#3 悪夢と変化 <Ⅰ期 眷属期>

ルナは嗤っていた。月明かりに照らされながら。

ルナは嗤っていた。返り血に体中を染めて。

ルナは嗤っていた。歓喜と狂気の感情を浮かべて。

ルナの周りには多くの屍が横たわっていた。

ルナの目から一筋の涙が頬を伝って流れていたが、

ルナの嗤い声がただただ響き渡っていた。


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「…。夢か…。」

昨日に続いて目覚めの悪い朝だった。

ルナが囚われている状況は変わらず、自分自身が今後どうなっていくのかわからない。

そもそもリムに屈することなくここから脱出できるのか。

そんなことを考えると気が滅入る。

さらに今しがたまで見ていた悪夢。それを考えると状況は悪化しているのかもしれない。

しかし、起きなければ何も始まらない。

ルナは起きるしかなかった。

リムはまだ来ていないが前触れなく現れるので待っていればすぐに来るだろう。

そんなことを考えながら姿見を見る。

前日とは変わらないルナの姿が映る。首筋の斑点以外異常はなかった。

それを確認したところで

「おっはよー!おねえちゃん!」

リムが部屋に現れた。

「おねえちゃん。今朝はよく眠れたかな?」

「ええ。おかげさまでね。ところで顔を洗いたいんだけどいい?」

「うん。いいよー。いってらっしゃーい。」

そう言ってリムから許可をもらって顔を洗い、目を覚ますことにした。


ルナが部屋に戻るとリムが笑顔で迎える。

「おかえり。」

「あ、うん…。ただいま。」ルナは思わず返事をしてしまう。

「んふふ~♪今日はおねえちゃん堕とせるようにがんぱっちゃうからね~。」

「頑張らなくていい…。」

テンション高めのリムと気が滅入っているルナの表情は対照的だった。


そうしてリムは朝食を持ってくるといって部屋を出る。

戻ってきたときにその手に持っていたのは血液が注がれたワイングラスだった。

「これからはずっとこれだからね?」

そう言ってリムはワイングラスを手渡す。

ルナはそれを一気に飲み干す。口いっぱいに血液の甘露な味が広がる。

「ふふふ…。抵抗感がなくなったみたいだね。」リムは笑顔で言った。

「仕方ないでしょ。血液しか出さないってが言ったんだから。」

リムは驚いて目を丸くした。

そして、邪悪な笑顔を浮かべて

「おねえちゃんさ。今私のこと。」

「そんなわけないでしょ!私がなんて…。」

ここまで言ってルナは気づいた。昨日まで決して呼ばなかった目の前の吸血鬼の名前を口に出してしまっていたことに。

「その様子だと無意識だったみたいだね。」

リムはうれしそうに言う。

ルナは愕然としていた。あんなに昨日は抵抗していたのにもかかわらず今日はあっさりとしかも命令もされていないのに呼んでしまったのである。

「昨日の仕込みがうまくいったみたいだね。昨日吸血したでしょ?あれでしっかり主従関係か確定したんだよ。だから今日は自然に私の名前を呼んじゃったんだよ。」

ルナはここで思い出した。寝る直前にリムに吸血されたことに。

それがこういった結果になるとは思っていなかった。

「じゃあ…今朝の悪夢も仕込みのせい…?」とリムに聞いたが

「悪夢…?内面を闇になじませたりする効果はあるけど悪夢を見せる効果はないよ?もしかしたらこの状況だから見ちゃったっていう可能性はあるけどねー。」

そう言ってワイングラスを片づけるためにリムは部屋を出た。


ちょっと時間がたったがいつもと違ってリムが戻ってこない。

「どうしたんだろ?」ルナは疑問に思った。

しかしそんなことよりもルナは徐々に闇に染められていることが気になっていた。

「私、いつまで正気を保っていられるんだろう…。」

えも言われぬ不安。

悪夢といい、名前の件といい、ルナには不安材料しかなかった。

ルナはベッドに腰掛ける。

眠ろうかと思ったがまた悪夢を見てしまうかもと思うと眠る気にもならなかった。

なにもすることがなくなり部屋を見渡すと部屋の隅にスイッチみたいなものが置いてあった。

