#2 抗う少女 <Ⅰ期 眷属期>

 翌日、ルナがベッドの上で目を覚ます。昨日リムに血を吸われたせいか、目覚めが悪くひどく体がだるい。

「う~…。」

 ルナが体を起こす。いつの間にか部屋に姿見が置いてあった。自分の姿を見ると、首筋に二つの赤い斑点、牙の跡がはっきり残っていた。

「(夢じゃ…なかったんだ…。)」

 ルナにとっては夢であってほしかった出来事だが、瞬時に現実であるということを理解してしまい落胆する。

「(変わりたくない…。)」とルナは思っていても体は着実に変わっていく。その運命は変わらない。今はほとんど変化はないものの、いずれは見た目など見える形で表れてくる。今のルナにできるのは祈ることぐらいである。

 すると、

「やぁ!おはよう!」

「わあぁ!?」

 急にリムが現れ大きな声を出されたためルナは驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。

「もぉ~おねえちゃん。私、お化けじゃないんだけど?」

「そんなこと言ったって急に出てきたらびっくりするでしょ?…それで私に何か用?」

「ん~。ごはんを一緒に食べようと思ってさ。おねえちゃんは昨日から何も食べてないんじゃない?」

 ルナは特殊な状況におかれていてそんなことを考える余裕がなかったが、言われてみればその通りだった。

「…おなかすいてない。」とルナはいうものの、そう言ったそばからかわいらしいおなかの音がしてしまい、ルナは赤面する。

「くふふ…。からだは正直だね。ごはんにしよ!」


 5分後、リムはトレイを持って戻ってきた。トレイには、ご飯、味噌汁、鮭の塩焼き、たくあんとゆで卵、そして紅い液体が入ったワイングラスが乗っていた。

「東の国にいたときの朝食メニューだよ。さ、食べて?」

 ルナは手をつけようとしない。

「人間のレシピ通りに作ったから大丈夫だよ?だから食べて?それとも、あーんして食べさせてほしいのかな?」

「じ、自分で食べるから!」そう言って朝食を食べ始めるルナ。

「どう?味のほうは?」

「おいしいよ。うん…。」

「そう。よかった。」

 食べていく中で、ルナはワイングラスに気付いた。それを指さし、

「ところで…これは何?」

「これはねぇ…人間の血液だよ。」

「(血液!?)」

「私は朝飲んだから、これはおねえちゃんの分だよ。」

「私は吸血鬼じゃないから飲むわけないじゃない!」ルナは憤慨するが、

「でも、もう眷属化は始まってるからおいしく感じるはずだよ?」

 そう言ってリムはワイングラスに入った血液を口に含む。そして、ルナに口移しで飲ませてきた。

「んむぅ~!?」ルナは不意を突かれ血液を飲んでしまった。

「(あれ…?甘くておいしい…)」ルナは血液の味をおいしく感じたことに困惑している。その様子をリムはニヤニヤしながら見ていた。

「おねえちゃんは眷属化が始まってるから血液の味がおいしく感じるように味覚が変わったんだよ。今はまだ眷属化の途中だからしっかりご飯を作ってあげるけど、これからは減らしていくからね?」

 そんなことがありながらも無事に朝食を終える。


 リムは食器を片づけた後に部屋に戻ってきた。

「そうだ!そろそろおねえちゃんの名前教えてくれる?ずっとおねえちゃんじゃよくないし。ね?いいでしょ?」

 しかし、ルナはまだ教えることに抵抗があり、

「それよりも私は聞きたいことがいっぱいあるんだけどいい?」と話をすり替える。

「ん~…。いいよ。(後でどうにでもなるし)」とリムは腹の中に本心を隠しつつ応じる。

 ルナはとにかく情報が欲しかった。しかし、いきなり核心を突くのは状況が悪化する可能性もあるため、まずは他愛のない質問をすることにした。

「まず、この部屋なんだけど、ドアも窓もないじゃない。どうやって出入りするの?」

「この部屋は一応牢獄なんだー。もちろん特別な人のためのだけどね?だから逃げられないように窓もドアもないの。出入りは私が許可すればできるから気にすることはないよー。」

「ところで、この部屋にシャワーとかお手洗いがないじゃない?一日一回はシャワー浴びたいし、その他諸々あるじゃない?あなたには必要ないかもだけど、私は必要だからどうにかなる?」

