#9 できる、できない <Ⅱ期 潜伏期>
ルナがこの日起床したのは午前10時ごろだった。この日もやはりいつもと比べて遅い時間の起床だった。ステラはすでに授業へ向かったのだろう。ルナ以外に人の気配を感じなかった。
ルナを強い眠気が襲う。ベッドに再び潜りたくなる気持ちをなんとか押し殺し、寝ぼけ眼をこすりつつ冷蔵庫にあるトマトジュースと取り出しコップに注いで一気に飲み干した。
この一杯でルナははっきりと目をさまし、伸びをする。
窓から入ってくる少し太陽の光がまぶしい気もしたが空を見ると雲一つ見当たらない快晴だった。
今日ルナは図書館へ行く。そう決めていたのでその準備のためにクローゼットへ向かい制服を取り出して着替える。
慣れた手つきで着替えて最後に胸元にリボンを結んだ。
「これでよし!」そう言ってルナは寮の部屋から出かけて行った。
一分後ルナが部屋に戻ってきた。
「おっと。鍵かけておかないと。」
少し抜けているルナだった。
しっかりとした足取りで学園内を進み、ほどなくして図書館へたどり着いた。
かなりの蔵書がある学園の図書館。ルナも何度か来たことがあるがいつ来てもその蔵書の量に圧倒される。これでは探すのも一苦労だろう。
しかしルナは吸血鬼について調べているのを誰にも知られたくなかったため、一先ずは自力で探すことにした。
~一時間後~
ルナは数冊の図鑑らしきものを抱えていた。図書館には本を読むためスペースがいくつもあり、そこには机や椅子が置いてある。その中でもなるべく端の席へ座り、机の上に図鑑を広げて読み始めた。
しかしどの図鑑にも、危険である。吸血されたら吸血鬼になる。満月の日はほぼ無敵。などと基本的なことしか書いておらず、リムに聞いた情報以上のことは何一つなかった。
…いや一つだけあった。
吸血鬼は血液のほかに赤い色の食べ物、特にトマトやトマトジュースを好む。この情報はルナも知らなかった。
一冊だけ医学書を持ってきていて、そこには噛まれた人の主な症状に軽く触れられていた。ルナの異変のほとんどは解決したが有用な情報はこの二つだけだった。
あと情報が得られそうなのは禁書の棚の本のみだった。禁書は基本的には貴重な本であることが多い。しかし中には危険な呪いがかかっていたり読んだものに悪影響を与えかねないものなどもおかれている。棚の前には厳重に鍵がかかった扉があり、上級の生徒が授業のときにしか入れない。もちろんルナのような昇格したての生徒が入れるわけがない。
ルナはダメ元で司書の人に
「吸血鬼に関して詳しく書いてある本を読みたいです!お願いします!」と頼んでみた。
司書は「禁書の棚には確かにあるけどそれはできないわ。」と断った。
「そこをなんとか!お願いします!」ルナは食い下がる。
「なんでそんなに知りたいの?」ルナの熱量に司書は何かしらの事情があることを察し、ルナに訊ねた。
「それは…、わ、私の親戚の友達が吸血鬼に襲われて…それでいてもたってもいられなくて…。」ルナは一瞬答えに窮したものの、とっさに嘘をついた。
「そう…。それは大変ね…。」不意に司書はどこかに電話をして何かを確認している。もしかして嘘を確認しているのか?ルナは不安そうに電話をしている様子を見守る。
電話を終えた司書がルナの方を向いた。
「あなた模範生みたいだし…いいわ。特別に読ませてあげる。」
ルナの嘘が功を奏した。
「あ、ありがとうございます!」
「でもほかの生徒に見られるとちょっと問題だから夜の間、図書館が閉まった後だけね。私の方で何冊か見繕ってあげるから夜まで寮の部屋とかで待ってて。」
そういうわけで禁書の本を読ませてもらえることになったルナは意気揚々とトマト料理だけが乗っているレシピ本を借りて部屋に戻っていった。
そうして部屋に戻ったルナ。レシピ本を読み食べてみたい料理のページに付箋を貼っていく。時計を見ると午後1時半。お昼時を少し過ぎているがルナはキッチンでレシピ本を参考に昼食を作る。
出来上がったのはミネストローネのスープパスタだった。