「なんだろう…?あれ…。」

恐る恐る近づいて押してみた。


ぽちっ

ぴんぽーん


何やら気の抜けるような音が鳴った。すると

「お呼びでしょうか?」と背後から声が。

「ひゃい?」ルナは驚いて変な声を上げる。

振り向くとそこにはメイド服を着た女性がたっていた。

「えっと…あのー…どなたですか?」ルナが訊ねる。

「私はこの城に住んでいるしがないメイドです。」

「リムは今どこに?」

「リム様は現在外出しております。」

「そうですか…。」

「リム様が外出中などの場合にそのボタンを押していただくと私が代わりにご用件をお伺いするということなのですが、聞かれなかったのですか?」

なるほど、これは呼び鈴か。とルナは納得するが、

「リムはそんなこと一言も言ってませんでしたけど・・・。」とメイドに言った。

「リム様はきっとお忘れになったのでしょう。申し訳ありません。私が代わりに謝罪いたします。」と頭を下げられた。

ルナは「(調子狂うなぁ…。)」と感じる。

「ひとまずお風呂に入りたいんだけどいいですか?」とメイドに頼む。

「はい、どうぞ」とメイドは返事をする。

「手をつないでくださいませ。壁を抜けなければなりませんので」

ルナは素直に手をつなぎ、壁を抜ける。

「ところでメイドさんはどうやって壁を抜けてるんですか?」ルナが質問すると

「私も吸血鬼でございます。」とメイドはそう言って口元から牙をのぞかせる。

ただの人間であれば逃げ出そうと考えていたルナだがその考えはあっさりと崩れてしまった。

「私はここでお待ちしていますので、終わったらお声掛けください。ではごゆっくり。」

そう言ってメイドは脱衣所のドアの前に立つ。

「(逃げられそうにないなぁ…。)」


ルナはお風呂へ入ることにした。

ドアを開けると昨日と変わらぬ広い浴場が目の前に広がる。

しかし、そこにリムの姿がないため一層広く感じた。

ルナは一人で体を洗い、湯船につかる。

「なんかさみしいなぁ…。」

リムがいれば胸などを再び揉まれたりする心配があったが同時にしゃべり相手でもあった。

でも今は一人で湯船につかっている。広い浴場が余計寂しさを強調していた。


お風呂から上がり部屋に戻るが、リムの姿はなかった。

「でもリムはいつも一人だったんだよね…。」

これがずっとだと確かに寂しいだろう。ルナはそう思った。


少し時間が経った。リムはまだ帰ってこない。

ルナの寂しさは少しずつだが自分でもわかるほど増幅している。

途中でメイドが昼食の血液を持ってきた。

「リムはいつ帰ってくるかわかりますか?」と聞いたが

「さぁ…。リム様は一部奔放なところがありますので…。」とわからない様子。

血液を飲み終えるとメイドはそそくさと片づけてしまい、また部屋で一人きりになってしまった。


また少し時間が経つ。

「寂しいなぁ…。」とルナは独り言。

この部屋からでは時間がわからない。昼食をとったということで午後であるのは確実だがそれ以上の時間に関する情報は何もない。

さらに何もやることがない。そのためいつもより時間を長く感じる。

「はぁ…。」ルナはこの日何度目かわからないため息をつく。

途中でメイドに現在時刻を聞いたり時計がほしいと要求したものの聞き入れてもらえなかった。

理由は簡単かつ明快。この城には時計が一切ないらしい。

昼寝をして時間をつぶすということも考えたが悪夢を再び見てしまうのではという不安が頭をよぎり、結局昼寝をする気にはならなかった。

そういうことがありながらルナはひたすら部屋にいるしかなかった。


さらに時間が経つ。

ルナにとっては永遠のように思える時間。精神的にもつらくなってしまい、

「ふぇぇぇん…。寂しいよぉ…。ぐすっ」と泣き出してしまった。

本来ならこんなことで泣くようなルナではない。

ただ今回は状況が特殊である。不安な状況で一人きりで何時間も過ごすとなると泣きたくなるのも無理はない。さらに主従関係を結ばされているマスターに会えないというのは深層意識の中では強い不安を感じる。そのためルナは泣き出してしまったのである。

