#8 不穏な平穏 <Ⅱ期 潜伏期>
翌日、ルナは目を覚ました。ベッドの上の天井が視界に入る。その天井は見慣れた寮の自室の天井であり、帰ってきたことが現実であることを証明している。
体を起こし、ベッドサイドの時計を見ると午前11時過ぎを指していた。
「…。わあああ!?」ルナは時計を見て一瞬固まった後素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「遅刻だあああああ!」
そう言ったルナはベッドから跳ね起きて急いでクローゼットから制服を取り出してベッドの上に放り投げ、着ていたパジャマを脱ぎ捨ててあわてて着替えようと制服を手に取ったときだった。
ベッドサイドの時計の横に何かが書いてある紙のようなものがあり、その傍らには皿に切り分けられているりんごが盛り付けられているのに気付いた。
よく見るとその紙に何か書いてある。
その内容はというと、
『ルナは寝ぼすけさんだね。
でも安心して?当分の間ルナはゆっくりお休みできるらしいからゆっくり休んで。
それとルナのためにりんごを切ってあげたから食べてね。ステラより』
と書いてあった。
ルナは遅刻せずに済むという事実にホッと胸をなでおろし、制服をクローゼットに片づけて改めてパジャマを着た。
「(でもおかしいなぁ…。私寝坊なんて一度もしたことないのに…。)」
ルナはこれまで一度も寝坊したこともなく、たまに風邪をひいて欠席する以外は皆勤である。
それにルナは目覚ましを使わなくても自然に目が覚めるはずなのだがこの日は寝坊した。
不思議に思ったがそのときちょうどルナのおなかの虫が鳴いた。
「(そういえば何も食べてないや…。)」
ルナはベッドサイドに腰かけ、りんごを食べることにした。
りんごは皮をむかれた状態だったがいくつかは皮を一部残したウサギの飾り切りで盛り付けられていた。
「ふふっ…。うさぎさんかわいい。」そう言ってルナは笑顔を浮かべ、皮がむかれているりんごをほおばった。
「っ…!?」ルナの表情が一気に曇る。
「(なにこれ…。全然おいしくない…。いや、おいしくないんじゃないけど…。)」
ルナは戸惑う。おいしいりんごの味。それは感じるのだが、それよりも苦みや渋み、えぐみなどの雑味を強く感じてしまうせいで元のりんごの味がかすんでしまう。そのためおいしいと思うことができなかった。
ルナはまだ知らないことだが、これは吸血鬼化がさらに進んだせいで味覚の変化が進んでしまった影響だった。
とはいえ、食べなければステラを心配させてしまう。それに何より空腹でもある。ルナは口に合わないのを我慢しながら残りのりんごを食べるしかなかった。
りんごを食べ終えたルナは皿を片づけ、ベッドに再び腰かける。今ルナが気になっているのは今後の自分。
「(図書館に行こう…。)」
学園には図書館がある。そこならば何らかの情報が得られる可能性が少なからずある。ただ、ルナが知りたいのは専門的なことである。もちろん学園の蔵書の中にある確証はないが、行動しなければわからない。
今後何が起こるかを知ることは怖い。だが、知っておけば心構えぐらいはできる。ルナはそう思って図書館で調べることを決めた。
「(でも、まずはソフィーちゃんとステラちゃんに会ってからじゃないとね。)」
さすがにチームの二人に顔を合わせないまま動くことは余計な騒動になりかねないと思ってすぐに動くことは遠慮することにした。
二人が帰ってくるまでの時間は部屋でのんびりしていた。しかし、度々眠気が襲ってくる。ルナは紅茶を飲んだり顔を洗ったりして眠気をしのいでいた。
そうしていると
キーンコーンカーンコーン・・・
と学園のチャイムが鳴る。あと数分後には二人が部屋にやってくるだろう。
ルナは身だしなみを整えていなかったため髪はボサボサ、服も少し乱れている。
それらを整えるために姿見の前でルナは自分の姿を確認する。
きちんとすべてを整えて最終確認でもう一度姿見を見て問題ないことを確認した次の瞬間だった。
姿見に映ったルナの姿がぶれる。
「!?」ルナは何が起こっているのかわからないまま姿見を注視する。
すると姿見に映っている姿が変わっていく。ツインテールの髪は伸びて銀髪に。服装は紅い十字架があしらわれた漆黒のドレスと漆黒のマントになって気品あふれる姿でまさに姫のよう。その他の変化もしていてルナは絶句して小刻みに震えながら見ているしかなかった。
