#12 見えていなかった変化 <Ⅱ期 潜伏期>

 その日からルナは図書館と部屋を行き来するようになった。

 もう少し詳しく説明すると、日中はトマトジュースをお供に本を写したノートを読み、夜に図書館へノートを取りに行く。これで睡眠時間も確保できるし何より効率がいい。


 途中、姿見にトマトを投げつけたり、ステラにトマトを投げつけたり、ソフィーがステラに辛辣な言葉を言ってそれがステラにクリーンヒットして半日ほど立ち直れなかったりした日があったりしたものの、かなり平穏な日々が続いた。

 ちなみにルナはこの間ずっとステラの抱き枕にされ、ルナ自身も諦めてされるがまま抱き枕になっている。


 ある日いつもの通りノートを読んでいると、吸血鬼に関するある噂という項目にたどり着いた。そこにルナが探していた情報の一つである吸血姫に関することが書いてあった。

「(あった…。)」ルナは付箋を貼ってそこから注意深く記述を読み込む。


 吸血鬼の中には通常の個体とは異なる存在があるらしい。

 その個体は吸血姫と呼ばれ、文字が異なるだけで呼び方に差異はないがその脅威度の差は雲泥の差であるとのこと。

 口頭でしゃべるときに特に区別する場合はヴァンパイアプリンセスという名称を用いるとのことだ。

 吸血姫は吸血鬼の中でも素質を持ち、かつ膨大な魔力を持つかその将来性があるものしかなることはできず、太古の文献には記載があったが、ほぼ伝説的な存在であって実際に確認されたという報告はない。

 しかし吸血姫が実際に存在すると仮定して話をすると、上記の条件にあてはまる人間も吸血姫になる可能性があるということになる。ただ膨大な魔力を持つとあるが、どのぐらいの魔力量かは文献からは推測できないとしても、人間がこの条件をクリアすることはほとんどないだろう。

 一般的な吸血鬼との違いについてだが、まず見た目はほとんど変わらない。しかし一般的な吸血鬼と比べると一際大きな羽根が生えているようだ。

 また、成熟が少し遅いのも特徴らしい。数多の資料を読んだ結果、一つだけ吸血鬼とそのような話をしたという文献が見つかった。資料が少ないため信憑性には欠けるもののその資料によると、一般的に人間が吸血鬼に変わるために要する期間は2~3ヵ月だが、吸血姫はさらに1ヵ月変化期間が長い。段階的にはⅣ期が2ヵ月間あるとのことだ。

 そして、大きな特徴は吸血姫が使う魔法だ。一般的な魔法を使えるのは勿論だが、ほかにもさまざまな魔法が使えるようだ。

 まずは強力な闇属性の魔法を連発することができる。強力な闇属性魔法は一般の魔族でも扱うことができるが、連発となると話が変わってくる。いくら強い魔族でも2,3発が限度なのだが、吸血姫は10発以上は余裕で放つことができるようだ。

 他には一定の範囲を一時的に夜にすることができる。吸血姫は日光に多少耐性があるようだが、やはり苦手ではある。しかし、日中に攻撃を仕掛けた際に周辺を夜にする魔法を使われて撤退せざるを得なかったという記述があった。