ルナは恐る恐る口に運ぶ。
「おいしい…。」これなら味覚が変わってしまっていたルナでも問題なく食事を摂ることができる。
食事を終え、片づけを終えたルナ。まだまだステラが帰ってくるまでそこそこ時間がある。
ルナは買い物をすることにした。目的はトマトなどの赤い食べ物である。昼食で冷蔵庫にあったトマトを使い果たしてしまった。赤い食べ物しかまともに食べられないルナとしては死活問題である。そういうことから買い物をしないわけにはいかなかった。
ルナは今度は鍵をしっかりかけてスーパーへ向かう。
スーパーにつくといきなりトマトが置いてあった。どうやら特売だったらしい。これ幸いにとルナは箱買いをする。それと最近消費の激しいトマトジュース。これもなくなってしまうと非常に厳しいため数本買い足しておくことにした。
その他は赤い果物や野菜、そしてレシピ本に書いてあった材料などを買って買い物を終えた。
「重い…。」ルナは自分の力量を見誤っていた。腕の力もそんなに強くないのにトマトを大量購入して、しかもトマトジュースなどそこそこの重量のあるものまで買っていて持って帰るときのことを完全に失念していた。
「どうしよう…。どうやって持って帰ろうかなぁ…。」ルナは休憩しつつ考える。
すると、「あ!ルナじゃん!どうしたの~?」と声が。
声の正体はステラだった。横にはソフィーの姿もあった。ちょうど授業が終わった時間らしい。
「ちょっと買い物のつもりだったんだけど買いすぎちゃってね…あはは…。」少し恥ずかしがりながら困っていることを話した。
「もう…しょうがないなぁ~ルナは。私たちで手分けして運んであげる。」
「助かるよ。ありがと。」
そう言って三人で寮に戻る。
「にしてもすっごいトマトの量だね…。ルナどうしたの?」
さすがにトマトの量が多すぎて、誰もがどうしたのか聞きたくなるぐらいの量のトマトを見てステラは思わず聞いてしまう。
「あ、いや、その…。最近トマトにハマっちゃってさ…。それに安かったからつい…。」
「うーん。それでも多すぎない?」
「ソフィーちゃんへのおすそ分けの分も買っちゃったんだよね。はい、ソフィーちゃん。どうぞ。」
ルナはトマトを適当な袋に詰め、ソフィーに手渡す。
「あ、うん。ありがとう。」
ソフィーの表情はどこか複雑そうだった。
ルナは言い訳をするのに苦労する中、それ以外の二人は「(当分トマト料理三昧だろうなぁ…。)」と別の心配をしていた。
ルナは大量のトマトを処理するためにキッチンへ向かう。
時折聞こえるミキサーの音や包丁の音をBGM代わりにソフィーとステラは喋っていた。
二人は急に声の音量を下げてルナに聞こえないように話し始めた。
「そう言えばソフィー。ルナに違和感があるって言ってたの覚えてる?」
確かにステラはルナを救出し学園へ運んだあと、そういうことを言っていた。
その時は疲れのせいだと考えていたが、その後もいくつかの違和感を感じていて、それはソフィーも過ごしている間に感じていた。
「確かに気になっていたのよ…。やっぱり森で何かあったんじゃないかしら。」
「慎重に聞かないといけないとは言われたけど、早めに聞いておいた方がいいんじゃないかな?」ステラが提案し、ソフィーは同意した。
そう言った話をしながらまた世間話を喋る二人。ふと、ステラが気づく。
「あれ?なんだか静かじゃない?」
確かに先ほどから時折聞こえていたミキサーや包丁の音が聞こえなくなっていた。
「どうしたのかしら。見てくるわね。」ソフィーはキッチンへ顔を出す。
するとそこには指をなめているルナがいた。
「ルナ!?いったいどうしたの!?」
「っ…!?あ、いや…。指切っちゃっただけだよ…。」
「なんだ…。静かだったから何かあったかと思ったわよ…。」そう言ってソフィーは救急箱を持ってきて絆創膏をルナの指に貼った。
「これでよし。気を付けてね?」
「ごめんね。ありがと…。」
「ところでトマトの処理終わったの?」状況の進捗を確認するソフィー。
「あ、まだもうちょっとかかるかな…。」