「それなら私に言って?お風呂は一緒に入ることになるけれどね。お手洗いとかも言ってくれれば一時的に部屋から出してあげるよ?もちろん見張りはつくけどね。」

「この建物はいったいどこにあるの?ここがどこか知りたいんだけど。」

「このお城はおねえちゃんが来てた森にあるよ。」

「えっ?でも建物一つもなかったけど?」

「ちょっと次元がずれてるところにあるから普通に探してもたどり着くどころか見ることさえできないようになってるの。」

「そ…そうなんだ…。」

 不意にリムは

「そうだ!これからおねえちゃんがどういう風に変わっていくのか教えてあげないといけないね!」と思い出したかのようにその話を始める。

「おっと。その本を持ってこないとね。」そう言ってリムは部屋の壁を抜けていき、本を持って帰ってきた。

「この本を読むと大体わかるからちょっと待っててね。」

「今からあなたが読むの!?」思わずツッコミを入れてしまうルナ。

「うん。手元にある本で書いてあるのこれだけなんだよね。人間の本だから間違ってることも多いんだよねー。間違ってること書いてあったら困るでしょ?(それと吸血鬼にしたことほとんどなくて自信ないんだよね…。)」

「(意外と真面目なんだ…。)」とルナは感心しながら、リムが本を読み終えるまでただただそれを見守るしかなかった。



(本を読むリムとそれを待つルナ)

 ※本の記述は #2.1 にて設定として載せておきますので、設定を知りたい方はそちらをどうぞ。




「ふむふむ…。人間もしっかり調べてるんだね。へぇ~。」とリムは本を閉じながら言う。

「じゃあ説明するね?まずは次の満月までは変わらないよ。それで次の満月に一度吸血鬼になっちゃう。理性を失うから何も覚えてないかもね。そのあと人間に戻るんだけど月が全部欠けたあと、ゆっくりと吸血鬼に変わっていって満月になるとほとんど完全な吸血鬼になるの。そこから大体1ヵ月で独り立ちできるまでに成長するんだけど、おねえちゃんは吸血姫になるために特別に時間がかかるの。だから大体2ヵ月かかるかな。」リムはあえてリムはどのような症状が出るかは伏せておきながら、簡単な流れだけを説明した。

「治ったりはしないの?」ルナは一番気になっていたことを聞く。

「私を倒せば治るだろうね。でも、おねえちゃんは私に危害を加えることができなくなってるから多分無理じゃないかな?ほかの人なら大丈夫だろうけどね。ただ独り立ちできるようになると完全に固定化されて戻れなくなるからね~。」

 まさか治療法を教えてくれるとは思わなかったが、タイムリミットがあるとは知らなかった。

 ルナは「(帰れたらすぐに知らせて討伐してもらえば元に戻れる…!)」とこわばっていた顔が一瞬緩んだ。しかし、リムはその表情を見逃さなかった。

「もちろん、おねえちゃんにはこのことをⅣ期になるまで一切口外することができないようにするからね?『ということで命令。Ⅳ期になるまでこのことを人間に口外しないこと。』」

「そんなのに従うわけないじゃない!」と声を荒げるルナ。

 しかし、リムは「でも、もう言えないと思うよ?深層心理に刻まれるからね。」と余裕の表情で反論する。ルナには確認する方法がないため何も言い返せなかった。

「ところでその本私にも読ませてよ。」ルナは要求するも「ダメ。」リムの返事はつれないものだった。

「じゃあお風呂に入りたいんだけど。せめてシャワーだけでも。昨日お風呂入ってなかったからさ。お願い。」とルナが言ったが

「うーん…。今すぐは難しいかなー。お掃除中だし…。でも、お昼ごはんの後には入れるように準備させておくね。」とリムは申し訳なさそうな顔でそう答えた。


「そろそろいい時間だしお昼ごはんにしよっか。」そう言ってリムは部屋を出る。


 5分ほどしてリムがトレイを持って帰ってきた。

「おねえちゃん。昼ごはんだよー。」

 トレイの上には全体的にボリュームの減った定食とワイングラスになみなみと注がれている紅い液体が乗っていた。

「ねぇ。なんで定食二人分なの?」量を減らすといわれていたこともあり、聞かずにはいられなかったルナ。

「んー?私も食べるからだよー?いっただっきまーす!」リムは当然のように答え、食事を始める。

「えっ?吸血鬼って血液以外飲食しないんじゃ…。」

「確かに血液だけでも生きていけるし血液が一番おいしく感じるけど、嗜好品感覚で食べるっていうのはよくあるよ。」

 そんな雑談をかわしつつ、食事をする二人だが、

「ほらほら。血液は全部飲んでね?飲んでくれないと私泣いちゃうよ?それに血液を提供してくれた家畜にんげんにも悪いしさ。ね?」

 もちろんだが、ルナは血液を飲むことに強い抵抗を感じる。リムが泣くことはルナにとってはどうでもいいことだが血液を奪われている人間がいることも事実であり、少しではあるが心が痛む。