 また、太古の昔に失われた魔法や禁忌とされている魔法も操るという資料が散見される。


 読んでみる限りだとほとんどの資料が伝聞や神話、伝説の類で構成されているようで筆者も信憑性については疑問を抱いているようだが、最後はこう結ばれていた。

 吸血姫がいたとされるその当時、その時にあった国や村は総出で対策を考え、高い退魔力を込めた聖剣でようやく吸血姫を討伐することができた。

 しかし、それまでに全世界の国や村の総数の約1/4が消え、全世界の人口の約1/3が犠牲になったという・・・。


「そんな…。」

 ルナにとってこの事実は衝撃だった。吸血姫はせいぜい吸血鬼をちょっとレベルアップした程度のものだろうと考えていた。

 しかし、この資料がすべて本当だとすると人類を滅亡させるほどの力があり、非常に危険というレベルでは済まされないほどの魔族であることを知ってしまった。

 それが未来のルナの姿。やがて人類の脅威となる存在。

 ただ一つだけ希望がある。高い退魔力を込めた聖剣。それさえあれば…。


 衝撃の事実の余韻に浸っていたルナだが、時間を見るともうすぐステラたちが帰ってくるころ。急いでノートを片づける。

 片づけ終わると同時に

「ただいま~!」とステラが帰ってきた。

 それに遅れること三分。「お邪魔するわね。」とソフィーも部屋に入ってきた。

 そしていつものように談笑が始まる。


 そうして話しているとソフィーが話を切り出してきた。

「そうそう。ルナ。そろそろ休暇が明けるはずだけど調子はどう?」

「あ、うん。だいぶ戻ってきたみたい。そろそろ感覚を取り戻すために練習したほうがいいかな?」

「うーん…。急に実戦とか演習ってわけにはいかないと思うからしばらくは見学って形にはなるとは思うけど、少しずつ動いて慣らしておいても損はないんじゃないかしら。」

 ルナはリムに捕まってから一度も実戦向きの魔法を使っていなかった。そのため力加減などいろんなことに対しての感覚が薄れてしまっているだろう。


「そう言えば明日は演習場って誰も使わないんじゃなかったっけ。だから明日行ってみたらどう?」

「ステラってそういうことは覚えてるのね…。そのリソースをもうちょっと授業の方に向けるべきじゃないかしら?」

「ソフィー…そりゃないよ~…。」

 ルナはそんなやり取りを苦笑しながら見ていた。

 そしてステラの精神的ダメージが癒えてきたころに

「それじゃあ、明日演習場に行ってみるよ。」とルナが応じる。

 そうして別の話題へと話が移り、いつものように三人は仲良く談笑しているうちに時が流れた。


 翌日。ルナは昨日言っていた通りに演習場へと足を運んだ。

 攻撃魔法を扱うのは久しぶりである。なので基本的な魔法から試すことにした。

 基本的な魔法。それは魔力で矢を練って射る魔法。ルナも森で使っていた魔法もその分類である。

 その練習ができる区画へ移動する。人が入ってきたのを感知したのか的が出てくる。

 的は何の変哲もない円形をしており、魔法で作られているが強度としては生木と同等で、材質も木材をモデルとしていて、威力によっては壊すこともできる。

 それが一直線上に等間隔で五つ配置され、最後の五つ目は壁に埋まっているような状態で配置されている。

「すー…ふぅー…。」ルナは一度深呼吸をして集中力を高めていく。

 魔力で構成した弓矢をルナが引き絞る。

「ライトアロー!」

 ルナが多用していた光の矢を放つ魔法。光の矢は一直線に的へ飛んでいき、命中する。

 ルナは続けざまに4発放った。すべて的へ命中した。

 ルナはその様子を見て愕然とした。

 通常、見習い魔法少女でも安定して矢を放つ系統の魔法を使えるようになるころには、三つ目の的を貫通するかしないかぐらいの威力はある。

 そして、見習い修行の終盤に差し掛かると全員がすべての的を貫通させる威力の矢を放つことができ、場合によってはその威力で一つ目や二つ目の的を木端微塵にすることさえ可能である。

