#11 知ることの功罪 <Ⅱ期 潜伏期>

 翌朝。

『ピピピピピ!ピピピピピ!』と部屋中に目覚まし時計の音が鳴り響く。

 その音で目を覚ましたルナ。だが、体を起こすことができない。というのも横にいるステラがルナを抱き枕代わりにしていて、抱きつかれていて身動きが取れないのだ。

「んしょ…。ふぅ…。」

 悪戦苦闘しながらどうにかステラの腕から抜け出すことに成功したルナは洗面所に行って顔を洗い、朝食の支度を始める。


 いつもとほぼ同じ光景。この朝は目覚まし時計以外は普段と同じ生活へと戻りつつあった。

 ちなみにこの日の朝食はBLTサンド。まずはステラの分を普通に作った後、ルナの分を作る。ルナの分はトマトがかなり多めで、味付けもケチャップベースにしてルナにとっておいしく食べられるようにした。

「ふぁ~ぁ…。ルナおはよ…。」

 作り終えると眠そうな顔をしてステラが起きてきた。

「朝ごはんの準備はできてるから顔洗っておいで。」

 ルナにそう言われてステラは依然眠そうな顔でフラフラと洗面所へと向かっていった。


 それから5分経過したがステラが戻ってこない。

 何かあったのか。ルナが様子を窺うためキッチンを出るとステラがなかなか来ない答えがすぐにわかった。

「ぐぅ…。」

 ステラが立ったまま寝ていた。器用である。

「ステラちゃん!起きて!」とルナの呼びかけに対して

「むにゃむにゃ…後5分…。」と決まり文句を寝言で返すステラ。

「お!き!て!」ルナが耳元に大声で叫ぶとようやくステラは目を開けた。

「んもぅ…そんな大声で言わなくてもいいじゃん…。」ステラは頬を膨らませて不満を漏らす。

「それはステラちゃんが立ったまま寝てるからでしょ~。寝るならせめてベッドの上で寝てよ…。」

「そうだね…。ごめん。じゃあお言葉に甘えて…。」とステラが寝室に向かおうとし、

「ダメー!」とルナが止める。


「はぁ…疲れた…。いただきます。」

「いただきまーす。」

 朝から体力をかなり削られた様子のルナとまだまだ寝足りなさそうなステラが同時にサンドウィッチを頬張る。

 その時だった。


 コンコンコンッ!


 何やら急いだ様子でドアをノックする音。

 ルナがドアを開けるとそこにはソフィーがいた。

「ねぇ!ステラ起きてる?」と慌てた様子で部屋に入ってきた。

「あ、おはよー。ソフィー。」ちょっと気の抜けた感じで返事をするステラ。

「『おはよー。』じゃないわよ!今日は朝早くから演習があるって言ってたでしょ!もう行かないと遅刻するわ!」ソフィーはそこそこ怒っている様子でステラの手を引っ張り連れ出そうとする。

「痛い痛い!待って!40秒で支度するから!パジャマで行くのは勘弁して!」

 そう言ってステラは急いで制服に着替える。一方ルナはソフィーが来た時にすでに察しており、あらかじめ準備しておいたお昼のお弁当をステラのカバンに放り込み、朝食のサンドウィッチを食べやすいサイズにカットしてラップで包んでいた。

「行ってきます!」本当に40秒で支度を終えたステラは左手にカバン、右手にサンドウィッチ、口にもサンドウィッチという三刀流スタイルの状態で猛ダッシュで部屋を出て学園へ向かっていった。

「はぁ…。」嵐のような朝だったなー。とルナは考えて一つ大きな溜息をつき、ゆっくりとキッチンに戻り、静かに朝食を再開した。


 朝食とその片づけを終えたルナは昨日の夜に図書館で写した本、資料の内容をじっくり読むことにした。

 トマトジュースの入った容器とコップを片手に読み進めるルナだったが読んでいる途中にとあることに気が付く。

「結局ほとんど丸写しじゃん…。」

 最初の方は一部飛ばしていた記憶があるが途中から時間がない中、必死で写していて内容の選別なんてできるわけがなかった。

「まぁ…時間はまだあるわけだし、何とかなるか…。」

 そう独り言をもらしてその後は黙々とノートを読み進めていく。


 部屋には時計の針が動く音とルナが時折ノートのページをめくる音、そしてルナがトマトジュースを飲む時に立てる音。それ以外は非常に静かであった。

 一般的な読書が好きな人にとっては飲み物は違えど、至福のひと時だろう。

 ルナも読書が好きで普段なら至福を感じていただろうが、今読んでいるのは吸血鬼についての資料。とても至福を感じる内容でもないしその余裕すらない。

 でもルナにとって重要なのは吸血鬼について知ること。特に治療法や変化の過程・段階、吸血鬼になった後でも治療する術があるか、そして自分がなってしまうであろう吸血姫について。

 とにかく少しでも多くの情報を知っておきたい。

 いつの間にか用意しておいたトマトジュースの容器、そしてコップは空になっていた。ルナはそれに気づかずコップを口に運び、無を飲んでいる。裏を返せばそれだけ没頭しており、そして追い込まれているということだ。


