#5 ソノトキ <Ⅰ期→Ⅰ+期 一次覚醒>
暗闇の中に私はいた。
自分の姿ははっきり見えるのにそのほかには何も見えない世界。
どこからともなく声がルナに語りかける。
「あなたの名前の『ルナ=リュミエール』って吸血鬼になるあなたにぴったりの名前だね。月の光を浴びて覚醒する。そんなあなたの姿が目に浮かぶよ。」
「あなたは誰?なんで私の名前を知ってるの?あなたの姿を見せなさい!」ルナはそう叫ぶが
「…ふふふ。どうせすぐに会えるよ。だって私はーーー」
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ルナは目を覚ました。
今回の夢も悪夢の類なのだろうが、昨日まで見ていた夢と少し雰囲気が違っていた。
「なんなんだろう。あの夢…。」ルナはなにか引っかかったような感覚を覚えるが頭がうまく回らなかった。
ルナはベッドから出るが部屋にリムの姿がない。少しさみしさを覚えつつも姿見の前に立った。
やはりいつも通りの姿だったが
「あれ?」ルナは二つの変化に気付いた。
一つは首筋。昨日まで確かに二つの赤い点、つまりリムに噛まれた後が残っていたはずなのに今日は見当たらなかった。
「昨日も噛まれたよね…?」そう言ってルナは記憶をたどる。
ルナは昨日リムにおねだりをして吸血をしてもらったことを思い出した。
「(なんで私あんなことを。)」と嫌なことを思い出したが噛まれたことも思い出した。
しかし噛み跡が見つからないのはなぜだろうか。
そして二つ目。肌の色、特に顔色が少し青白いような気がするのだ。
ただこれにはルナも心当たりがあった。
「(そういえば昨日リムに大量に血液を吸われたっけ…。)」
そう。そのせいで少し貧血気味になり、顔色が少し悪くなっていた。
それとは別にルナは体に異変を感じる。
その顔色とは裏腹にルナの体はなんだか火照っている感覚があるのだ。
体は問題なく動きそうだし、それ以外もこれといって異常がない。
ただ火照っているだけ。風邪というわけでもなさそうなのだが少し気になる。
そんなことを考えていると
「さてさて~?ルナおねえちゃんは起きてるかな?あ、起きてるね。おはよう!ルナおねえちゃん!」リムが部屋に入ってきた。
「おはようございます。リムさま。…!?」ルナはリムに返事をしたが今度はすぐに異変に気付く。なぜかリムに対して敬語を使ってしまった。なぜかと考える間もなく
「あはははは!昨日見事に堕ちちゃってたもんね!完全に心も眷属になっちゃったら言葉づかいも変わっちゃうよね!でも、『今まで通りの言葉づかいに戻して。』」とリムが言う。そうすると元通りのしゃべり方ができるようになった。
「それにしてもルナおねえちゃんちょっと寝坊しすぎだよ?もうお昼すぎて太陽もちょっと傾いてきてるんだから。」
「えっ!?私そんなに寝てたの?」ルナは驚く。
今まで寝坊など一度もしたことがなく、毎日同じ時間に起きていたのに今日は寝坊というより寝すぎといった方が正しい時間まで眠っていたのである。
「とりあえず、これ飲んでおいて?」
そう言ってリムから渡されたのは血液が入ったワイングラス。
少し少ないように見えたがルナは気にすることなく一気に中身を呷る。
「ふぅ…。」ルナは一息ついたが体の火照りと疼いている感覚があり、気になってリムに訊ねた。
「ねえ、リム。私起きてから体が火照ってる感じと疼いてる感じなんだけど原因わかる?もしかして私風邪でもひいた?」
「あーなるほどねー。それ全く気にしなくていいよー。風邪じゃないし。」
「じゃあどういうこと?」
「今日は満月なんだ。だからルナおねえちゃんの体が反応してるだけなんだよ。たまにそういう人いるみたいだから大丈夫。」
「!!!」ルナは察してしまった。自分が人間でいられる残り時間がわずかしか残っていないことに。
「そんな…。ということはつまり…。」
「そうだよ。ルナおねえちゃんは今夜、吸血姫になるんだよ?」
恐れていた言葉が返ってきた。吸血鬼になる。しかも今夜。さらにルナは吸血鬼の中でも最上位種の
「まぁ、今日は一次覚醒だから数時間しか吸血姫の姿にはなれないから朝には戻っちゃうんだけどね…。」リムは少し困ったような微妙な表情をしていた。
「ということで今夜のための準備があるから私はいかないと。後で呼びに来るから待っててね?」
そう言ってリムは部屋を出た。
