#7 束の間の平穏 <Ⅱ期 潜伏期>
ルナはすぐさま医務室に運ばれ、メディカルチェックを受けることとなった。
ソフィーたちは自分たちもルナのそばに居たいと申し出たものの、さまざまな検査や治療に差し支えるのでと却下されてしまい仕方なく医務室の前で待つことしかできなかった。
医務室のドアからはいろんな機械や器具、魔法の音が漏れて聞こえていた。
「ルナは大丈夫かなぁ…?」とステラが不安げに心配をする。
「きっと大丈夫よ…。」ソフィーも心配になりながらもルナの命に別状がないことも祈りながら励ます。
2時間が経ち、空も白み始めたころ医務室のドアが開く。
二人は立ち上がって出てきた保険医のもとに駆け寄る。
「ルナは…?」
「大丈夫よ。検査の結果も出たけど命に別状はないわ。」
「「よかった…。」」二人は安堵する。
「詳しい話は中でしましょうか。それにルナのそばにいてあげたいんでしょ?まだ彼女は寝てるけどね。」と教官に言われて二人は医務室の中に入り、ルナが寝ているベッドのそばへ進む。
そこには安らかな表情ですやすやと寝息を立てているルナの姿があった。バイタル管理のための機械が取り付けられているが波形は安定している。
「さて、ルナのことなんだけど状態は見ての通り完全に安定してる。少し脱水症状で衰弱してるけども今日の午後には部屋に戻っても大丈夫よ。ただ、数日間は休ませる必要があるけどね。」
「気を失っていた原因はなんだったんでしょう?」とソフィーが訊ねる。
「うーん…。森で何があったのかわからないけど所見としては魔力切れと貧血かしらね。もちろんそれ以外の原因も考えられるけどそれはルナしか知らないことだし何とも言えないわね。」
「そうですか…。」
「もうすぐ夜が明けるわ。あなたたちは今日一日は休みなさい。教官には私から話を通しておくわ。それと、ルナも部屋に連れて行っておくわね。」
「はい。ありがとうございます。」
「あ!ちょっと待って!」
そうして帰ろうとした二人を保険医が呼び止めた。
「ルナに何があったか聞いておいてほしいの。もちろん慎重に扱う必要があるから気を付けて。」
「わかりました。」そう言って二人は医務室を後にした。
こうしてルナ救出作戦は見かけ上は成功したのである。
二人はそのまま寮に戻る。
「ねぇ、ソフィー。」不意にステラが声をかけた。
「ん?どうしたの?ステラ。」ソフィーは怪訝な表情を浮かべる。
「いや、ボクの考えすぎだとは思うんだけど…、なんだかさっきのルナを見てると私たちが任務に行く前のルナと何かが違う気がするんだよね…。」
「そう?私には今まで通りのルナだと思うんだけど。」
「そうだよね…。ボク疲れてるみたい…。おやすみソフィー。」
「ええ。おやすみステラ。」
ステラは謎の不安と違和感を抱いていたのだが、何せ長時間起きたままであることと長期の任務から帰ってきてすぐにルナの救出に向かったことによる疲れからくるものであると考えることにした。確証もないので確かめようもないのだ。
そうして二人は別れ、それぞれの部屋でベッドへ入った。
しばらく眠ってステラが目を覚ましたのは午後の三時ごろであった。隣を見るとルナがいつの間にかベッドの中で眠っている。
「そっか。もう大丈夫だもんね。私が寝てる間に運ばれてきたんだ…。」
ステラはルナの安らかな寝顔をみて再び安心をする。
「にしても、よく寝るなぁ…。ふふっ…眠り姫みたい…。」
そんなことを言いながらステラがルナの様子をみているとコンコンとドアをノックする音がした。
「はーい。」とステラが返事をしてドアを開けるとそこにはソフィーがいた。
「ルナの様子はどう?」と開口一番に聞いてきた。
「えっ?どうしてルナがいるのわかったの?」ステラは驚いたが
「いや、さっき医務室に寄ってこっちに移したって言われたからよ。」と冷静な答えが返ってきた。
「ルナはまだ寝てるよ。見ていく?」そう言ってステラはソフィーを部屋に招き入れた。
二人はベッドサイドに座ってルナの様子を見る。
「ほんとよく寝てるよね。」ステラが少し不思議そうに話を振ると
「魔力切れの影響で魔力をためるために寝てるんだと思うわ。」とまたもや冷静な答えが。
「そうそう。お見舞いでりんごを持ってきたの。」ソフィーは手に持っていた紙袋をステラに手渡す。
「ありがとう。ルナが起きたら切ってあげようかな。」ステラはキッチンに行ってりんごを片づけた。
ルナが寝ている傍らで二人はいろんな話をしながらルナの目覚めを待つがなかなか目を覚まさない。
「あれ~?なかなか目を覚まさないね。もしかしたら今日は目を覚まさないんじゃない?」とステラは少し不安に思いながら待っている間に用意した紅茶を飲む。
「その可能性があるって医務室の先生に聞いたわ。魔力の大きい人は特に長いって話よ。」
「でもルナって開花前でしょ?そんなに魔力あったっけ?」
「行方不明のときに魔力量が増えたみたいよ。その理由がわからないんだけどね。ただ、魔力が開花したわけではないらしいのよ。でももうすぐ開花しそうな兆候があるって。」そんな会話を二人は続ける。
さらに時間が過ぎて窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。
「そろそろ食堂で何か食べない?そういえば何も食べてなかったの忘れてた。ボクおなかペコペコだよ~。」
「そうね。夕飯を食べに行きましょうか。」
二人は部屋を出て、食堂へと向かった。
