#13 久しぶりの授業 <Ⅱ期 潜伏期>
翌朝。午前8時前。予定より早めにソフィーはルナとステラの部屋へ到着した。
ドアをノックしてみたが反応がなく、ドアを開けようとしても鍵がかかっている。
ソフィーが合鍵を使って部屋へ入って寝室へ行くと二人はベッドの上で静かな寝息を立てていた。
「起きてー!」ソフィーが大きめの声で言うと二人はベッドの上でもぞもぞと動き出した。
「むにゃむにゃ…。あと5分…。」とステラ。
「んにゅ…?もう少しだけ…。」とルナが続いた。
「お・き・て!」ソフィーは二人をゆすりながら呼びかける。そうするとようやくルナは体を起こした。
「…おはよ~。」寝足りないとった表情のルナ。
「おはよう…って制服のまま寝てたの?」
ルナはなぜかすでに制服を着ていて、眠気が飛べばすぐにでも出発できそうな装いである。
「いや、一時間前に起きてて朝ごはんの用意をしてたんだよ。それで準備ができたからそれで二度寝ちゃって…。てへへ…。」
「なるほどね…。それで制服だったんだ。…ってあれ?ステラ起きなさーい!」
ソフィーは未だステラがベッドから出てきていないことに気付く。
「むにゃ…あと15分…。」
「増やした…。」とルナはあきれ顔。
そしてソフィーは実力行使で布団を引っぺがし無理やりベッドから引きずり下ろした。
ステラが朝の支度をしている間にルナはカバンにお弁当を入れて、朝ごはんであるケチャップライスのおにぎりを二人分持って待機していた。
ステラで少し時間をロスしたものの、今回は少し余裕をもって部屋を出ることができた。ソフィーはホッと胸をなでおろす。
そうして三人は一緒に教室へ向かう。部屋でゆっくり朝ごはん…とはさすがにいかなかったのでステラとルナはもぐもぐとおにぎりを食べながら歩く。
三人が教室につくと何人かが声をかけてきた。
「おかえり!ルナ。」
「体調はもう大丈夫なの?」
「ほんと心配したんだからね!」
ルナが戻ってきて無事であることは聞いていたが、その姿は見ていなかった。今回行方不明になった後初めてルナはクラスメイトの前に姿を現したことで教室が騒がしくなる。
ルナは声をかけてきたクラスメイトに丁寧に応対をしていく。
ほどなくしてチャイムが鳴り、先生がやってくる。
「は~い。みんな席について~。」
教室の生徒全員が自分の席へと戻る。
「今日からルナが復帰するようでよかったわ。でもルナはその間授業に出ていなかったから少しだけ振り返りをしてから授業をするわね。」
そう言って先生はルナが欠席していた間に学んだことのさわりを説明して授業を進めた。
最初は理解できなかったこともあったルナだが、予習復習を欠かさないルナはすぐにある程度理解し、授業の終わりに理解しきれなかったことを先生に訊ねることによってその日中に遅れた分を取り戻すことに成功した。
お昼休み。三人が教室で弁当を食べていると、
「よかったぁ~。ルナがぁ~、復帰できてぇ~。」
「復帰できたようで何よりです。」
ネルとヴァイスが声をかけてきた。
「あ、二人ともありがとう。…あれ?でもさっきまで教室にいなかったよね?」
ルナは挨拶するタイミングに違和感を持ってしまい、思い返すと午前中の授業に二人がいなかったことに気付く。
「いや、その…今日はお嬢様の目覚めが悪く、二度寝をされてしまい、先ほどようやくお目覚めになったので…。」とどこかばつの悪い調子のヴァイスと
「えへへ~。」と笑ってごまかすネルだった。
そんな話をしているうちに午後の授業開始の予鈴となるチャイムが鳴る。五人は一緒に次の授業場所へと向かうために歩き出す。
午後の授業は実践演習だった。ただルナは教官などの判断によって見学させられる。ルナは仕方なく流れ弾などが飛んでこない安全な場所でみんなを見守る。