「いやだ…。飲みたくない…。」それでもルナは拒絶を選んだ。

「そんなに嫌なら無理やり飲ませるから。」リムは不機嫌な様子でそう言った。

「また口移しで飲ませるの?」ルナは朝の光景を思い出したが、

「そんな手間なことできるわけないでしょ?」とリム。

「じゃあどうするつもりなの?」と聞いてしまうルナ。

「こうするんだよ。おねえちゃん。」

『命令。そのワイングラスに入った血液を飲み干して。』

 そうするとルナの手がゆっくりとワイングラスに伸びていく。

「手が…勝手に…。」

「ふふふ…。おねえちゃんの眷属化の呪縛がなじんだ頃合いかな?って思ってやってみたけどうまくいってるね。」

 眷族化によって本人の意思に関係なくマスターの命令に従ってしまう。

 それはルナとリムの場合でも例外ではなかった。

「うぅ…。」ルナはもう片方の手でワイングラスに伸ばした腕をつかんで必死に抵抗するがワイングラスを持ってしまっていて、いつの間にか口元まで持ってきてしまっている。

「ほら、もうちょっとで飲めるよ。頑張っておねえちゃん。」

「嫌だ…。飲みたくない…。」ルナは抵抗を続け、ワイングラスは口元にあるが飲むまでには至っていない。

「無駄な抵抗をやめて飲んで?おねえちゃん。」リムは冷たい声で言った。

「うあぁぁぁ!」ルナが吼える。するとゆっくりとワイングラスを持った手がトレイのほうへ向かい、ついにはワイングラスを手放す。

「はぁ…。はぁ…。打ち勝った…。」ルナは抵抗するのに体力を使ったのか肩で息をしている。

 リムはなぜか笑顔だった。

「やっぱりすごいねおねえちゃん!眷属化の呪縛に抗って打ち勝っちゃうなんて!私の目に狂いはなかった!おねえちゃんはすっごく強い吸血姫になれるよ!」

 リムはうれしかったのだ。ルナを吸血姫にする。そのために攫ったのだ。その少女が眷属化の呪縛に一度打ち勝った。それは魔力や精神力、その他の潜在能力が高いことを意味する。

「簡単に堕ちないでよ?おねえちゃん?」ルナに聞こえないようにリムは言った。


 リムはトレイを片づけ、戻ってくる。

「じゃあ、約束通り一緒にお風呂行こっか。おねえちゃん。」

 リムはルナの手を掴む。

「この壁通り抜けるためにおねえちゃんは手をつないでね?」

 そうすると何の抵抗もなく壁を通過できた。

「(なるほど…。逃げられないためにこうなっているのか。よくできてるなぁ…。)」

「ここがお風呂だよ。さ。入ろ?」

 そうしてリムに急かされながら服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる。

 そして脱衣所の扉を開けると大きな浴場が目に飛び込んできた。

「うわぁ…。」ルナは思わず声を漏らす。

「えへへ~♪すごいでしょ?自慢のお風呂なんだ~。」

「おねえちゃん。二人で洗いっこしようよ!まずは先におねえちゃんが私を洗って?」

「ん~…。仕方ないなぁ…。まぁいっかぁ。こういうときぐらいは。」

 ルナはちょっと複雑な顔をしながらもリムの体を洗うことにした。

「うふふ~♪えへへ~♪」リムはうれしそうにしてルナに身を預けていた。


 ザバーッ!