その間ルナは何とか今夜までに学園のみんなが救出に来てくれるのを祈りつつ待つしかなかった。
しかしその祈りは届かない。ルナのクラスの仲間たちはようやく討伐の任務を終えたところで、まだ学園への帰路の途中。ルナの残り時間が少ないことどころか状況すら知る由がないのだ。
「お願い…。私を助けに来て…。」
来ない。その希望もない。ルナはそのことを知らないまま、ただただ祈るのみ。
そうしている間にも刻一刻とその時が近づく。
「ルナおねえちゃん。心の整理はついた?」
リムが準備を終えたのか部屋に戻ってきた。
「整理つくわけないよ…。」
もうすぐ人間ではなくなる。そう言われて心の整理がつく人間はほとんどいない。いるとすれば自殺志願者か、魔や闇に魅入られた人間。それか変身願望などがある物好きだけだ。
ルナは勿論前者である。
「だよね。まだ少し時間があるからその間に覚悟を決めてね?もし言いたいことがあるなら聞いておいてあげるから。」
少しの間リムは黙っていて私を見つめていた。私は不安な気持ちや今の心境などを話し、リムはそのたびに相槌を入れて聞き役に徹していた。
「ルナおねえちゃん。悪いんだけど時間的にそろそろいかないといけないんだよね…。心の準備はできた?」とリムは切り出した。
「そんなの無理だよ…。」とルナは答えた。
「うん。でも時間をあげたからもういいでしょ?ほら、行くよ!」
そう言ってリムは半ば強引にルナの手を掴んで部屋の外へ連れ出す。
ルナも観念したように抵抗せず手を引かれて歩く。
少し歩くと建物の外へ出た。そこから空が見えたが日はほとんど沈んでしまっていて空の一部は紫色になり、夜空へと表情を変え始めていた。
「あそこに見える小屋が目的地だよ!」
リムにそういわれて視線を移すと小屋というには少々…、いや立派すぎるほどの広そうな建物が見えた。
リムに連れられて入るとリムが厳重に鍵をかけた。閉じ込められてしまった。
仄暗い小屋の中には何人かの人がいた。性別は全員男性だったが、年齢は10代から30代ぐらいまでだった。
小屋の中にいた人たちは拘束されていなかったものの、震えながら黙って立っていた。
「ルナおねえちゃんのために用意した
そしてリムは人間の方を向いてこう言った。
「明日の朝まで生きてたら解放してあげるから必死に逃げ回ってね?『いいよ』って言ったらスタートだよ。彼女も追いかけるからね?」
彼女・・・つまり鬼ごっこの鬼はルナということである。吸血鬼になるのだから鬼には違いないだろう。しかし、人間が逃げ切れるわけがないがわざと一筋の希望を与える。
「(そうじゃないと面白くないもんね…。)」とリムは考えていた。
「さて、そろそろのはずなんだけどなー。」そう言ってリムは天井を見上げる。
ルナもそちらに視線を移すと天窓が見えた。
何を待っているのだろうか。そう思った時だった。
天窓に月の一部が顔をのぞかせた。今日は満月。その月は普段より少し紅い色をしているように感じた。
そしてその月明かりが天窓から差し込み、ルナへ降り注いだ。
その時が来てしまった
ドクン・・・
「うぐっ…!」ルナの心臓が大きな鼓動を打つと同時にルナが苦しみ始めた。
それと共にルナの体が変わっていく。
ルナのトレードマークでもある黒髪のツインテール。その髪が伸び始め、肩までだったのが一気に腰まで届くようになりその先端から髪の色が銀色に染まっていき、やがて髪の毛全体が銀色に染まる。
ぐぐっ…とした音とともに耳が伸びて先端が尖った形状に。
ルナの服が黒く輝いたと思うとその形状を変え、紅い十字架が所々にあしらわれた漆黒のドレスと、それに合うような漆黒のマントになった。
「ぐぅぅぅ…」そううめき声をあげるルナの口元からは牙が覗いていた。
そのルナが急にカッ!と目を見開く。すると瞳孔が縦長になり目が赤く染まって魔眼へと変わった。
ルナは急に肩を抱き始め、「うぅぅ…。」と苦しそうな声を出すと背中の肩甲骨のあたりが盛り上がり始め、バサッ!とルナの背中を突き破ってコウモリの羽が生える。
ルナは「あぁぁん!」と艶のある声を上げた。
その羽はかなり大きく大人を2,3人は余裕で包み込める大きさだった。
ルナは吸血姫として覚醒した。
その姿はまさしく闇の姫。
ルナは少しの間自分にできた新しい器官を試すように数回バサバサッと羽をはためかせる。
ドクンッ!