 パタンとノートを閉じる音。

「ふぅーっ…。」とルナが大きく息を吐く。どうやら写した分を読み終わったらしい。

 時計を見ると3時を過ぎて4時へと差し掛かろうとしていた。

 今回吸血鬼への変化の過程・段階と治療法についてわかったがルナが本当に知りたかった吸血姫に関することはわからなかった。

 あの大量の資料の中に記述があるかもしれない。そう考えるしかなかった。


 ルナは頭の中で今回の調べで分かったことを整理する。

 吸血鬼への変化の過程・段階については月の満ち欠けが大きく影響し月が満ちれば満ちるほど吸血鬼へと変わっていく。段階は五段階。

 ルナは現在Ⅱ期。現在は月が欠けていくため影響は少ないが、新月の翌日からはⅢ期へ移行するとともに体の変化が始まる。

 治療法は2つ。

 ひとつは自分を吸血鬼にしたを討伐すること。

 つまりリムを討伐することだが、ルナ自身はマスターであるリムを攻撃するどころか反抗することすらできない。そして、森でのことを言えないルナはリムの討伐を依頼することもできない。

 二つ目は教会に行って浄化してもらうこと。

 しかし教会は魔法少女学園内にはなく、この国の中心部へ行かなければならない。それには何日もかかり、それだけ長期間外出することは正当な理由がなければ認められない。

 つまりどちらにしろ森での出来事が話せない限り治療する目はない。

 もちろん、まだ読んでいない本に別の治療法が記載されている可能性もゼロではない。ルナはそれにかけるしかないのだ。


「ふわ…」ルナは不意に眠気を感じ、あくびをした。昨日の夜に図書館で本を写していたからなのだろう。

 ルナは少し仮眠をとることにした。今晩も図書館へ向かい、本を写さなければならない。少しでも寝ておかなければ本を碌に写せないまま寝てしまうかもしれない。

 そうしてルナは寝室へ向かう。

 その時姿見の前を通るとそこに映っていたのは吸血姫のルナの姿。

『ふふふ…。こんにちは、私。』

 そう声が聞こえたルナは足を止め姿見の前へ。声がした時点で予想はしていたが姿見に映っていたのは闇の自分の姿。

「何の用…?」

『何かすごく頑張ってるみたいだからね~。で、どう?収穫あった?」

「わかってるくせに…。」

 眠いのにもかかわらず呼び止められ、そしてうまくいっていない現状を話題にされて一気に不機嫌になるルナ。

「私、今から寝るから邪魔しないで!」

『あらあら。ごめんね?おやすみなさい…。』

 そう言って鏡の中のルナはもとの姿を取り戻す。

「はぁ…。」ルナは大きくため息をついてベッドの中へ入り、そしてすぐに寝息を立て始めた…。


 ルナが眠りに落ちた約一時間後、玄関からガチャガチャという音がしてその音でルナは目を覚ました。

 そのすぐ後にドアが開く。入ってきたのはステラとソフィーだった。

「ただいま~!」

「あ。おかえりなさい。」

 ルナは二人を出迎えるが、

「あ、私、荷物を部屋においてくるわね。」とソフィーは部屋を一旦出てその5分後に部屋に戻ってきた。

 そしてまたいつものように学園での授業内容や休み時間でした話、出来事を話し始める。

 その話の話題の一つがルナに衝撃を与えることとなる。


「あ、そうそう。ルナはメイのこと覚えてるかしら?」とソフィーが話題を振ったことが発端だった。

 ルナはそう言えは先に開花したクラスメイトにメイという魔法少女がいたのを記憶から引き出す。

「うん。覚えてるよ。でもメイが開花してからほとんどあってないんだけどね。」

「実は結構前にあった遠征でサキュバスっていう魔族に襲われちゃったのよ。」

「そ、そうなんだ…。」ルナも同じ境遇であるため同情する。

「それですぐに教会に運ばれて浄化してもらってようやく今日戻ってきたんだけど魔族化ってホント怖いね…。あんなことになるなんて。ボクすごく怖くなっちゃったよ…。」


 どういうことかルナが訊ねるとこういうことらしい。

 メイは遠征中にサキュバスに襲われ、攫われかけた。

 運よく攫われる前に救出に成功したが、メイはサキュバスの体液を体に入れられてサキュバス化が始まっていた。

 そこで教会に運んで浄化が始まった。

 しかし、サキュバスに入れられた体液が多かったせいかメイのサキュバス化の進行が速かった。

 教会による必死の浄化作業によって何とかメイがサキュバスになることはなく人間として生きることができるようになった。

 ただ、進行の影響の後遺症が残ってしまった。

 一つ目は体型の変化だった。ほぼすべてのサキュバスは扇情的な体つきをしている。メイがサキュバス化をしているときに真っ先におきた体の異変がそれだった。

 それによってメイの体は腰回りは非常に細くなったものの、お尻はひとまわり大きくなり、胸に至ってはふたまわり以上大きくなってしまった。

 女性にとってはうれしい変化かもしれないが、急激に変わってしまうと本人も周りの人も戸惑ってしまうのが実情である。

 二つ目は母乳を分泌する体質になってしまったことだ。

 サキュバスは自らの意思で母乳を出すことができる。メイのサキュバス化の際もそれができるように変化していたのである。しかしながら、メイがサキュバスにならなかったことにより母乳を止めることができないのである。メイは常に母乳を作り続けているため定期的に搾る必要があり、下着にはバッドを入れる必要が出てきた。