 リムの体についた泡をすべて洗い流す。

「じゃあ今度は私がおねえちゃんを洗う番だね♪」

「えっ?私はいいよ。自分でできるし。」とルナは拒んだが

『命令。気をつけ!』

「えっ!?」ピシッ! ルナは命令に従い、立ち上がって気をつけの姿勢を取らされる。

『命令。座って。』

「!?!?」ルナは洗い場の椅子に腰かけ、

『命令。洗い終わるまで動かないでね?』

「!?!?!?」ルナは動けなくなった。

「あははっ♪やっぱり抵抗感が少ない命令は従っちゃうみたいだね~。」


 そう。命令に抵抗といっても本人が嫌がるかどうかでも抵抗力に差が出る。

 ルナは不意を突かれた格好とはいえ、立つ、座る、洗っている間動かないといった動作は自分が嫌がるような動作ではないため抵抗できずに従ってしまったのである。


「それじゃあ洗うね~。」リムは背中を洗い始める。

「ごしごし~。」「…。」ルナはあきらめ、ただただ体を洗ってもらうしかなかった。

「それじゃあ、前も洗うね~。」「前は自分でやりたいな…。」「ダーメ。」

 ルナは口で懇願するしかないが最早どうしようもなかった。

「それにしてもおねえちゃん。結構胸おっきいね。」そう言ってリムはルナの胸を掴む。

「うひゃあ!何するの?」ルナは怒るも命令で体が動かない。

「えへへ♪おっきいけどやわらか~い。」リムはルナの胸を揉み始める。

「んぁっ…。ちょっと…やめて…。ぁっ…///」

 傍から見れば仲の良い姉妹がじゃれあっているようにしか見えない光景だった。


 結局リムに心ゆくまで胸を堪能され、ルナが息が絶え絶えになったところでようやく命令から解放された。

「ふぅ~…。疲れた…。」ルナは湯船につかりようやく一息つく。

 一方リムは「私も胸大きくなりたいな~…。」と何やらよくわからないが思いっきり凹んでいる様子だった。

「(それにしても、いったい私はどうなっちゃうんだろう…。)」ルナが先ほど命令に従わされたせいで不安が一気に増大していた。しかしながら負けるわけにはいかない。ルナは一層気を引きしめていくことにした。