再び心臓が強く鼓動を打つ。
ルナは「ウアァァァァァッ!」と急に声を上げた。
そしてルナは人間たちを視界にとらえると「フーッ!フーッ!」と息を荒らげる。
ルナに強い吸血衝動が生まれ、徐々に理性を失っていく。
それによりルナが人間たちに飛びかかろうとしたその時。
「ルナおねえちゃん!ストップ!」
とリムに止められた。
ルナは「フーッ!フーッ!」とまだ息が荒い。
「ふふふっ!ルナおねえちゃんすっごくきれいだね。本当のお姫様みたい!でも吸血衝動で息が荒いよ?『いいよ』って言うまで待っててね?」
ルナはうずうずしながらマスターであるリムの許しを待つ。
ルナの姿はとてもきれいであったが、現在のルナは
「それじゃあ、みんな準備いいかな?『いいよ』」
リムの合図で一斉にみんなが動き始める。
人間は悲鳴を上げながら逃げるために走る。
人間にとっては自分の命がかかった鬼ごっこ。
ルナにとっては
それが今始まったのだ。
ルナは反応の遅れた人間に飛びかかり床に押さえつける。
「ヒィィィィ…!」その男は悲鳴を上げた。
「アハハハッ!イダダキマァス!」
そう言ってルナはその人間の首筋に牙を突き立てる。
頸動脈を突き破ったのか一気に血液が吹き出しルナは大量の返り血を浴びるがそれを意に介さず血液を吸う。
「アハハッ!オイシイ!」理性を失っているルナは歓喜の声を上げる。
その様子をリムはにっこにっこしながら見ていた。
すぐにその人間は干からびてミイラになった。
まるで興味のない玩具のようにそれを床に捨てると次の
その小屋からは獣のような咆哮。
そして悲鳴。または慟哭。
そして嗤い声が響き渡る。
時を追うごとに悲鳴の数が減り、やがて嗤い声のみが響き渡るのみになっていた。
その様子を見ていたのはその中にいた幼い見た目の吸血鬼と夜空に浮かぶ満月のみであった。
ルナはすべての
月明かりに照らされているルナ。
体中を返り血で染め、歓喜と狂気の表情を浮かべながらも、わずかにある
その周りには多くの屍が横たわっている。
「アハハハハハハハッ!!」静寂の中でルナの嗤い声が響き渡るのみであった。
少し時間が経ちルナが落ち着いたところでリムは
「理性を戻してあげるね?」そう言って指を鳴らす。
ルナが正気に戻ると自分の姿の異変と周りの屍の山に気付く。
「え…なにこれ…。」
「これは全部ルナおねえちゃんが一時的に吸血姫になってやったことだよ?」とリムは真実を告げる。
「…そんな…嘘…。いやぁぁぁぁぁ!」
ルナはショックのあまり倒れて気を失ってしまった。
それと同時にルナの姿が人間へ戻っていく。
「予定通り…かな?元に戻ったね。あとはおねえちゃんを森に寝かせておけばいいかな?」
そう言ってリムは支度に取り掛かる。
この時をもってルナの人間としての人生の歯車は完全に止まり、終わりを告げる。それの代わりとして魔族としての歯車がゆっくりと動き出し、始まりを告げた。
・・・その頃
「ルナ…待ってて!今助けてあげるから…!」
「お願いルナ!無事でいて…!」
二つの人影が森へ向かっていた・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます