#1 部屋と魔法少女と闇の少女

「…ぅ、ぅーん?」

 ルナが気が付いたときには部屋のベッドの布団の中であった。

「ここは…どこ?」

 まだ思考が鈍っているルナでも、一目見ただけで今自分がいる部屋が魔法少女学園の寮の自室ではないことは明白であった。

 ルナはベッドから起きて部屋を見回し、今自分がどこにいるか手がかりがないか観察する。

 今しがたルナが寝ていたベッドは天蓋つきの大きなベッドで、三人がベッドに入っても十分広く快適に眠れるであろうサイズであった。

 天井にはシャンデリアがあり、部屋の中を明るく照らしていた。

 しかし、それ以外の家具などがなく手ががりになるようなものは一切なかった。

 何か見落としがないかルナはもう一度入念に部屋を見回す。すると、ある奇妙なことに気が付いた。

「(あれ…?この部屋に窓もドアもない…?)」

 そう。部屋に人が入るための出入り口らしきものが一つもなく四方が壁に囲われている部屋だったのである。

 もちろん部屋の中にいるのだから、出入りする方法は必ずある。

「(魔法か何かで隠されてるのかな?)」

 ルナは壁や床も調べていく。本来ならば魔法で調べるべきところであるが、魔力が残り少ないことと何が起こるかわからないことから温存しなければならない。時間はかかるが手作業で探る。そんな作業を10分やってみたものの、何も見つからなかった。

「(そもそも、なんでこんなことになってるんだろう…?)」

 ルナは記憶をたどる。

「(えっと…森の調査をしてて…何もなかったから帰ろうとして…なかなか出口につかなくて…そしたら茂みからコウモリが…それで…)」

「あっ…あの子!」

 思わず声が出てしまった。ルナはあの邪悪な笑みを浮かべた謎の少女がこの状況を作った犯人であると気づいたのである。

「(でも、どうして…?そしてあの子は今どこに…?あの子はいったい…?)」

 瞬時に様々な疑問が頭に浮かぶ。その時だった。

「あ!目をさましてたんだね!おはよう。おねえちゃん。」

 いつの間にか見た目の年齢相応の無邪気な笑顔を浮かべたその少女が目の前にいた。

「…っ!」ルナは即座に飛び退き、距離をとる。

「そんなに警戒しないで?おねえちゃん?」

「あなたはいったい誰?なんでこんなことを?それよりあなたは何者なの!?」

 矢継ぎ早に質問をするルナを少女は

「まぁまぁ、落ち着いて?まずは自己紹介させて?」といさめる。

「私は『リム=ナイトメア』っていうの。気軽にリムって呼んでね!」

 そう言ってリムは笑いかける。

「それで、あなたはいったい何者なの?」ルナは警戒を続けながら質問をする。

「もぉ~リムって呼んでよぉ…。むぅ…。」

 リムは頬を膨らませる。

「まぁいいや。私は『吸血鬼』だよ。おねえちゃん?」

「なっ…!?」ルナは驚く。

 魔物は知能が低く危険なものも少ないが、吸血鬼は知能や戦闘能力が高い魔族に分類される。その中でも吸血鬼はトップクラスの危険度を誇る。

 もちろん実戦経験のないルナが一人で戦って敵う相手ではない。それどころか熟練した魔法少女や騎士などが数人で挑んでも餌食になる場合がある。

 ルナはここで改めてリムを見るがそんな特徴は一切見えない。

 ルナが怪訝な表情をしていると、

「あ、そうか。今は人間の状態に擬態してるからわかりにくいよね。」

 そう言ってリムは擬態を解いた。

 ルナが再度改めてリムを見る。

 髪は金髪のツインテールで容姿は幼く、身長も低いため10歳前後にしか見えない。ここまでならば人間にしか見えないのだが、耳は先端が鋭く尖っていて口元には牙が覗いている。瞳の色が紅く、瞳孔は縦に長い。これは『魔眼』と呼ばれていて、成人している魔族の証である。そして、背中にはコウモリの羽が生えていた。

「どう?立派な吸血鬼でしょ?」リムは小さな胸を張る。

「おねえちゃんは何日か前からあの森に来てたでしょ?実はずーっと見てたんだよねー。」

「(そんな…。全然気づかなかった…。気配すら感じさせないで私を見ていたなんて…。)」

「おねえちゃん?私が見てたって言っても使い魔のコウモリを通して見てただけで、私が直接見てたわけじゃないからね?」

「(コウモリじゃ気配は感じないか…。)」ルナは気配を感じなかった理由に納得した。

「それでおねえちゃん。私がここにおねえちゃんを攫ってきた理由なんだけど、」ルナの一番の疑問だったことにリムが答え始めた。

「一つはね、私ずっと独りだったから寂しくて、それで私の家に連れてきたの。餌の人間は結構いるんだけど、みんな私と喋ってくれなくて…。おねえちゃんなら喋ってくれるんじゃないかなって思ったからなんだ。」