ルナは泣いている場合ではないとすぐ泣きやむが、目にはまだ涙が浮かんでいた。


それから少しして。

「たっだいまー!」リムが帰ってきた。

ルナがそれに気づくと

「うっ…うわぁぁぁぁん!リムぅぅぅー!」と泣き出してリムのもとへ駆け出し抱きついた。

「おぅ!?おねえちゃん?どうしたの?」リムは訳が分からず困惑する。

「さみしかったよぉぉぉ!」とルナ。

「あー。ごめんね?おねえちゃん。よしよし。」とリムが謝り、ルナの頭をなでる。

役割はあべこべなものの、やはり二人は仲のいい姉妹のような光景になった。


そうしてルナが泣きやんでからリムが外出の理由を話した。

「落ち着いたみたいだね。今日はちょっと買い出しがあったんだー。それで必要なものとか食料を買ってたんだよ。食料って言っても家畜にんげんのためのだけどね?」

「でもそれじゃそこまで遅くならないんじゃない?」

「うん。そのはずだったんだけど、途中で家畜にんげんが少なくなってきたのを思い出しちゃってね。だからついでにもしてたの。」

「狩り!?」ルナは驚くがリムはきょとんとしている。

「うん。狩りだよ?人間を何人か攫ってこないと私たちが吸うための血液がなくなっちゃうでしょ?」

リムなどの吸血鬼にとっては人間を攫うために狩りをするのは一般的なのだがルナにとっては信じられないことだった。

「そんな…ひどい…。」とルナは人間として当然の反応を示すが

「でもそのうちおねえちゃんも何とも思わなくなると思うよ?」とリムはそう感じるのも今のうちだけと返してきた。

「(吸血鬼になったらこの気持ちもなくなる…?)」ルナは自分が自分でなくなるという現実がそこにあると突きつけられた気がした。


少しの沈黙の後、リムは「あー!疲れた!おなかも減ったしご飯にしよっか?」

といつも通り夕食の用意を始めた。とはいっても血液を持ってくるだけである。

しかしワイングラスは一つのみ。

「あれ?グラス一つだけ?」とルナ。

「うん。そうだよ。だって私のご飯はんだもん。」

「まさか…。」

「そう。おねえちゃんが私のご飯だよ♪おねえちゃんが飲み終えてから少しだけやることやって、それから吸血してあげるね。」リムは、にひひと笑いながら答えた。

ルナはワイングラスを傾け、中の血液を飲むと何か違和感を感じた。

「あれ…?いつもより強く風味みたいなのを感じるような…。」

「おねえちゃんの舌の感覚が鋭くなったんだよ。きっと。いい感じに変わってきてるみたいだね。」

ルナは自分が少しずつ変わりつつあるのを実感してしまった。

ルナは残りの血液を飲み干し、リムに返す。

「おかわりはいる?」といつも聞かないことを聞いてくるリム。

「いや、いらない。」とルナは断った。

「じゃあちょっとやることがあるからまたあとでね~。」

とリムは部屋から出て行った。

ルナは内心穏やかではなかった。あとどれだけ人間でいられるのだろうか。いや、もはや人間ではないのかもしれない。そんなことを考えながら夜は更けていく。


ルナが眠気を感じたころにようやくリムが戻ってきた。

「やっほーおねえちゃん。気分はどう?」

「どうって言われても困るんだけど…。」

明るい様子で話しかけるリムと返答に困るルナ。

「さて、今日こそおねえちゃんの名前が知りたいな!」

リムにとっては名前を聞ければもう堕ちたも同然なので早い段階で聞きたかったところなのだが、ルナの精神力が予想よりも強くて聞き出せずにいた。

だが、今日のルナをみてリムは勝算があると感じていた。

「というわけでさっそくいくね?『おねえちゃんの名前を教えて?』」リムが命令をする。

「くっ…ぐぅぅ…」ルナは必死に口が開きそうになるのをこらえる。

リムはダメ押しの一撃を加えるため必死にこらえてるルナの顔を覗き込み、目を強引に合わせ

魅了チャーム!」と魔眼を紅く輝かせて放つ。

ルナは魅了チャームをまともに食らってしまう。

自分の意識が保たれているのに体の自由がきかなくなってしまい、ひとりでに口が動き、喉が声を出し始めた。

「私の…名前は…ルナ…。ルナ=リュミエール・・・。」

ついにルナはリムに名前を教えてしまった。

「あははははっ!やっと名前を教えてくれたね!うれしいよ!」リムは邪悪な笑みを浮かべて笑う。

一方ルナは名前を教えてしまったことのショックが大きいのか放心状態となっていた。

「これからもよろしくね!ルナおねえちゃん!」

そう言ってリムはルナの首筋へ牙を突き立てた。

「ふぁぁぁ…、ぁぁん…///」ルナは放心の中で吸血の快感をうけ声を上げる。

「ぷはぁ…。おいしかった!ルナおねえちゃん、ごちそうさま!」

ルナの意識はゆっくりと闇へおちていった。

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