 ・・・10分後。


「さて、そろそろ上がろうかな…。」とルナは立ち上がる。しかしリムの姿が見当たらない。どこに行ったかとあたりを見渡すとすぐに見つかった。

「ねえ。そろそろ上がらない?」ルナが訪ねても返事がない。よく見てみると

「きゅ~…。」リムはのぼせていた。

「はぁ…。」ルナはため息をつきながらリムを抱きかかえて脱衣所に運び、自分とリムの体をタオルで拭いた後にリムが回復するまで待つハメになった。


「ごめんねおねえちゃん。ほかの人とお風呂入るの久しぶりだからちょっとはしゃぎすぎちゃったみたい。それとありがとね。」

「一緒じゃないと部屋に戻れないでしょ?だから待っただけだよ。」

 と、そんなことを言いながら部屋に戻る二人。

 ふとリムは疑問が浮かぶ。「(なんで逃げなかったんだろ?)」

 ルナはリムがほっとけなかったのもあるがそのとき逃げるということをすっかり忘れていた。


 部屋に戻って数分。二人は完全に沈黙していた。

 というのも話す話題もない。部屋にあるのは大きなベッドのみ。何もやることがないのだ。

 そんな中リムが口を開く。

「…。暇だね…。」

「…。そうだね…。」

「「…。」」

 昼食、お風呂と過ごしてきたが、そこまで時間がたっておらず、部屋からはわからないものの日は高い位置にある。

「ねぇ…。ここから解放してくれない?」

「ダメ。だけど、ここまで暇だとお互いつらいよね…。」

「「…。」」


 急にリムが立ち上がる。

「あっ!そうだ!こんな時はお茶にしよ!」そう言ってリムは再び部屋を出て、カートを押して戻ってきた。カートの上にはティーセットとクッキーがあった。

「んふふ~♪やっぱり甘いものってテンションあがるよね~。」そう言いながらポットからお茶を注ぐリム。

「特製ブレンドの紅茶と、紅茶を使ったクッキーだよ。私のお気に入りですっごくおいしいから食べて!」

 そういわれてルナはまず紅茶を一口飲む。「…!これすっごくおいしい!」

「そーでしょー?」

 さらにルナはクッキーも食べ「…!これもおいしい!お茶にも合うね!」と絶賛する。

「おかわりあるからどんどん食べていいよー。」

 ルナは夢中で食べる。その姿を見ているリムがニヤリと笑っていることに気付かずに…。


「ふーっ!おいしかった!」ルナは満足気な顔をしていた。

「ふふふ…。そんなにおいしかったんだね。」意味深な声色でそう言われてルナがリムを見る。その表情はあどけない笑顔だったがその笑顔に悪の一面を感じ取ってしまった。

「な…。どういう意味?」ルナが恐る恐る訊ねる。

「いやだってさ。何の警戒もしないで紅茶とクッキーを楽しんでたからさ?朝食のときは警戒してたのに。」

「ま…まさか紅茶とクッキーに何か盛っていたの!?」ルナは震える。

 それに対してリムは「薬なんて入れてないよ。」

 ひとまずホッと胸をなでおろすルナだったが

「でもおいしかったよね?の紅茶とクッキー。」

「!!!」

 そう聞いて急いで食べたもの吐き出そうとするルナ。しかしすでに吸収されてしまったのか吐き出すことはできなかった。

「やっぱり血液っておいしいでしょ?ねえ?お・ね・え・ちゃ・ん?」

 その言葉を聞いた瞬間、何かにヒビが入る音がした。


 血液がおいしく、気づかなかったとはいえ自分から進んでとってしまった。それによって大きなショックを受けたルナ。それはしばらくの間ルナが指一本動かせなくなるぐらいの衝撃だった。


 時が過ぎ夜・・・


「おねえちゃーん…。晩御飯だよー…。」

 リムのテンションが低いのも無理はない。結局その後のルナは放心状態で目から光が失われ、リムの声に反応すらしなかった。リムもそんなルナを見るに堪えなくなり部屋から飛び出した。

 ちょっとやりすぎたと反省している。

 ただ、先ほどと違ってルナはリムの声に反応してリムの方を見た。目には弱弱しいものの光が戻っている。

「ごめんね?おねえちゃん。もちろん許してくれないよね…?」

 リムはひどく申し訳なさそうな表情である。

 それに対してルナも話を返す。

「別にいいよ…。あなたは魔族。私はその罠にはまった哀れな獲物。それだけなんだから。」

 リムは内心ほっとしつつ複雑な心境だった。

「(心が壊れてなくてよかったけど、完全に心が折れた様子じゃないなぁ…。)」

 今日の夕飯のメニューは皮のむかれた林檎とワイングラスになみなみと注がれた血液のみだった。

「ほんとなら血液だけの予定だったんだけど、昼間のお礼とさっきのお詫びを兼ねて林檎を足したの。」

 ルナはゆっくりと林檎を口に運ぶ。

 林檎を食べ終えるとワイングラスに自らの意思で手を伸ばし血液を飲み干した。

 このときリムは気づかなかったが、ルナは無意識に口元を歪ませた。順応している証拠である。

「あれ?おねえちゃん。自分から血液を飲むなんてね。」とリムは驚くが

「あなたに負けないよ。そのためにあえて飲んだの。」その目には光が戻り、抵抗の意思がはっきりと感じられた。

「(ふ~ん…。あのおやつで吹っ切れたのかな?)」

 そんなことを考えながらリムは食器を片づけるために部屋を出た。



「ふぁ~ぁ…。そろそろ寝ようかな…。」ルナは盛大なあくびをしながらベッドに向かう。

「今夜はまだ寝かせないよ~!」間一髪でリムが部屋に入ってきた。

「…何?」眠かったルナは思い切り不機嫌そうな顔で要件を尋ねる。

「おねえちゃんは眷族化の呪縛にまだ縛り切られてないから寝る前にちょっと調教(?)しなきゃと思って。もちろんいやだと言わせないよ?というか逃がさないからね?」

「zzz…。」ルナはリムが要件を言ってる隙にベッドに潜り込み寝ていた。

「ちょっとー!寝かせないって言ってるでしょー!」リムは無理やりルナから布団を引っぺがし、ベッドから引きずり下ろした。


「…。」ルナはジト目でリムを見る。

「そんな目で抗議の視線送られてもこっちだって予定とか順序とかあるから中止できないよ。それにいくら私が優しくてもおねえちゃんの今の立場は囚われの身なんだからね?他の所だったらもっとひどい目にあっててもおかしくないんだから運が良かったぐらいには思ってよね!」