姿見に映っていたのはルナと瓜二つの吸血姫だった。
『ふふふ…。こんにちは。』不敵な笑顔を浮かべる鏡の中の吸血姫。
「あなた…誰…?」ルナは震えながら訊ねる。
『ん~?三回目なのにわからないの?』
「三回目…?」
『そうだよ。一回目はお城の鏡で一瞬だけ。二回目は声だけだけど夢の中で会ったじゃない。まぁ、あの時のは除いてるけどね。』
ルナには心当たりがあったが
「でも、あなたのことは知らない…。」とルナは反発する。
『強がってもダメだよ?うすうすわかってるんでしょ?私が誰なのか。』
「っ…!」図星を突かれてしまうルナ。
『それでもわからないなら教えてあげる…。』
「イヤ…言わないで…!」と涙目になりながら懇願するルナだったが、鏡の中のルナは悪戯心満載の笑顔で言った。
『私は…
そう。鏡に映っていたのは紛れもなく、吸血姫になったルナだったのである。
ルナは震えることしかできなかった。
『これからもたまーにあなたに会いに来るよ。それから何か用があったら呼んでね?そろそろステラたちも来るだろうから今日の所は帰るね。』そういうと姿見に映った姿がすぐに人間のルナの姿へと戻っていって、姿見は本来の役割を取り戻す。
ルナは姿見の前でへたり込んだ。しかし、間もなくステラたちが帰ってくる。こんな状態を見られてしまったら余計に心配をかけてしまう。そう思ったルナは心理的には参りつつもベッドの上へと戻って体裁を整える。
その直後。
「ただいまー!」と元気な声でステラが帰ってきた。
「お邪魔するわね。」と続けてソフィーも入ってきた。
「お帰りステラちゃん。それとソフィーちゃんもいらっしゃい。」ルナが出迎えるとステラが飛び込んできた。
「わあっ!どうしたの?ステラちゃん。」とルナはステラが飛び込んできたことに不意を突かれ驚いてしまった。
「よかったぁ~…。ルナの目が覚めて…。」とステラは目を潤ませていた。
「もう…ステラったら…。でもルナの目が覚めてよかったわ。」と少し呆れた顔をしつつも安心した様子でソフィー。
「ありがとう。でも今はだいぶ元気になったよ。」とルナが笑顔で返す。
「ほんと?でもルナの顔色が少し悪いようにボクにはみえるんだけどなぁ…。」とステラは鋭い指摘をしてきた。
ルナは内心ぎくりとしながらも「そ、そうかなぁ…?でもきっと気のせいだよ…。」と乾いた笑みではあったが取り繕う。
「まぁ、しばらくは療養できるんだしゆっくり休んで体調を整えたほうがいいよ。」
「う、うん…。そうするね…。」
ルナは二人に吸血鬼化のことを知られていないか内心気が気ではなかったがその様子はなく、一先ず安心した。しかし、いつ異常に気付かれるか不安は残る。
ただ、二人は積もる話もあったのだろう。特に突っ込むこともせず、ここ数日間であった話、ルナがいけなかった討伐任務での話をしてくれた。ルナも相槌を打ちつつ、要所で質問をしたりして時間を忘れて様々な話に花を咲かせた。
その甲斐あってか先ほどから頭の中にあったルナの不安は次第に薄れていき、やがて忘れ去っていた。
さらに時間が経ち、窓の外が真っ暗になった。
「あ、もうこんな時間なんだね。」とステラが窓の外の様子に気づいた。
「あら、ほんとね。きづかなかったわ。」と少し驚いた様子のソフィー。
「楽しいと時間が経つのが早いね…。でも二人と話せてうれしかったよ。」そうルナが笑顔で二人に言う。
「えー?まだまだボク話し足りないよ。ごはん一緒に食べながら話そうよ!」
「そうね。そうしましょう。」
ステラの提案にソフィーが乗っかり、三人で急遽夕食会が開かれることになった。
とは言いつつも、いつも三人で食事をすることが多いためいつも通りであるのだが、いつもと違うのはルナの体調。
ルナのことを考えると食堂ではなく寮の自室で食事をとることが好ましいと考えた二人は、ルナとステラの部屋で夕食をとることにしたのである。
そういうわけで夕食作りに取り掛かる三人。
「ルナは寝てていいよ!私たち二人でできるから無理しないで。」
とステラに止められたが
「私はもう大丈夫だよ。それに少しづつ体を動かさないとなまっちゃうよ。」
そう言ってルナも手伝いに加わる。