ドアが閉まる音がしたときルナはぱちりと目を開けた。ルナが起きたのは二人が夕食の話をする少し前のことだった。しかし、一人でいたかったのと顔を合わせるのが気まずくて目を閉じたまま少しの逡巡を経て狸寝入りを決め込んでいたのだ。
「(私が人間を吸い殺したんだよね…。)」ルナは地獄のような日々の最後の日のことを思い起こす。
あのときルナは理性を失ってはいたがそれは吸血姫としてのルナであって、人間のルナの意識自体は正常に働いていた。しかしルナの体はその時、吸血姫のルナになっていた。そのため人間のルナが自らの意思で動かすことができなかった。つまり体が勝手に動いてそれを見ていることしかできなかった状態だったというわけである。
「(このまま吸血姫に変わっちゃうのかな…。)」
そんなことを思いながらルナは体を起こして部屋にある姿見の前で自分の姿を見る。
人間の姿に戻っているため当然だが普段と変わらぬ自分の姿が映りこむ。
「(よかった…。まだ人間だ…。)」ルナは安堵する。根本的な問題はあるが今の時点での問題はなさそうだ。
次に部屋を見回す。見慣れたいつもの光景。いつも過ごしていた部屋そのもの。
「(帰ってきたんだね…。)」長い間囚われていたルナにとっては懐かしさも感じるものだろう。ルナは感慨深いものを感じた。そして任務に出る前のことを思い起こしながら戻ってきたという実感を確かめていた。
ルナがふと時計を見ると10分ほど経過していた。思いのほか時間が経っていてルナは我に返った。
「(おっと。二人が帰ってくる前に戻らないと…。)」
ルナは最後にもう一度姿見に映る自分の姿を一瞥してベッドに戻った。
その時ルナは気づかなかった。姿見に映った自分の姿がフレームアウトするのがルナより少し遅れていたことに。そしてその顔がニヤリと邪悪な笑顔を浮かべていたことに。
ルナがベッドに戻った5分後、二人が部屋に戻ってきた。
「ふぅ~。おなか一杯だよ~。」ステラは満足した表情の一方でソフィーは
「…食べすぎなんじゃないかしら。」とあきれ顔。
二人は再びベッドサイドに向かう。
「まだぐっすりだね…。」
二人はルナが寝息を偽装していることに気付かずに顔を覗き込む。
その一方のルナはひたすら無心に狸寝入りに徹していた。
「本当に今日一日起きないんじゃないかしら。」
「うん。そうだね。」
「明日もあるし、今日の所は帰るわね。」そう言ってソフィーは自室へと戻っていった。
今日一日は休みをもらっていた二人だがまだ学生。もちろん翌日から演習や座学がある。遠征などの任務に関しては疲労や難易度などを考慮されてしばらくはない見込みだがしっかり準備する必要があるのだ。
ソフィーを見送ったステラは自室のキッチンへ向かい、何やら料理を始めていた。
ルナは「(えっ!?さっき夕食いっぱい食べたんじゃないの?)」と内心混乱した。
実際は翌日のごはんの仕込みをしているだけである。もちろん食堂でも食べられるのだがいつも混んでしまう。特に朝は時間がなく猛烈な混み具合になることが日常茶飯事なため、どうしてもという時以外は自室で調理して食べる学生も一定数いるのだ。
いつも料理をするのはルナでステラは手伝う側だった。それ故かルナは少々不安に感じていた。
しかし、その不安は杞憂だったようだ。
包丁の安定した音とリズム。鍋で何かを煮ている音。そして漂ってくる食欲をそそる香り。
ルナのおなかが「くぅ~」と鳴ってしまうほどだった。
「(おなか…すいたな…。)」ルナは丸一日何も食べてないから無理もない。だからといって起きるわけにもいかなかった。ルナは空腹に耐えるしかなかった。
「うん!おいしい!」ステラは味見をしたのだろう。自信に満ちた声がキッチンから聞こえてきた。
続けて聞こえてきたのは「ルナもおいしいって言ってくれるかな~?」とルナのことを考える声だった。
そのあとでステラがキッチンから出てきた。
「ん~。まだルナは寝てるのか~。」そう言うとリビングへ向かってソファーに腰かけた。
そうすると何やら声が。ステラはテレビをつけて何かを見ているようだった。
一般的な学生ならば翌日に向けての予習や復習などにいそしむはずなのだがステラはそれに当てはまらないようである。
しばらくしてステラがテレビを消した。
「ふぅ。シャワー浴びて寝ようかな。」そう言って浴室に向かうステラ。
シャワーの音が浴室から聞こえてくる。今の内ならキッチンに行ってつまみ食いをしてもステラに気付かれることなく戻ってこれるだろう。
ルナもその考えに行きついたものの、つまみ食いはよくないとも考えてしまって葛藤する。少しの間の葛藤を経てベッドから出ようとした瞬間シャワーの音が止まった。葛藤のしすぎで時間を使いすぎてしまったようだ。
直後にステラがパジャマ姿で出てきた。
「よし。寝よう。」ステラはベッドに潜り込んできた。
「おやすみ。ルナ。」
ほどなくしてステラは眠りに落ちた。
おなかが減っているルナにとっては絶好のつまみ食いのチャンス。はずだったのだが…。
急にステラが抱きついてきた。
「(!?!?!?)」ルナは急に抱きつかれて大混乱に陥る。出そうになった声を必死にこらえた。抜け出すためにルナはもがこうとするも、ルナがもがけば確実にステラに気付かれる。しかもステラは見た目に反してそれなりに腕の力もある。八方ふさがりである。
結局ルナはステラの抱き枕代わりとして寝苦しい一晩を過ごす羽目となった。
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