#14 始まりの一日目 <Ⅱ期→Ⅲ期 変異期>

翌朝。目覚ましの音が鳴り響き、ルナが目を覚ます。ステラはこのけたたましい音の中でも未だに熟睡している。

「う~…。」なぜか非常に目覚めが悪い。そしていくつもの違和感がルナを襲う。

カーテンを開けると朝日が部屋に入ってくる。気持ちのいいすっきりとした朝。なのに朝日を浴びるとなんだろうかどこか不快感を感じる。

調子が悪いんだろうと決めつけ、朝の準備に取り掛かる。

しかし、先ほどからツインテールにしている髪の毛がパタパタと揺れ動いているがなんだかいつもより揺れが大きい気がしてうっとうしい。それに普段感じない髪の毛の重み、そしていつも触れないはずの場所に髪が触れる感覚。

気になっているのもあって顔を洗うついでに確認しておこう。そう思ってルナは洗面所へと向かった。

洗面台と対面したとき、ルナは確認するまでもなくその違和感の正体に気付く。

「(えっ…。髪の毛が伸びてる…?)」

通常、毎日少しずつではあるが髪の毛は伸びていくもの。しかし、ルナの場合は前日と比べても一目でわかるほどだった。

前日までの髪の長さは肩にかかるぐらいだったのに対し、今朝は肩を優に通り越して肩甲骨の下半分の所まで伸びていた。

ルナは資料の内容を思い返し、こういう症状もあったことを思い出す。

この症状が始まったという現実が調していることを雄弁に物語っていた。

普通であれば悩んだり恐怖に震えていただろうが、この朝という時間帯がその隙を許さなかった。朝は時間が短く余裕がないのにもかかわらず何かとやらなければならないことが山積している。本来ならば少しぐらい息つく暇があってもいいところだがそれすら許さないほどの忙しさになる。もちろん震えている時間などあるはずもない。休日という例外はあるが。

ルナも自分の状態に理解が及ぶとともにいつもの日常の動作へと戻っていった。朝は皆がせわしなく動く時間帯である。ルナも例外ではないのだ。ベッドで未だに寝ているどこかの誰かは別として。

ルナは手短に顔を洗うとキッチンに行って朝食の準備とお弁当作りに取り掛かる。ルナは未だ強い眠気を感じるものの寝ぼけ眼をこすりながらてきぱきと工程をこなしていく。


準備が完了して、後はソフィーが来ることとステラが起きるのを待つのみ。十中八九ソフィーが来る方が早いだろうなー。と、ぽわっとした思考で考えつつトマトジュースを飲みながら待つ。

そしてルナがトマトジュースを2杯ほど飲んだあたりでソフィーが部屋へと入ってきた。

「おはよう。ソフィーちゃん。」

ルナは挨拶したがソフィーは無言で寝室へ行き、ステラのベッドへ。今日は予告なしに布団を引っぺがし、強制的に起こした。

そして「おはよう。ルナ。」と笑顔でルナに挨拶を返す。

ルナとソフィーは食卓に座って朝食を、ステラは洗面台へとそれぞれの動きをする。ソフィーはステラが寝てしまわないかチラチラ確認をしながら朝食を食べていた。ルナは髪が伸びていることを指摘されるかと内心ヒヤヒヤはしていたが認識阻害が効いているようでそういうことを聞いてくる素振りがない。

二人がゆっくり朝食を食べていると寝室から『ぼふっ』という何やら不思議な音が聞こえてきた。ソフィーはその音に心当たりがあるらしく素早く反応して寝室へ向かう。

ルナも寝室へ向かうとそこには制服姿でベッドに飛び込んだ様子のステラの姿があった。

当然ながらソフィーは相当ご立腹の様子で

「なんでまた寝るのよー!」と怒鳴りつつステラへ怒りの腹パン。

「ぐはっ!」

ステラはその痛みと衝撃でベッドから転げ落ち、もがき苦しんでから止まる。

ソフィーの腹パンが見事なクリーンヒットからの一発K.O.である。

ルナはやれやれといった表情でお弁当などの用意を素早く済ませ、ルナはカバンを、ソフィーは意識を失っているステラを担ぐという常識の斜め上を突き抜けていくスタイルで教室へ向かうことになった。


チャイムが鳴る前に教室についた三人。ステラは教室につく直前に意識を回復させていて、今は席に座って持ってきておいたステラの分の朝食を食べている。

教室は生徒のあいさつや話し声であふれ、騒がしいながらも平穏な日常を送っているのが見て取れる。

ルナたちもほかの生徒と二言三言言葉を交わし、いつもの学園生活を送っているようには見えた。あくまで見かけ上は。

ほどなくしてチャイムが鳴り、先生が入ってきてこの日の授業が始まる。と、言っても昨日の続きをするだけで特別なことは何一つしない。授業のスピードもそこまで早くないため授業中に暇を持て余す生徒も少なくない。

ルナもそのうちの一人で、ぽけ~っと窓の外を眺めていた。外では上級生だろうか演習をしている姿が見える。昨日は取り戻すのに必死だったが今日はそんなこともなくなり、よそ見する余裕すらあった。


少し時間が経つと太陽の位置が少し動き、窓から日光が差し込む。このことによって、席にもよるが何人かの生徒が日光を浴びながら授業を受けることになる。

意志の弱い生徒などが気持ちいい日の光と暖かさで夢の中へ引きずりこまれる。

ルナも日の光を浴びていたが、表情はなんだか険しい。

「(なんだか、いやだなぁ…。)」

ルナは得体のしれない不快感を感じていた。朝にも感じた不快感と全く同じものだった。しかし、授業中に席を移動するのは好ましくない。なので、今日の所は今の席で我慢せざるを得ない。もちろん明日からは決して日が当たらない席に座るつもりである。

