#10 図書館と夜 <Ⅱ期 潜伏期>

 部屋を出たルナは図書館へ向かう。

 もうそろそろ図書館が閉まる時間。もちろんあたりは街頭が道を照らしてはいるものの仄暗く、人影もまばらである。

 図書館へ向かう道すがら、ルナはこんなことを考えていた。

 まず、嘘を吐いてしまって気まずい雰囲気になってしまったことへ弁明と謝罪をどうするべきか。

 そして、どうにか森であったことを伝える方法はないか。

 後者ができれば前者のことは解決するだろう。

 しかし、どうやって命令の呪縛から逃れるか…。もしくは何か抜け穴はないか。


 そんなことを考えながら歩いているうちに図書館へたどり着き…入り口を通り過ぎた。

 人は考え事をしていると視界が狭まり耳も遠くなるようだ。

「おっとっと。行き過ぎた…。」ルナは通り過ぎたことに気付き、なぜか後ろ向きで歩いて入口の前まで戻る。


 図書館に入ると少ないながらも何人かの学生が図書館で調べものや本を探しているようだった。

 ルナは約束をした司書のもとへ向かった。

「ルナさん、いらっしゃい。準備はできてるけどまだ人がいるし、まだ時間があるからそれまで待ってて。」

 そう言われてルナはほとんど人のいない読書スペースで待つことにした。

 この間に一つ森であったことを知らせるための方法を試すことにした。

 手紙である。口外しないこととは言われているが文字で伝えてはいけないと言われていない。

 最早屁理屈だが、そんなことは関係ない。とにかく伝えられればなんでもいいのだ。


 結果からいうと作戦は失敗だった。やはり他人に伝える目的があると体が言うことを聞かなくなるようだ。

 どうにかして書き残したりする方法はないものか…そう思案していると

『閉館時間になりました。』との館内アナウンスが流れる。

 つまりルナにとってここからが本題である。

 ただ、閉館時間になっても中にいた学生たちが一斉に帰るわけではないようでキリの良い所まで読み進めて帰る人、読んでいた本を滑り込みで借りて帰る人など様々でまだ少し時間がかかるようだった。


 結局、閉館時間を30分ほど過ぎてようやくルナを除くすべての学生が図書館から出て行った。

「ルナさん。おまたせ。」司書がいくつもの本を抱えて持ってきた。

「うわぁ…。これ全部ですか?」

 ルナは思ったより本が多くて困惑している様子だった。

「そうね…。私もこんなにあるとは思わなかったわ。とりあえず専門性が低い順に並べてあるから理解はしやすいと思うわ。」

「ありがとうございます。司書さん。」ルナは司書に感謝をしつつ本に取り掛かろうと手を伸ばす。

「あ、そうそう。一時間ぐらいを目途にしてね?そういう風に確認したときに言われてるの。」

「わかりました。あの…ノートに書き写してもいいですか?内容を理解して読み込む時間がないみたいなので。」

「ええ。構わないわ。まぁ、明日以降も来てくれれば見せてあげるから焦らなくてもいいからね。」

 そうしてルナは本を写す作業に取り掛かった。

 ルナは知っている知識は飛ばして重要そうな記述を書き写していく。

 速記の魔法などいろいろな魔法を駆使しながらノートに写していくものの、一冊一冊がそれなりのページ数がある上に一応さらりと確認してから書き写すという作業は中々の時間がかかる。

 付箋を使い、一日目は分類分けをすることも考えたが量的にも現実的ではなかったし、どうせ付箋だらけになって意味をなさないのはわかっていたのでこの方法しか手が思いつかなかったのだが、一時間でどれほどの記述が書き写せるのかといったところである。