 そういって一つ溜息をつきつつ調教を始める。


「まずは私の名前をちゃんと呼んでくれないとね。おねえちゃん。私の名前は覚えてるよね?」

「…。忘れた。」ほんとは覚えてるのだがあえて嘘をついた。

「そんなー!」リムはかなり凹んでしまった。

「ひどいよー…。二日間ほとんどずーっと一緒にいたんだよ?覚えててくれてもいいじゃん!…まぁ、いいよ。私の名前は『リム=ナイトメア』だよ。リムって呼んでほしいな。」

 ルナは何かを察知していた。何も名前を呼ばせることに執着する必要はないはずであるのになぜそこに固執するのか。

 それはリムの狙いであった。名前を呼ばせることで主従関係を確立し今後の命令に従わせやすくするためであった。つまり名前を呼ぶことは急速に眷族化が進み、命令に抗いづらくなる。

「ねえ。返事は?」リムは返事を求める。

「イヤ。絶対にあなたの名前なんか呼ばない。」ルナは抗う。

「そう。じゃあ『命令。これからは私のことを名前で呼ぶこと。』」

「絶対に呼んだりしない!」

「ふふふ…。おねえちゃんの意思なんて関係ないよ。『私の名前を呼んで?』」

 そうするとルナの口が勝手に動き始める。

「うぅ…ぐうぅ…絶対に…負けない…!」ルナはリムの名を口にしそうになるも必死に歯を食いしばり抗う。

「ん~…強情だな~。『私の目を見て?』」と、リムは追加で命令を出す。

 ルナは目をそらそうとしたものの、命令の効果で一瞬だけ目を合わせてしまった。

 その一瞬をリムは逃さなかった。

「『魅了チャーム!』」リムは魔眼を紅く光らせた。ルナは一瞬だがまともに受けてしまった。

「かかったね?今すごく私の名前呼びたいんじゃない?」

 ルナの思考能力はかなりリムに奪われてしまい、命令に従いたいという気持ちが頭に浮かんでくる。

「(命令に従って…名前を…呼びたい…。イヤ…ダメ!)」

 ルナはその誘惑の中でも必死に頭の中で抵抗をする。

「さ、早くラクになろ?」リムは畳み掛ける。

 ルナの体が頭の中での抵抗に反して、再び口を動かす。

「うぁぁ…。り…、り…。」

「そうそう。もうちょっとだよ。がんばれ~。」ルナが堕ちるように応援して背中を押すリム。

「r…、絶対にあなたの名前なんて呼ばない!」ルナが叫ぶ。

 ルナはなんと眷族化の呪縛と魅了の魔眼という二つを跳ね除けた。

「うぅ…。すごいなぁ、おねえちゃん…。」

 リムはまさかここまでルナが抵抗できることを予想していなかった。

「はぁ…はぁ…。」ルナはかなり疲弊している。

「ねぇ。おねえちゃんの名前。教えてよ。」とリムはルナが疲れているところで名前を聞き出そうとする。

「教えるわけないじゃない。」ルナは当然のように返す。

「やっぱりダメか~。疲れてるし、呪縛に打ち勝って気が抜けてる今ならって思ったんだけどな~。」リムはいけると思っていたのか悔しがっている。

「でもいいよ。明日は絶対おねえちゃんの名前を聞き出してあげるんだから!でもそのためには仕込みが必要だね。」

 リムがそういうと『動くな』とルナに命令を出す。

 ルナは疲弊していてそれに抗う力は残っておらず動くことができなくなってしまった。

 リムはルナに近づき…

「いただきまぁ~す」といって首筋に牙を突き立てた。

 ガブッ!ジュルジュルと音を立てながら血を啜るリム。

「ふみゅぅ~…んぁぁ…んくぅぅ…///」

 ルナは吸血の快感に声を上げることしかできない。

「ぷはぁ~。」とリムはルナの首筋から口を離す。

「ぁ…。」とルナは物足りなさそうな目でリムを見ていた。

「ふふふ…。もっと吸ってほしそうだね…。でもダ~メ。今日はおしまい。明日吸ってほしくなったら遠慮なく言っていいからね?」

 リムは悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「それじゃあおやすみ~♪いい悪夢を見れるといいね!」

 そう言ってリムは部屋の壁を抜けていった。


 リムが部屋を出た直後にルナは膝からくずおれる。

 吸血によって引き起こされる貧血と疲労で少しの間立ち上がることができなくなっていた。

「(少しでも多く寝て体力を回復させないと…。さもないとこのままじゃ…)」

 そう思って気力を振り絞ってベッドに戻る。

 ルナはそのまま夢の海に沈んでいった…。

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