ヴァイスは魔法学園の生徒ではないが、ネルを守る使命があるため特例で見学することが容認されていて二人で座って見学する。
目の前では激しい戦闘が繰り広げられている。ルナは生徒の動きを真剣に観察し、気づいたことをメモに取っていく。一方ヴァイスはネルから目を離さず戦闘を見つめていた。
戦闘の途中である生徒がけがをしてしまったようで離脱した。怪我をしないように細心の注意を払っているものの、それでも多少の切り傷を負ってしまうことは少なくない。
その生徒は腕をおさえていた。指の隙間から出血しているのが見える。
「…っ!?」ルナは流れる血液を見た瞬間に胸の高鳴りを感じた。
「なんだか顔が少し赤いようですが、大丈夫ですか?」
「あ、ええ…。大丈夫です。」ルナはヴァイスの声で我に返り、取り繕った。
しかし、血液が流れているシーンが目に焼き付いてしまってそこでまた吸血鬼へと体が変わりつつあることを実感してしまう。
怪我の治療も兼ねて、休憩時間になった。
ヴァイスはすぐに水とタオルを手にネルのもとへと駆け寄っていった。
一方ルナはその場で座って待っていた。意識しないようにしているはずなのにやはり気になってしまって怪我をしている生徒の方をチラチラ見てしまう。
ぼんやりと「(おいしそうだなぁ…)」などと考えていると
「ルナ?大丈夫?」再び我に返るルナ。ソフィーとステラがいつの間にかそばに来ていた。
「あ、うん…。ちょっと眠くなってきちゃって…。」ルナは苦笑いをしてごまかす。
「ねえルナ!ボクたちの動きどうだった?」とステラがキラキラした目で聞いてきた。が
「あー…それが結構激しくてよく見えなかったんだよね…。」
「えー!そんなー!」ステラは非常に残念そうな表情を浮かべる。
実際はある程度見えていたが、先ほどの生徒のけがを見た衝撃で大方のことが頭から吹き飛んでしまった。もちろんそうなっては答えられるはずもない。
そういう感じで短く言葉を交わしていると休憩が終わる合図があり、二人はすぐに戻っていった。先ほどのけがをした生徒も治癒魔法によって怪我が治ったようだ。
ほどなくして演習が再開され、ルナは再びメモを取り始める。
「…あれ?」ここでルナはおかしなことに気が付いた。
そういえばヴァイスの姿がない。確か休憩が始まるとともにネルのもとへ向かったのは覚えている。もちろん休憩時間が終われば戻ってくるはずなのだが…。
ルナは演習を注視することにした。ソフィーとステラのことも見つつ、ネルを探す。ヴァイスはおそらくネルの近くにいるのだろう。
しかし、中々見つからない。というより少し無理があった。ただでさえ激しい戦闘演習を見ているうえで二つの目的をすること自体おかしいことなのである。
それに気づいたルナ。二人のことを見るのは一旦諦めてネルを探す。
少ししてネルを見つけた。そしてその隣にヴァイスもいた。しかも、思いっきり戦闘に参加していた。主にネルを守るためだけだったが。
それからもう少ししたころにヴァイスが走って見学席に戻ってきた。
ヴァイスは非常にばつの悪そうな表情をしていた。
「お嬢様が気になりすぎていつの間にか演習の邪魔になっていたらしく怒られてしまいました…。」と、しゅんとしながら話しているがそれもそうだろう。
いつの間にか始まっていて気付かなかったならまだいいとしよう。しかし、周りでドンパチ魔法が飛んでいて、自分もネルを守るためとはいえ戦闘をしているのだ。さすがに気付いていないはずがない。忠誠や使命感が盲目にさせるのかどこか抜けている姫騎士のヴァイスであった。
その後は大した騒動もなく演習が続けられた。ルナはノートにひたすらメモを取る。一方隣のヴァイスはあれからずっと落ち込みっぱなし、反省しっぱなしで復活するにはまだまだ時間がかかりそうな様子だった。