 本来なら何日も泊り込んで読んでいたいところだが閉館後限定とはいえ禁書を読ませてもらうこと自体が特別なことなのでこれ以上無理を通すこともできない。

 ルナは黙々と作業に没頭する。短い時間でどこまでできるか。


 ルナにとっては時間との闘いである。

 1つは休める期間。くわしくは聞いていないもののせいぜい一週間程度しか休めないだろう。休みが終わると授業や演習などで時間がとりづらくなる。読む時間を削らざるを得なくなり、疲労もあって作業能率の低下も予想される。そうなる前にできるだけのことはしたい。

 もう1つ。それはルナ自身だ。吸血鬼化しつつある現状で、今のところ幸いなことにまだ異変は少ない。しかし、日が進むにつれて何か別の異変が起こることも考えられる。

 吸血鬼化がさらに進む前に何とか解決法を考える必要があるのだ。


 少しペンを止めてふと時計を見ると作業を始めてすでに1時間半経っていた。ルナも司書も時間を忘れていたらしい。仕方なく書いている途中の項目をノートに書き写して今日は帰ることにした。本に栞を挟んで司書に返す。

「今日はありがとうございました。明日以降もお願いします。」

 ルナは司書に重ねて感謝をした。

「うん。気を付けて帰ってね。」

 ルナは図書館を出て帰路につく。

 図書館に行く時と帰る時の道中はすっかり顔色を変えていた。

 行く時も仄暗かった道だが夜も更けこんだ影響なのかさらに暗く感じた。もちろん行くときにはまばらだったものの人影があったが今は誰もいない。

 ルナは少し寂しさを感じつつも寮へ急ぐ。


 少し歩くと「キィキィ」とコウモリの鳴き声が聞こえてきた。

「(少し不気味だな…。)」ルナの足が心なしか速くなったようだ。

 しかしその時コウモリがルナの前に現れた。

 ルナは思わず後退りするがコウモリはその場で高度を保ちつつホバリングをしていた。

 再びコウモリがはばたくとルナの肩の上に止まって「キィ」ともう一度鳴いた。

「えっ…?なに…?」ルナは戸惑う。

 コウモリの足に何かがついていた。それは小さめの紙片。それがコウモリの足に軽く結ばれていた。

「…伝書コウモリ…?」ルナは首をかしげつつもその紙片をコウモリからとって開いてみた。

 そこには短い言葉が書いてあった。


『元気?   リム』


 リムからの手紙。なぜ手紙なのか。なぜこのタイミングなのか。そしてなぜ送ってきたのか.。

 ルナの頭の上には疑問符が三つほど浮かぶ。

 もう一度手紙を見ると突然手紙が青白い炎に包まれ消えてしまった。

「…。」ルナは理解が追い付かず呆然としていた。

「キィキィ!」そんなルナを理解していたのか、コウモリが突然鳴いてルナの上の空だった意識を引き戻した。

「あ…。とりあえず元気とだけ伝えてくれる?」ルナは気を取り戻してコウモリに返事を頼んだ。

「キィ」コウモリは短く鳴いてどこかへ…おそらくリムのもとへ羽ばたいていった。

「…一体なんだったんだろう…?」ルナは少しもやもやしながら再び家路を急いだ。


 そのあとは特に何事もなく寮の部屋へ着いた。

「ただいま~…。」ルナは小さい声で定型文を口にする。

 こんな時間だからソフィーはすでに帰っているだろう。そしてどうせステラはすでに寝ているだろうから静かにドアを閉めた。

 部屋の中に入ると

「あ、おかえり。」

 なんとステラが起きていた。

「えっ…?ステラ?今日はもう寝てるはずの時間じゃないの?」

 ルナは驚きを隠せなかった。

「なぁに~?ルナ。ボクがいっつも真っ先に寝るみたいじゃん…。まぁ、でもその通りか…。」

 自分のだらしなさを否定するかと思いきや数秒で認めるステラ。

「で、なんでまだ起きてるかというと…。見てもらった方が早いかな。」

「へ?」

