第一話補記:浅葉なつ、もうひとつの電撃ディスカバ:Reポート

「刀について取材がしたい。そしていずれ、刀の話を書きたい」


 と、同期の和ヶ原から話を聞いた時、開口一番に私が言ったのは


「そ、それを今やるなら、かなり気合をいれないと……血の雨が降るぞ(意訳)」


 でした。



 今や刀剣を擬人化したゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」から発生したキャラクターが、紅白に出場する人気となり、刀の展示会場にはゲームユーザーである「審神者(さにわ)」たちが溢れています。かくいう私も沼にはまった一人であり、早々にゲームから刀そのものへと興味が移りました。詳しくは2018年の四月に寄稿した別冊文藝春秋をご覧ください。

https://books.bunshun.jp/articles/-/4184


 刀を展示すると聞けば、日本国内でやるなんてラッキー! という勢いで全国どこにでも馳せ参じているのですが、まだまだ初心者の域で、わからないこともたくさんあります。展示会で見かける審神者の皆さんは、「推し」に会いに来ているライトな層もいれば、ゲームには登場しない刀、刀派にまで詳しくなっている人たちもおり、単眼鏡でじっくり地金や刃紋を観察し、学芸員や保存協会の人と「金筋が綺麗で……」とか「のたれに互の目が……」などと専門用語を交えて会話している、そんな審神者も今や珍しくありません。中には自分たちで玉鋼から作って、刀になるまでを見届けた人もいれば、実際に刀を購入して愛でている人たちもいて、もはや「刀剣女子」などという括りが意味をなさないほど、完全なる刀愛好家を生み出しています。しかもそれが、一部ではなく意外と多いのです。


 テレビやネットのニュースでは、この現象を「空前の日本刀ブーム」などと呼んで、刀にフューチャーする番組も増え、カルチャースクールにも刀剣教室が進出しつつあります。そんな中で、ちょろっと調べた程度の、まさに付け焼刃程度の刀の話など書いた日には、現代刀匠や愛好家の方々、ひいては日本刀の歴史に失礼であることはもちろん、推しを愛する刀警察たちから、詰めの甘い部分に怒涛の総突っ込みが入り、作家仲間はおろか読者からも「ブームに乗っかったんだな……」とヒソヒソされることは目に見えていました。ゆえに冒頭の「血の雨が降るぞ」発言につながったのですが、和ヶ原の話をよくよく聞いてみれば、実は子どもの頃から刀が好きで、将来の夢が刀鍛冶だったとのこと。ならば余計に「ブームに乗っかった」と思われることは本意ではないだろうと思いました。


 では一体どうすればいいか。

 そのための方法はいくつかありますが、「丁寧に調べ、愛とリスペクトを持って題材を描く」こと以上に大切なものはありません。その点で言うと、「刀の取材がしたい(勉強したい)」と言いだした和ヶ原の初動はまったく間違っておらず、むしろ「いいぞもっとやれ!」と言えるもので、しかもバックに編集部がつくとのこと。これほど心強いものはありません。


 ばたばたと企画が決まり、編集部が取材の段取りを組んでくれているのを、私は指を咥えて見ていました。聞けば刀匠さんのところにもお邪魔するというし、刀匠縁の神社の宮司さんにも話を聞くとのこと。……羨ましい。ひたすら羨ましい。こんな気分になったのは、知り合いの審神者が一発で日本号(※)をドロップしたと聞いた時以来だ……。私がそんなやさぐれた心で、去年(2018年)京都国立博物館で開かれた「特別展 京のかたな―匠のわざと雅のこころ―」の図録を舐めまわしているとき、和ヶ原から取材に先駆けて打ち初め式見学のため、岡山に来ているという連絡が入りました。神戸在住の私にとって、岡山は新幹線で三十分。今まで刀のために東京やら福岡やらに出向いていたことを考えると、それは瞬間移動に等しい距離でした。「行く」と即答した裏には、そんな事情があったのです。


 備前長船刀剣博物館。

 私はこの博物館に来るのは初めてだったのですが、岡山の備前といえば(審神者たちにはおなじみ)伊達政宗の愛刀であった燭台切光忠らの長船派と、猫を切った伝説を持つ南泉一文字をはじめとする一文字派の故郷です。ちなみにこの長船派と一文字派は発生した場所も違えば作風も違うのですが、両方とも古備前という刀派を先祖に持ちます。


浅葉 「長船派といえば大般若、小豆、小竜、謙信……」


和ヶ原「俺はまだ一文字派を勉強するので精一杯」


浅葉 「一文字は、南泉……南泉………ナンセン」


和ヶ原「他には?」


浅葉 「南泉」


 という会話が、あったとかなかったとか。

 ちょうどいい、これを機会にちゃんと備前の刀を勉強しよう……。密かに誓った開館前でした。そしてこの後、私は一文字派が誇る『山鳥毛(さんちょうもう)』という国宝の刀を知ることになるのですが、それはまた別の回で。


 見学の内容については和ヶ原のレポートが詳しいので割愛しますが、古式鍛錬見学中、槌を振り下ろすと、「バンッ!!」という、何かが弾けるような物凄い音がすることがありました。私たちが「なんであんな音がするんだ。どういう仕組みなんだ」と首を捻っていると、隣にいた知らないおじさんが「あれは水をかけて水蒸気爆発を起こして、酸化被膜を取ってるんだよ」と教えてくれました。おじさんはよくここへ見に来ているとのこと。確か出雲にも行った(刀の材料である玉鋼は出雲で作っている)と、おっしゃっていたはず。相当なマニアです。その節はありがとうございました。こういう予想外の人との出会いもまた、現地取材の醍醐味なのです。


つづく



※日本号…天下三名槍のひとつ。かつて黒田家の家臣、母里友信が所持した大身槍。福岡市立博物館所蔵。浅葉の推し槍。

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