第二話補記:浅葉なつ、もうひとつの電撃ディスカバ:Reポート

 その日、和ヶ原は朝からキラキラに輝いた顔をしていました。

 東京組の出発は朝早かったはずなのに、眠さひとつ見せず、ノリノリで電撃マガジン用の撮影を終えた後、長船駅に到着して少し時間を潰そうとなったときには、ウキウキ唐揚げを頬張り、鍔のモチーフを見つけては写真を撮り、寒いなあ(2月)と缶コーヒーを啜っている我々を置いて、あっちへうろうろこっちへうろうろして、どうにか昂る感情を抑えようとしているようでした(我々はそれを冷静に観察していた)。しかしそれも無理はありません。博物館や美術館で刀剣を鑑賞し、学芸員や保存協会の方とお話しすることはできても(それもとても貴重な体験なのですが)、その作り手である刀匠さんに直接、しかも独占的にお話をお伺いできる機会など、なかなかあるものではないのです。


 現在、全日本刀匠会には二百名弱の刀匠さんが名を連ねています。つまり全国にそれだけの人数しかいらっしゃいません。刀鍛冶になるためには、刀匠資格を有する師匠の下に弟子入りし、五年以下の修業期間が必要になります。その間、アルバイトなどができる時間も十分ではなく、経済的にもかなり厳しくなるため、志す人も多くはありません。為政者の権力の証であり、戦いの道具であった刀は、当時こそ全国に工房が構えられて量産されていましたが、美術品という位置づけになった現代においては、それを作り出す人間そのものが少なくなってしまいました。刀匠さんの主なお仕事は、当然「刀を作る事」ですが、実は古い刀の修復や、写し※や生ぶ※の作成も含まれます。今の技術でできる最高の刀を作り続けるとともに、幾多の困難を潜り抜けて現在まで伝わった刀を守り、伝え続けていくこと、それもまた刀匠さんたちの大切なお仕事なのです。



 私と和ヶ原が打ち初め式(前回のレポート参照)で見学した古式鍛錬は、「古式」だったので、三人体制で行われました。実際に鞴(ふいご)を拭きながら火加減を見る人(ベテラン刀匠)と、その相槌を打つ二人(若手刀匠)です。しかし川島刀匠を訪ねた際は、お一人で作業をされていたので、相槌を打ってくれる人がいません。どうするのかなと思っていたら、不意に相棒をご紹介していただけました。

 「これが坂本くんです」

 そう言って川島刀匠が示したのは、和ヶ原がレポートの中で「ハンマーが付いた機械」と言っているあれです。工房の片隅に佇む機械に、まさか名前が付いているとは……!

 どうやら「坂本鉄工所」という会社で作られた機械なので、坂本くんと名付けられた様子。……わかります、わかりますともその気持ち。愛用の道具には名前をつけたくなるんですよね。そういえば私も、仕事に使うノートパソコンは、レッツノートちゃんと呼んでいます。レッツノートってそのままのブランド名なんですが、ちゃんをつけるだけでなぜだか湧き上がる親近感。そんなことを考えながら、坂本くんと鍛錬を続ける川島刀匠の姿を見ていると、ふと思い出したことがありました。それは、能の演目のひとつである「小鍛冶(こかじ)」です。


 昔、三條(条)小鍛冶宗近は、一条天皇の命により御剣を打つことを命じられます。しかしその時、宗近の元には相槌を打てる者がおらず、かといって天皇の命を断ることもできず、困った宗近は、氏神である稲荷明神に助けを求めて参拝しました。するとそこに稲荷明神の化身が現れ、自分が相槌を務めようと言ったのです。


 宗近が相槌を導くように「はった」と打てば

 続いて稲荷明神が「ちょう」と打つ。

 打ち重ねた一人と一柱の鎚の音は、天地に広く聞こえたといいます。


 そうして出来上がった剣の表には「小鍛冶宗近」、裏には「小狐」と銘が切られました。そうして、神と人の合作である「小狐丸(こぎつねまる)」※が誕生したのです。


 日本には昔から、長い年月を経た道具には、神や精霊が宿るという考え方があります。もしかしたら、それは坂本くんにも当てはまるのかもしれません。無機質なベルト式のハンマーを、愛情をこめて紹介してくださった川島刀匠の作る刀は、きっと温かい魂が籠っているに違いありません。



 鍛錬の現場を見せていただいた時、ああそうか、これが「ものづくり」なんだ、と腑に落ちる感覚がありました。日本のものづくりといえば、世界に誇る技術が多くありますが、パソコンも、スマートホンも、道路を走っている自動車も、今でこそオートメーション化した部分もたくさんあるのでしょうけれど、「最初」を突き詰めていけばここにたどり着くように感じました。炎の色で温度を見極め、薄氷を割るような音を立てる炭と、鞴(ふいご)の風の音を感じながら、赤く熟した鉄の沸く音に耳を傾ける。静寂の中で、それらのすべてと一体になりながら刀を作るという作業は、千年以上前から日本で続けられてきた「ものづくりの根底」なのかもしれません。




※写し…すぐれた作品の作風を模倣して作ったもの。今はすでに現存しない刀を、押し型などから忠実に再現することもある。


※生ぶ…刀の作製当初の姿を再現したもの。(刀は研ぎ減って姿が変わっていくため)


※小狐丸…現在は所在不明だが、同名の刀(脇差サイズ、ただし宗近の折り返し銘あり)が石切劔箭神社に現存する。



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