということは新入生含めほとんどの生徒は知っている。

その他の噂では実はサキュバスでかわいい男の子を夜な夜な襲ってだとか、もうすでにこの学園の生徒で気に入られた子の内何人かはなど言われているのである。そして開口一番のこの言葉と舌なめずり。帰りたくなるのも無理はない。

「えっと…。よろしくお願いします…。」

しかし採寸せねば。さもないと今後の生活に支障が出てしまう。帰るわけにはいかない。

「うん。それじゃあ、服…全部脱いじゃおっか。」

言われた通りルナは服を脱いでいく。

「あの…、上下別々でいいような気がしますし、下着は勘弁しt…」

「ダーメ♪全部脱いで。」

食い気味に言われたことと謎の圧によってしぶしぶ一糸纏わぬ姿になったルナ。

「それじゃあ採寸…の前にボディチェックしましょうかね…。うへへぇ~…。」

ルナはデジャヴを感じながら考えるのをやめた。


「胸は柔らかそうだね…。もみもみ…。」

「いやぁ…///」

「お腹はしっかり引き締まってるねぇ…。ぷにぷに。」

「ひゃうん…///」

「お尻はいいラインしてるねぇ…。すりすり…。」

「ふぁぁん…///」

医務室には一人の変態の愉しむ声とそれに翻弄された喘ぎ声のみが響き渡る。


30分後、たっぷり堪能されたルナは息も絶え絶え。それに対して先生はなんだかつやつやしていた。確かにこんな様子ではサキュバスという噂も頷ける。

「さて、採寸完了!新しい制服と下着一式、それから数日分の私服もだね。はい、どうぞ。」

「ありがとうございます…。でも、いつのまに…?」

「ん~?あぁ。キミが服を脱いですぐに採寸は終わったから頼んどいたの。」

「えっ…。じゃああの結構な時間をかけたボディチェックは何のために?」

「ただの趣味。」

「」

ルナは絶句して、思考は再び停止し、復帰には10秒ほど要したという…。


なにはともあれ、早く部屋に帰ろうと制服と下着を手に取り、身に着けると今まで以上に体にフィットしている感覚があった。

「なにこれ…。」とルナは思わずつぶやくと先生が背後から声をかけてきた。

「フィット感すごいでしょ~。ルナさんのためにオーダーメイド仕様にしてみたんだけど、その様子だといいみたいだね。」

素行にそこそこの問題はあれど、確かに腕のいい先生であると再認識したルナであった。

そうして部屋に戻るために外に出たルナだが、あることに気付く。

「あれ?私、先生に名乗ってないはずなのに何で先生は私の名前知ってたんだろ…?」

それに気づいた瞬間背筋が凍るような感覚に襲われ、やっぱりこれ以上あの先生にかかわらないほうが身のためだと感じるルナだった。


「ただいまー…。」とルナが部屋に戻るとすっきりした様子のソフィーと、床に倒れていて大分老けた印象…というか半分干からびているような状態のステラがいた。

「ねぇソフィー…、反省させておいてって言ったけど一体なにしたの?」

「…知らないほうがいいと思うわよ?」

こちらはこちらで何やら恐ろしいことが起きていたようだ。

ステラの顔は完全に放心状態で涙の跡がくっきり残っていて、この様子だと少なくとも明日までは立ち直れそうにない。おそらく動く気力すら残っていないだろうということでソフィーと二人でステラをベッドに運んだ。

余談だが、この日の夕食もルナが作る予定だったが採寸時に気力と体力をごっそり削られていたので代わりにソフィーがこの日の夕食を担当した。


ソフィーも帰り、一部の動物を除いたすべてが眠る頃にルナはまだ起きていた。徐々に吸血鬼としての特性が発現しているのか定かでないのだがなんだか眠れないのだ。

仕方がないので、ルナはノートを見返す。何度も読んだノートだが、改めて読んでも新しい発見があったりする。

「…にしてもこんなに体型が変わっちゃうなんて知らなかったなぁ…。」

ルナは大きくなってしまった胸に手を当て、それを見下ろす。

「確かにこれならハニートラップもできそうだけど、私の性格的にはちょっと合わないんじゃないかな…。」

吸血鬼は獲物をおびき寄せるために体型が変化するということをノートを見返して気付いたことだが、思考が人間のものであるため罠にかけることを想像すらできない。

ノートの続きに目を通すとまだまだ変化が続くようだが、どこが変化するかは体質によるようで人によってまちまちのようだ。


ノートを一通り読み返したルナはノートをパタンと閉じて、丁寧に隠し、そしてベッドに潜って目を閉じる。その表情は不安だけではなく、何か別の感情も含んでいるような表情であった。




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