四八 プロダクションブレーブ 弐

「まぁ、そんなわけだから、ハルちゃんを手伝ってマネジメントもこれからはやって」


 刹那は顔を上げた。


「マネジメント?」


「ええ、声優を続けても充分時間はあるだろうから」


「何か複雑……」


「ね、姉さんよかったね!」


 無理に笑顔を作って刹那を盛り上げようとする。


「永遠、そんなにムリしなくていいから……

 でも、どうして副業・・じゃなくてマネジメントなの?」


 悠輝と結婚するなら、拝み屋に集中しろと言われそうなものだ。


「そもそも、それが目的でせっちゃんをウチの事務所に入れたんだもの」


「あたしにマネージャーをやらせたかったの?」


 刹那は本来裏方要員だったのだろうか。


「違います、社長はあなたに跡を継がせるつもりで所属させたんです」


「えぇ!」


 刹那は眼を見開いた。


「早紀おねえちゃんが継ぐんじゃないの?」


 永遠も驚いて口をポカンと開けている。彼女も刹那が跡取りとは考えていなかったのだ。


「いえ、私はいずれ独立するつもりなので」


「それって言っていいの?」


 社長の前だ。


「いいも何も、面接の時から早紀ちゃんそう言っていたし」


 ケロッとした顔で好恵が補足する。


「それって面接で言う? ってか、そんなこと言う人、採る?」


「それぐらいの覇気がなきゃ、この業界で生きていけないわよ」


「先輩は例外ですけど」


「あたし、生きていくつもりなんて無いから。早く辞めたいし」


 早紀が視線を向けると、遙香はヒラヒラと手を振った。


 それを見た好恵が、「辞めさせないわよ」とけんせいする。


「あの、それで、おじさんの責任が、どうして姉さんと結婚することになるんですか?」


 永遠は、刹那がブレーブの跡継ぎであることも驚いているが、それ以上に悠輝の責任の取り方が、刹那と結婚することなのか理解できないのだ。


「ん? 気になる?」


 ニヤニヤと好恵は笑みを浮かべる。


「それはそうでしょうッ、いきなり姉さんとおじさんが結婚するって話になってるんですよ!」


「そういう言い方すると、親近相姦感が半端ないわね……」


 ウンザリした顔を遙香がする。


「お母さんだって、もっと驚いたら……」


 そこで永遠はハッとした。遙香がこの事を知らないわけがないのだ。


「そりゃ、あなたたちのマネージャーだから」


 当然と言わんばかりの口調だ。


「おじさんも?」


 悠輝は、先程から眉一つ動かさず沈黙している。


「いや、おれは初めて聞いた」


「だったら、もっと動揺してよ!」


 悠輝は呆れ顔で永遠を見た。


「おまえはそんなに動揺するな」


「そうよ、おじさんと刹那が結婚したっておじさんは叔父さんだし、刹那は姉さんなんだから。声優を辞めない間は、ね?」


「もうすぐ辞める、みたいな言い方はよして!」


 遙香の言葉に刹那がまたもや悲鳴を上げる。


「そんなこと言わずに、マネジメントに本腰を入れなさい」


「その言葉、そっくりマネージャーに返します!」


「それには私も同意するわ」


「私もです」


 刹那のツッコミに間髪を入れず好恵と早紀が同意する。


「ハルちゃんには、せっちゃんを支えてガンバってもらわないとね」


 好恵の言葉に遙香は露骨に顔をしかめる。


「え~ッ、イヤですよ! 早紀ちゃんが起こした事務所と張りあうことになるんでしょ? 絶対に勝てません」


「また、そんなことを。先輩が本気を出したら、どうあがこうが私なんて一溜まりもないじゃないですか」


「本気を出せばでしょ? あたし、本気で働く気なんてないもの」


 お願いだから本気で仕事して、と呟く好恵の言葉を聞いて永遠が頭を抱えた。我が親ながら恥ずかしいのだ。


 その一方で、母が本気を出さないことを誰よりも祈っているのも永遠だ。遙香が本気を出したなら、オーディションでブレイブのタレントは全員合格し、営業も百パーセント成功するだろう。でも、それは絶対に間違っている。


 とは言え、永遠はTPOを考える。社長とチーフマネージャーの前で言うことではない。


「永遠もあたしが本気を出さないことを願っています」


 遙香の言葉に好恵たちの視線が今度は永遠に集中する。


「なんで言うのッ?」と彼女の瞳が母に訴えかける。


「あ、あの……やっぱり、ズルイって言うか……卑怯って言うか……その……」


「永遠はマジメだからね」


 刹那は苦笑した。


 溜息を吐きつつ好恵はぼやく。


「まぁ、永遠ちゃんを人質に取っている限り、ハルちゃんも多少は仕事してくれるから良しとしましょ。それだけでも、ウチは大助かりだわ」


「わたし、人質なんだ……」


 思わず永遠が呟いた。


「何より副業をするときの安全性が段違いだし、今まで以上に高値を吹っかけられる」


「そんなコトしてたの、おばさんッ?」


 刹那が眼をみはる。


「ハルちゃんの人件費まかなわなけりゃならないし、それに以前よりも厄介な案件も受けてるからね」


 たしかに遙香がいれば、たいていの案件は解決できる。しかし、なんと言っても彼女は基本やる気がない。


「あたしは安くないのよ」


 遙香が胸を張る。


「そ、安くないの! だから、あなたが鬼多見さんと結婚してくれると、叔母さん・・・・は安心なのッ」


 唐突に結婚の話題に戻り刹那の顔が引きった。


「な、何でそうなるのよッ?」


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