何度かステラがこちらを向いて手を振って、こちらも手を振り返そうとするとステラが魔法で吹き飛ばされる光景があったが…まぁ、問題ないだろう。
ふと気付くと太陽は西へと傾きつつある時間になり、ヴァイスは先ほどの一件から幾分か回復している様子だった。
そんなことをルナが思っていると丁度チャイムが鳴り響き、午後の授業が終了する時刻を知らせる。
みんな演習の後で多少疲れた様子を見せる。それはソフィーとステラも例外ではなく、ネルに至ってはいつ寝落ちしてもおかしくないぐらい意識が怪しかった。
「おつかれー、二人とも。はい、お水。」ルナはあらかじめ用意しておいた水を二人に手渡す。
「ありがとう、ルナ。助かるわ。」そう言ってソフィーは水を受け取る。
ステラは見た目よりも疲れているようで、もはや声すら出さずに水を受け取ってすぐさま一気飲み。
ヴァイスはネルを迎えに行き、お姫様抱っこで戻ってきた。
ルナたち三人は少し休憩をして帰ることにしたが、ヴァイスはネルが非常に眠そうだからと先に帰ってしまった。
そうして三人は休憩がてら話をしているうちにあたりが茜色になり、その頃になってようやく寮へと向かう。
「そういえばこうやって三人で一緒に歩いて帰るのも久しぶりだね…。」
ようやくルナは復帰をはたしたのだ。感慨深いものもあるのだろう。
「そうね…。二週間は経っているかしらね…。」
「確かに結構経ってるよねー。」
ソフィーとステラ、そしてルナが最後に一緒に歩いたのは買い物帰りだったが、こうしてゆっくり歩くのは遠征前だった。
ソフィーとステラは遠征へ、ルナは森へ行き、それから拉致、救出、療養を経ているのだから久しぶりなのも頷ける。
夕日が照らす大きな通りを三人は談笑しながらゆっくりと歩く。
楽しい時間というのは早く経過するもので、あっという間に寮へとついた。
今夜はルナの部屋で夕食をとることにしていたので、ソフィーは一度部屋に荷物を置きに一度別れる。その間にステラは汗を流すためにお風呂へ、ルナは夕食の準備のためにキッチンへと向かった。
数分後、ソフィーが部屋へと入ってきた。ステラもその直後にシャワーを終えた。
三人で分担して夕食の準備をする。とは言ってもルナが作り置きしているトマトソースを使った料理なのでそこまで手間もかからない。後はオーブンで焼くだけというのでそれまで二人は待つことになった。
ほどなくしてルナの料理が食卓に並び、いつものように夕食が始まる。
今日の夕食も楽しく談笑しながら進行していく。
ただ、ルナにはちょっとした不安。というのも救出されてからも様々な異変が自身に起きている。さらにある程度日数も経っていて、変化が始まるのも近いのではないか。資料は読んではいるが不正確なことも多く、変化が始まる時期についてもまちまちではっきりしたことまではわかっていない。それについぞ吸血鬼化を治す方法や進行を遅らせる方法は元凶討伐と教会の他には見つからなかった。
わかっていることはもうすぐ変化が始まってしまうことと、自分の体がどうなっていくか、そして満月になるまで体の変化が認識阻害によって自分にしか認識できないということだ。
それでもルナは今この瞬間を楽しむことにした。
あと何回この晩餐ができるかわからないから・・・。
ふと窓から夜空を見る。幾千の星が瞬いている中一際輝いている月。しかし今日はその光がない。星が見えているのだから雲が覆っていることはない。
つまり今宵は新月。その夜空にルナは不穏なものを感じた。
その不穏な予感はこれから起こる悪夢のような現実を暗示しているかのようだった・・・。
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