「うーん…。寂しいから話し相手が欲しかったのはわかるんだけども、無理やりはよくないよ?」ルナはリムの感情に理解を示しつつも、よくないところを指摘する。

「うん。そうだね。でももう一つ理由があるの。それは、おねえちゃんを吸血鬼にするためだよ!」リムはルナを襲った時と同じ邪悪な笑みを浮かべた。

「!!!」ルナは自分を吸血鬼にすることが一番の目的だと悟った。

「なんで?私じゃなくてもいいじゃない!」

「おねえちゃん…。その発言はどうかと思うよ?」

 ルナの発言に関してなぜかリムが正論を返す。リムも他人のことを言える立場ではないが…。

「でもね、おねえちゃんだから吸血鬼にしようと思ったんだよ?」

「どういうこと?」

「誰でもいいわけじゃないんだ。まずおねえちゃんが一人で森にいたこと。そして、おねえちゃんの適正がすっごく高かった。それでおねえちゃんを連れてきたの。」

 ルナは知り得ないことだが、魔族になる適正が高かったため狙われてしまったということである。リムは続ける。「おねえちゃんは吸血姫ヴァンパイアプリンセスって知ってる?」

「ヴァンパイアプリンセス?」

「そう。文字だと吸血の姫って書くけど読み方は『きゅうけつき』だから普通は一緒にされちゃって基本はあえて区別しないらしいんだけど、実際は吸血鬼と少し違うんだよね。だから特に区別するときはヴァンパイアプリンセスって私たちは呼んでるんだー。」

「私たち…?あなた独りって言ってなかった?」ルナはなぜかツッコミを入れる。

「私たちっていうのは吸血鬼全体のことで、私は独りだよ。」リムもなぜか律儀に答える。

「それで話を戻すけど、吸血姫ヴァンパイアプリンセスっていうのは私みたいな普通の吸血鬼じゃないんだよ。吸血鬼という種族のなかでは一番上の種族なんだー。普通の吸血鬼は日光に当たったら人間並みの力しか出せなくなるけど、吸血姫は通常の吸血鬼ぐらいの力は出せるし、回復力も段違い。それに普通の吸血鬼にはない特殊能力もあるらしいんだよ。私もそこまでは詳しく知らないんだけどね。」

「それでなんでこんな説明をしてるかというと、おねえちゃんは吸血姫おひめさまになる素質があるからだよ。だからおねえちゃん…。吸血鬼…ううん。にしてあげるね!」そう言ってリムはルナに襲い掛かる!

「いやぁ!」ルナはそれを間一髪のところで躱す。

「サンダーアロー!」ルナはすかさず魔法を放とうとしたが何も起こらなかった。

「なんで魔法が出ないの!?」ルナは焦る。

「あはははは!この部屋は魔族以外一切魔法が使えない特殊な部屋なんだ!だからおねえちゃん。無駄な抵抗はやめて私に体をゆだねてほしいな。」リムはゆっくりとルナに近づく。

 ルナは後ずさりするが、

 ドンッ・・・

 ついに背中が壁についてしまった。

「もう逃げられないよ?」リムは再び襲い掛かる!

「くっ…!」ルナはそれをすんでのところで再び回避した。

「もう…。逃げないでよ!」そう言うとリムの紅い目が光る。

「(!?)」その瞬間ルナは指一本動かせなくなった。

「ふぅ…。最初からこうすればよかった・・・。」

「いったい何をしたの!?」

「ふふふ…。私の魔眼の効果でおねえちゃんを動けなくしたの。これで抵抗も逃げることもできないでしょー?」

 ルナはこれから起こることを想像し恐怖していたが、魔眼により震えることすらできない。

「大丈夫。そんなに痛くないし、痛かったとしても最初だけだから…。」リムはそう言って邪悪な笑みを再び浮かべ獲物ルナに近づく。

「ひぃぃぃぃ!」ルナは悲鳴を上げることしかできない。

 リムはルナをあやすかのように「怖くない…怖くないよ。」と声をかける。

 そしてルナを抱きしめた。

「いたたきまぁーす…。」

「いやあぁぁぁぁ!」これがルナが人間として出した最後の声となった。

 リムはルナの首筋へ牙を突き立てる。

 ガブッ!ジュルジュル…ゴクゴク…

 リムは喉を鳴らしながらルナの首筋から吸血していく。

「ぁ…んぁっ…んぅ…」ルナは吸血によって恍惚と多幸感による快感に襲われ、喘ぎ声をあげる。血液が吸われていくともに体温も奪われていく。それと同時にリムから吸血姫化のための魔力が送られているのを感じた。その心地よさにもっと吸ってほしいという欲求が芽生える。

「ぷはぁ…。ふふふ、おいしい♪」リムは満面の笑顔を浮かべる。

 ルナは意識が朦朧とした状態になっていた。

「ねえおねえちゃん。もっと吸ってほしい?」

 ルナはその欲求に駆られながらも

「い、いやだ…」と抵抗する。

「ふーん。そっかぁ…。精神力が強いんだね…。」リムは少しがっかりする。

「でも、これでおねえちゃんは人間じゃなくなって少しずつ吸血姫に変わっていくからね!楽しみにしててね!うふふふふ…あははははははっ!」

 ルナはリムが嗤う声を耳に受けながら再び意識を手放した。


 この時、ルナのは終わり、そして闇の姫ともいわれる吸血姫へ堕ちていく一歩を踏み出した。

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