 ルナもその例に漏れず、見習いから昇格する少し前は当たり前にすべての的を貫通させ、一つ目の的を木端微塵にする威力の矢を放っていた。

 今回ルナが放った五本の矢は命中精度は高く、的の中心付近を射抜いていた。

 しかし、問題となったのはその矢の威力で、一つ目の的ですら貫通できないほどに威力が落ちていた。

 さらによく見てみると、矢はかろうじて的に刺さっているという状態だった。

 いくら魔法を最近扱っていなくても異常なのは明らかで、ましてや魔力が満タンの状態だったのだから愕然とするのも当然である。


 ルナはその後も続けて矢を放つ。

 ライトアローだけではなく、いろんな属性の矢を放ったがどれもこれも威力が低い。それどころか纏わせた炎や氷などの威力も芳しくない。

 これでは魔物に命中させても倒すどころかダメージすらまともに与えられない。せいぜい蚊に刺された程度にしか思われないだろう。


 ここでルナはある可能性に行きつく。

「(まさか…。いや、でも…。)」

 確認するには試すしかない。

 ルナは唯一使わなかった属性の矢を放つことにした。

「ダーク…アロー…」

 ルナは声を震わせながら闇の矢を作りだし、放つ。

 すると、放たれた矢は的をすべて貫くとともにすべての的をおがくずすら残さないほどの威力を持っていた。

 ルナはこれを見て確信する。

「(注がれた闇の魔力がここまで影響してるんだ…。)」

 こうなった以上演習どころではなくなり、足早に演習場を後にし、部屋へと戻った。


 ルナは部屋に戻る否や、姿見の前へ行き怒鳴る。

「いったいどういうことよ!」

『いったい何?急に怒鳴りつけるなんて…。』

 少し驚いた様子で闇ルナが姿を現す。

「私、今日演習してみたらダークアロー以外使いものにならなくなっていたのよ!どうしてくれるの!?」

『…それってやつあたりじゃないかな?』

「うぐっ…。」

 図星を突かれて黙ってしまうルナ。

 闇ルナは続ける。

『それにダークアローがしっかり扱えるってことはあなたはもう立派な魔族こっち側よ。』


 本来、魔法少女は闇属性の魔法をうまく扱うことができない。

 特に基本のダークアローは習いこそするが、ちゃんと扱えるのは一握りで、扱えたとしてもあまり高くない。

 特に多用するのは魔に堕ちた人間やダークエルフなどの魔族。魔族なら闇属性魔法を簡単に扱うことができる。

 さらに練習することすら禁止されている。

 というのも闇属性魔法は魔との親和性を高めてしまい、その結果、魔に魅入られて堕ちてしまうと言われているからだ。

 ルナはダークアローを十分すぎるほどの威力で扱うことができた。それはルナが着実に魔族へ、吸血姫へと変わりつつあることを示していた。


「私は…まだ人間…。」そう絞り出すように反論するルナ。

『ええ。でもそれも長くないわ。』闇ルナは現実を突きつける。

「…。」ルナは黙りこくってしまった。

『あ、一つだけいいこと教えてあげる。魔法ほとんど使ってなかったでしょ?自分の魔力が闇の魔力にほとんど変わっているけど魔法を使ってなくて体が慣れてなかったのがうまくいかなかった原因。明日になればライトアローを含めて全部普通に使えるはず。威力は少し落ちてるかもだけどね。』

 そう言って闇ルナは消えてしまった。

 それを聞いてルナは複雑な心境ながらも安堵した。

 するとルナは安堵感からか急に睡魔に襲われる。そして、足がまるで勝手に動いているかのようにベッドへと向かい、そのままベッドへ倒れこんで寝てしまった。


 ルナが目を覚ましたのは窓の外が真っ暗になったころだった。

 体を起こすとそこにはソフィーとステラいつもの二人がいた。

「おはよう、ルナ。でも、昼寝にしては長すぎるわよ?」

「あ、起きたんだね。ルナの寝顔かわいかったよ~。たっぷり堪能しちゃった。」

 と二人から独特な返しが返ってきた。

「二人ともおはよう。あはは…。」

 ルナは苦笑いをしながら返事を返す。

「ルナは明日から授業に復帰することになるけど体調はもう大丈夫かしら?」

「あ、うん。多分問題ないよ。」

 実際は問題だらけだがルナはこう答えるしかない。

「それならよかった。明日8時に迎えに来るからそれまでに準備しておいてね。特にステラ。あなたのせいでここの所ほぼ毎朝走る羽目になってるんだから。」

「うっ…、ごめん。善処するよ…。」

「善処じゃ困るのよ!とにかく明日8時は厳守ね!それじゃまた明日。」

 そういうとソフィーは部屋へと帰っていった。


「…ボクは今日早めに寝るかぁ…。」

 けっこうステラにはダメージがあったようで、ステラはそそくさとベッドへ向かった。

「私は結構長い時間お昼寝してまだ眠れないと思うからもう少し起きておくよ。」

 そうルナは言って翌日のための準備を始める。

 ほどなくしてステラは寝息を立てる。

 それを確認したルナは資料を取り出した。翌日の準備はステラが寝るまでの時間稼ぎも兼ねていたみたいで、音を立てないように慎重に資料をリビングへ持って行った。

 そうして夜遅くまで資料を読み込んでいたルナだったが眠気を感じるまでに有益な情報は得ることができなかった。




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