 そうして寝室へ目をやると一瞬で答えがわかった。

 ネルがなぜかルナたちの部屋のベッドの上で寝ているのである。

 しかもよりによって大の字になって寝ているせいでベッドが完全に占拠されてしまいスペースがないのだ。

「ふかふかぁ~…。すぴー…。」ネルは寝言を発する。

 心なしかネルの寝顔はかなり幸せそうだった。

「なんでネルが?しかも超ぐっすりじゃん…。しかもネルって一度眠るとしばらく起きないんじゃ…。」

 その通り。ネルは一度寝るとよほどのことがあっても起きないのだ。しかし、ルナはあることに気付く。

「あれ?ヴァイスさんは?」

 そう。いつもネルのそばにいるはずのヴァイスがいないのだ。普段なら寝る時でさえそばにいてネルが寝た後に眠って、ネルが起きる前に起きているらしいのだが…。

「そうなんだよ。どうしてかネルが一人で来たんだよね。お見舞いがしたいって言ってたけれどもそのまま限界が来ちゃって寝ちゃったんだよね…。」

 ステラが結構困った表情で説明した。

「そっか…。私のお見舞いか…。」

 ルナはどこか嬉しそうな、そんな表情でつぶやいた。


 さて、どうしようか。二人は悩んでいた。

 このままではルナもステラも眠ることができない。最終手段は椅子の上で寝ることだが疲れが取れないうえに下手をすると落ちて痛い目を見ることになる。

 二人があれこれ思案していると


 コンコンコンコンッ!


 ドアをたたく音。ドアを開けるとそこにはヴァイスがいた。

「夜分遅く申し訳ない!お嬢様が見当たらないんです!心当たりありませんか?」

 ヴァイスはひどく焦った様子で訪ねてきた。

「ああ。ネルちゃんなら来てるよ。…寝てるけど。」

 ヴァイスはそれを聞くや否や部屋に飛び込んできた。そして寝室へ駆け込みネルの姿を認めるとすぐにそばへ行き、なぜか息を確認した。

「はぁ~…。よかった…。」ここでようやくヴァイスが安堵する。

 その様子を見た後でルナが質問を投げかける。

「あの~…ヴァイスさん?なんでネルが一人で私たちの部屋に?理由はお見舞いって聞いてたんだけど…。」

「あー…。救出作戦に参加しようとしていたのですがお嬢様が直前に眠ってしまって参加できなかったんです。その後無事に救出されて当分部屋で安静にしていると聞いたのでお見舞いへ行こうとお嬢様と話していたんです。それで今日その予定だったんですが私の個人的な野暮用がございまして、すぐに片づけてお見舞いに行くつもりだったんですが厄介ごとが重なり、予定より大幅に遅れて帰ってきたところ部屋にお嬢様がいなくなっていたということです…。いやはや…面目ない…。」

 ヴァイスが話している間滅多に見せないしゅんとした表情をしていた。

「ま、まぁネルが無事だったからよかったじゃないですか。」ステラが慰める。

「ほんとにご迷惑をおかけしました…。」

 ヴァイスは眠ったままのネルをお姫様抱っこで抱えながら帰っていった。


「ふぅ…。これでボクたちもようやく眠れるね。」

 そう言ってベッドに入るステラ。

「ねぇ、ルナ。森でのこと本当に何も覚えてないの?」

 ステラから核心を突いた質問が飛んでくる。

 ルナは沈黙する。しばらく間を開けてようやく返せた言葉が

…だよ。」

 その一言だけだった。

 ステラはどういうことか聞こうとしたがルナはすでに寝息を立て始めていた。

 ステラにはそれが寝言なのかそれともルナが意識的につぶやいたのか判断がつかなかった。

 明日もう一度聞けばいい。そう考えたステラはこれ以上深く考えるのをやめて眠ることにした。




 ちなみにその後、ルナはこの日もステラに抱き枕にされて、その寝顔は非常に寝苦しそうだった。



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