ルナはことあるごとにステラやソフィーに心配をされるが大丈夫だと毎回返して夕食作りの手伝いをしていた。
三人で料理を分担したため、ほどなくして夕食の準備が整う。
「「「いただきまーす。」」」三人は手を合わせて食事を始めた。
ルナが一口料理をほおばる。
「っ…!」味覚が変わっていたのをルナは忘れていた。そのせいで口に合わない。
「どう?おいしい?ルナ。」とステラに聞かれる。
「う、うん。おいしいよ。」ルナは曇りかけた顔をごまかし、無理やり笑顔を作って返した。
そうしたこともありつつ、三人は食事をしながら話の続きをしていた。
ルナは話の要所ごとに箸を進め、なんとか悟られないように食べ進める。
「んふふ~♪おいしいね~。」と時折ステラが満面の笑みをうかべて夕飯を食べていた。
そんな中でルナはサラダのトマトを口に運ぶ。
「!」ルナは目を見開いた。トマトがおいしい。今までのすべてのものの味がかすんだ味だったのにトマトの味だけははっきりとおいしいと感じたのだ。
食卓に用意されていたトマトジュースも試しに飲んでみるとこれも非常においしかった。
ルナはトマトとトマトジュースだけは問題なく口に入れることができるとこの時理解した。
しかしながら、ルナはそれら以外も食べなければいけない。話の適当なところで相槌を打ちつつ食べるものの、箸を動かすスピードはなかなか遅い。
「ルナ。どうしたの?あまり箸が進んでないよ?」
ステラが心配そうに聞いてきたがそれもそのはず。二人はすでに食べ終えていたのにルナはまだ半分ほどしか食べてない。
「ん…。ちょっと食欲がなくて…。二人には悪いんだけど残すことにするね…。」とルナが答えると
「まさかダイエット~?私より痩せてるくせに~。」
「ステラ。ルナがそんなことするわけないでしょ。それにあなたは食べ過ぎなのよ。」
「グサッ!うぅ…。ソフィーそれは言っちゃだめだよ~。」
このようなきれいな流れでステラを凹ませて今日の夕食はお開きとなった。
片づけを終えてソフィーの帰り際。
「あ!そうだ!」
ルナは何かを思いだして急に少し大きめな声を出した。
二人はその声に少しびっくりして
「どうしたの?」とステラが訊ねる。
「私、図書館に行きたいんだった!」
二人が来る前に決めていたことである。二人に顔を合わせたら図書館へ行くつもりだったのだが二言三言話している間に忘れてしまい、ついつい話し込んでしまった。そして今更になって思い出したのである。
「うーん…。まだ開いてるとは思うけど…今から急いで行っても5分ぐらいしかいられないんじゃないかしら。」とソフィー。
実際その通りである。たった5分では本を見つけるどころかそのコーナーに差し掛かったところまで行くのが関の山である。
「なんで行きたかったの?」少しだけ眠そうな声でステラが聞いた。
「あ、うん。ちょっと調べておきたいことがあって。」
「へぇ~。勉強熱心だねぇ~。」
「ステラは勉強しなさすぎよ。」
「ソフィー~…。今日はなんだか切れ味鋭くない?」
「まったく…。とにかく今日の所はあきらめるしかないわルナ。幸い、少しの間休んでいられるんだから時間があるんだしね。」
そういってソフィーは自室へと戻っていった。
それから5分後。
「ルナ。私たちも寝ようか。」
明日もあるのだろうステラが切り出し、ルナもそれに従うようにした。
二人はお風呂に入ったり歯を磨いたりして寝る前に行う諸々の準備を整えてベッドの中に入る。
「おやすみ。ルナ。」
「うん。おやすみ。」
二人はそのまま眠りについた…。
はずだったのだが。
ルナはなかなか眠りにつくことができなかった。
「(あれ?おかしいなぁ…。)」
いつもはベッドに入ればすぐに眠れるはずなのに今日は妙に寝つきが悪い。
それに眠ろうと目を閉じるのだが、むしろ目が冴えてしまって全然眠れないのだ。
これも吸血鬼化の影響である。
ルナが眠れずに参っていると寝ているはずのステラがむぎゅ~っと抱きついてきた。
「むきゅ~!?」ルナは突然のことにびっくりするが当のステラは
「zzz…」
しっかり眠ったままだった。
ルナはこの夜も抱き心地の良い抱き枕として過ごすこととなるのであった…。
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