一先ずその場しのぎの対策として

「先生。カーテン閉めてもいいですか?」

カーテンを閉めて日光を遮ることにした。

カーテンの色は白色で日光を完全に遮断することはなかったものの、幾分か不快感が和らいだためその場しのぎとしては有効だったようだ。

ルナはそれで何とか授業を乗り切ることにした。


チャイムが鳴り、授業が終わる。この日は運のいいことに授業は午前のみで、午後は休みとなっていた。

三人は今日も一緒に帰ることになったが、ルナはなるべく日の当たる場所を避けて歩き、どうしても日光を避けられない場所はできるだけ浴びる時間を短くするために早足で歩くという行動をしていた。

ルナ自身の見た目には認識阻害効果があるものの、ルナの行動まではごまかせない。誰がどう目てもちょっと奇妙な行動の仕方に二人は疑問を覚える。

「ねぇ、ルナ。さっきから急にあっち行ったり、早くなったり。どうしたのかしら?」

ソフィーは心配そうな顔で聞いてきた。

「あ、うん。ちょっと日が当たるとめまいがする感じがしちゃってね…。」

ルナはうまくごまかした。


そうして三人が寮に戻り、いつも通りお茶をしながらの歓談をする。

毎日行う女子会。これがチームの絆を高め、連携を強化する効果があるとか何とかでほかのチームでも結構盛んに行われているようで、今日はカフェなどもいっぱいだった。

たまにはカフェに行きたいとかいう話も出る。

そんな女子らしい話ばかりをするだけで時間が流れていく。

結局この日は特に何事もなく時間が進む。

話をしている間でルナの髪の毛に関する話は一切出ず、ルナは認識阻害の効果が非常に高いことに内心感心していた。

「(これだけ長い時間一緒にいてもばれないって…すごいなぁ…。)」


あっという間に夜になり、女子会はお開きとなる。

ソフィーが帰った後、二人も寝支度をするわけだがルナは行動が違った。

「あれ?ルナ。今から何するの?」

「明日の予習とか今日の復習とか、昨日の復習とか。ちゃんとしておかないとね。」

「ふ~ん。ルナは頑張り屋さんだね。ボクはもう眠いし先に寝るね~。」

「うん。おやすみ、ステラ。」

そういったやり取りがありステラは寝室へ向かい、ルナはリビングで勉強に励む・・・をしていた。

ルナはステラがいるとできないことをするため、わざと勉強をするをしていたのである。

その目的は、吸血鬼に関する資料を写したノートを読むこと。

日光に関する不快感について記載がないか調べたかった。

ステラが寝静まったことを確認してそのノートを開く。

そしてほどなくしてその記述が見つかる。


Ⅲ期の変異期に入った人間は日光に対して徐々に弱くなる。変異初期は日光にあたると不快感や嫌悪感を感じたりする。それ以降は吐き気などを催したり体調に異常をきたす。ひどい場合だと日光に数分あたっただけで日焼けをしたり、皮膚が赤くただれることもある。


つまり朝からの異変は吸血鬼化に伴う症状で、調子が悪いことが原因ではなかった。

ルナも薄々は気づいてはいた。朝は調子が悪いとして流していたが、それならいくら波があるとしても日光にあたらなくても悪くなるはずだ。

しかし、ルナの場合は日光にあたった時だけ。いくらなんでもおかしいことは誰でもわかる。


ルナは疑問が解決したところでノートを閉じ、寝支度を始める。

その時姿見に自分の姿が映ってしまい、闇ルナが話しかけてきた。

「ふふっ…。久しぶり、ルナ。」

「…何?今から寝ようとしてるんだけど。」

ルナは不機嫌な様子で答える。

「今日の朝から変化し始めたでしょ?それで様子を見てみようと思ってね?どんな感じ?」

闇ルナは柔らかい笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「まぁ、認識阻害の効果には感心するかな…。それと意外とゆっくりだなとは思ったかな。」

「そうね。これからどんどん私のような姿になっていくわけだけど、何か質問はある?」

「いろいろ気になることはあるけど、私の人間の心っていつ消えるのかなって思ったりしてるんだけどわかる?」

「うん。もちろん。変化している期間中はあまり変わることはないよ。それでもちょっと変わったりはするかも。でも基本的には覚醒のときにスイッチが入れ替わる感じかな。ただ、人間の心が完全に失われることはないから安心して?考えが魔族側に傾くけど人間的な考えも感情も残るから。」

「そう…。」

闇ルナの話は意外に有益だった。いくら資料を読んでも心情の変化や考え方の変化については記述がなかった。そのため見た目がルナそのものであっても頭の中が完全に変わってしまえばそれはルナではなくなるのではないかという不安があった。

簡単な説明ではあったが今回の闇ルナによって一応不安は解消された。

完全に変化してもルナはルナである特色は残るということだ。

「そろそろ時間も遅いし私は消えるね?あ、明日の朝はもっと髪が伸びてると思うよ。」

そう言うと姿見の中にいた闇ルナは消えてしまった。

「一体なんだったんだろ…。」

結局何のために出てきたかわからない闇ルナのせいで少し余計に睡眠時間を削る羽目になったルナは困惑しながらもベッドに潜り込む。


また明日もあるのだから・・・

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