 三つ目は体の火照りがたまに起きるようになったこと。

 サキュバスは人間など(特に異性)を誘いだして生命力などを奪って生きている。つまりは人間などの生命力が食事なのだ。もちろん、メイもそのための変化が起きている。人間のままであるため食事は人間のものでよいのだが、たまに体が火照りだしてフェロモンのようなものを出してしまう。だから体が火照りだしたらすぐに人気のない場所へ行き、ひたすら火照りが冷めるのを待つしかない。


「それじゃあ…メイちゃんは…。」

「ええ…。今まで通りの生活ができなくなって、日常生活すらもままならないから魔法少女を引退して、魔族化後遺症のケアセンターへ入るそうよ。その手続きのために今日来たみたいなの。」


 クラスメイトの惨状を聞いて、はたしてルナは平静を装っていたが動揺を隠しきれたのだろうか。

 自分も何らかの後遺症を負う可能性を知ってしまった。

 できるだけ早く治療を始めなければ…。ルナは焦るが現状、何も手立てがない。

 そのような状態にルナは何も言えなくなる。

 ソフィーとステラも黙り込んでしまい、場の空気が一気に重くなった。

「あ、そうだ。そういえばさー…」ステラが場の空気を打開するため別の話題を振る。

 話を続けていくと先ほどの重い空気から和やかに変わった。

 しかし、ルナの気は晴れない。ルナにとっては話を聞くどころではない。そのためルナは話の内容がほとんど頭に入ってこず、上の空で時折生返事を返すことしかできなかった。


 少し時間が流れて、夕食も食べ終えて話題も減ってきたころ。

「あ、わたしは今日も図書館に行かなきゃだから…。ごめんね。」

 ルナは時計を確認して準備を始め、部屋を出た。

 そうして今夜もルナは図書館へ向かった。


 図書館に到着して、司書に会うと

「ルナさん。こっち来て。」と急に手を引っ張られ、人目のつかないところへ連れて行かれた。

「あの…何ですか?こんなところに連れてきて…。」

「ごめんね。ちょっと強引だったかしら。でも、人目につくとよくないから…。」

 そう言って司書が取り出したのは数冊のノートだった。

「あの…。これは…?」

「昨日の夜本を写してたじゃない?でも時間も限られてるし、毎日やってもかなり時間がかかりそうだったからお昼の間にどうにかならないかなって考えてたの。それで今のうちに本を写してそれを夜にルナさんに渡せばいいんじゃないかなって思ったのよ。それでノートとペンと本に魔法をかけて、カウンターで仕事をしながらその裏で本を写してたの。で、このノートが今日の内に写せた分。」

 司書はそのノートをルナに手渡した。

「あ、ありがとうございます。」ルナはペコリと頭を下げる。

「いいのいいの、お礼は。明日また続きを写しておくからまた来てね。頑張って!」

 ルナはもう一度頭を下げ、そのノートをしっかりとカバンにしまい、部屋へ戻った。


 部屋へ戻るとそこにはまだ

 ソフィーが残っていた。

「あら、お帰り。」

「ルナ、お帰りー!今日は早かったんだね。」

「うん。ただいま。」

 そう言ってルナは荷物を寝室にしまって二人が座っていたテーブルの椅子に座る。

「ルナ。なにかいいことあった?」ステラがルナの表情の微妙な変化を読み取ったようだ。

「ん…。ちょっとね…。」ちょっと照れた様子で答えるルナ。

「さて、ルナも帰ってきたことだし、私はそろそろ帰るわね。」

「あ、お疲れ。ソフィーちゃん。」


 こうしてソフィーを見送った二人は寝支度を始めた。

 ステラが寝る前に洗面所で歯磨きをしている間にルナは今日こそ抱き枕にされないために二人のベッドの間に人ひとり分の隙間を作っておいた。

 そしてステラが戻ってきてすぐに自分のベッドへダイブした。

 ルナも自分のベッドへ入る。

「おやすみ。ステラ。」

「うん。おやすみ~。」

 ステラはすぐに寝息を立て始めた。


 少ししてドスンと床に何かか落ちる音。

「いてっ。」そのすぐ後にステラの声。

 こっそり起きていたルナはこれを聞いて作戦が成功したことを確信した。

 これで今日はゆっくり抱き枕にされることもなく眠れるだろう…。そううれしく思いながらルナは目を閉じる。



 ちなみに翌朝謎の寝苦しさを感じてルナが起きるとステラに抱き枕にされていた。

 どうやら寝ぼけたステラがルナのベッドにいつの間にか入り込んでいたようで、ルナの悩ましい夜は続くのだった…。



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