「そう。じゃあ終わったら言ってね?」ソフィーはリビングへ戻っていった。
ルナは内心、非常に動揺していた。
包丁で指を切ってしまい、その指を反射でなめたルナ。傷から出た血液をなめとった瞬間、口の中に甘露な味が広がり、そのまま自分の血液を吸うことに陶酔していた。
もし、ソフィーがキッチンに来なかったらルナはずっと、それこそ血が止まるまで自分の指の傷口から自分の血液を吸っていただろう。
ルナは確実に自分が吸血鬼へと変わりつつあることを改めて実感し、震える。
しかし、トマトの処理を早くせねば。そこそこの時間がかかっている。このままだと日が暮れてしまうし、また心配されるかもしれない。そう考えてルナは作業へ戻った。
それからそれなりの時間が経ち、もう日が暮れ始めて夕飯時になってもルナは未だにトマトと格闘しているのか、キッチンから出てこない。このままでは夕飯を作ることもできないため食堂に向かおうかと話し始めた矢先、ルナがキッチンから料理を持ってやってきた。
「お待たせ~。トマトたっぷりミートソースパスタだよ~。」
なんとルナはトマトと格闘しつつ夕食を作っていたらしい。
「おいしそう!」ステラは爛々と目を輝かせた。
ソフィーは冷静そのものだったが喉を鳴らしたのをルナは見逃さなかった。
「それじゃ、早速食べよっか。」
「「「いただきまーす!」」」
一斉に箸を(この場合はフォークだが)を伸ばす。
「ん!おいしい!」ステラはわかりやすい笑顔とリアクション。
ソフィーは何も言わなかったが目を一瞬見開いた。
「お口に合って何よりだよ~。」ルナは満足そうな笑顔でパスタを再び口に運んだ。
「「「ごちそうさま~!」」」
あっという間に夕食が終わる。
ルナは皿を片づけて何やら支度をはじめていた。
「ルナ?どうしたの?」ステラはルナの行動が気になった。
「あ、うん。これから図書館に行くんだよ。」
昼前に約束をしていたとステラとソフィーに吸血鬼について調べることを伏せて説明する。
「そうなんだ!確かにルナは筆記試験は成績いいもんね~。」
「ステラは授業中寝てるからいけないのよ。ルナは真面目に受けてるし、予習復習も完璧。ステラも見習いなさい?」
「うぐっ!ソフィーは痛い所を突いてくる…。」
ルナはその様子に苦笑いを浮かべて支度を進めていた。
「あ、そうそう。ルナ。大事な話があるから出る前に聞いておきたいことがあるの。まだ図書館が閉まるまで30分あるから多少長くなる話でも大丈夫なはずよ。」
ここでソフィーは例の件について話を切り出した。
大事な話と聞いてルナは椅子にちゃんと座り、ステラも気を取り直して着席した。
「それで、大事な話というのはね…。あなたが森で行方不明になってから私たちがあなたを見つけるまでのことなの。さすがに体調とかの懸念があったから昨日は聞けなかったんだけど、聞いておかなきゃいけないことだからね…。話してくれる?」
それを聞いてルナはその時のことを思い出しながら話そうとした。
しかし、それは叶わなかった。
いざ話そうと意思を決すると自分の唇、舌、声帯が一斉に働きを止めて、一切動かなくなったのである。まるで自分の口が喋ることを拒んでいるかのように。
何度も喋ろうと試みるのだがルナの口は言うことを聞いてくれなかった。
ここでルナは思い出した。リムに言われた命令のことを。
『Ⅳ期になるまでこのことを口外しないこと。』
「(まさか!あの時の命令が効力を発揮しているの?)」
深層意識にあるリムの命令によって頭では理解していても無意識のまま命令に従ってしまうようになっているため。話そうにも話せない。
よってルナはしばらくの沈黙の後、
「ごめんなさい…。何も覚えてないんだ…。」そう嘘を吐くしかなかった。
「そう…。それは残念ね…。」ソフィーは何か考え込んでいる様子だった。
「ごめん。図書館行かないと…。」そう言ってルナは図書館へ向かうのだった。
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