四八 プロダクションブレーブ 壱

 笹田みくの一件に片が付くと、好恵はブレーブに鬼多見を呼び出し、その場に刹那と永遠、それにチーフマネージャーの早紀と、御堂姉妹のマネージャーの遙香も同席させた。


 呼び出しの理由は、刹那の背中に残る傷跡について、悠輝にどう責任を取らせるかを伝えるためだ。この時点で刹那もその内容を把握していなかった。


 みくについては、警察沙汰になると森川萌華が出演していたアニメが打ち切られる可能性がある。それはフューチャードリームも、生命いのちを狙われた柳生エレン自身も望んでいなかった。


 そのため警察に通報しない代わりに笹田みくは事務所との契約解消、表向きは急病扱いの引退だ。色々憶測を呼ぶだろうが、真相よりはマシだとフューチャードリームは判断したらしい。


 みくがこのまま大人しくしていれば良いが、彼女の性格を考えるとそうはいかないだろう。


 だから遙香が細工をした、彼女が誰かに殺意を抱くと全身に激痛が走り自分が殺される幻覚を視る。本人がその事に気が付くのは、実際に殺意を抱いたときだ。


 この処置をみくに施したとき、遙香の顔に冷たい笑みが浮かんでいた。


 打ち合わせ直前の捕物になってしまったが、『デーヴァ』の製作スケジュールに影響はない、アフレコも予定通り来月から始まる。


「さてと、鬼多見さん、先だって言ったことを覚えてますね」


 好恵が穏やかに言った。


「ええ、御堂が大怪我を負ったのはおれの責任です。どんな責めも受ける覚悟はできています」


 好恵は社長用のデスクに座り、その左右に刹那と早紀が立ち。三人の真正面に悠輝は立っている。


 そして何故か遙香は応接用のカウチにふんぞり返って座り、永遠は所在なげに部屋の隅に立って様子を見守っていた。


「そんな大げさな……」


 刹那が悠輝の大業な物言いに言葉を挟んだ。


「大げさじゃないだろ? おまえはブレイブの大事な商品だ、それがおれのせいできずものになった」


「別におじさんが何かしたわけじゃないじゃ……」


「何もしなかったのが問題だ。本来なら朱理を守るのはおれの務めなのに、いなかったせいでお前が……」


「違うわ、あたしの務めよ」


 カウチでふんぞり返っていた遙香が首だけ悠輝に向けた。


「あたしが担当のマネージャーで、あたしが母親なんだから」


「でも、姉貴はあの時……」


「ハワイにいたわよ。だからって、朱理を守る義務から解放されてたわけじゃないわ。

 まぁ、刹那を疵物にした責任はあんたが取りなさい」


「朱理の責任は?」


「だから、そっちはあたしよ」


 悠輝は眼をすがめた。


「マネージャー、あたしの責任も持って……」


 刹那が淋しそうな顔をして自分を指さす。


「まぁ、ハルちゃんはとにかく仕事して。声優部門に移籍を希望しているが、二〇名以上ほったらかしなんだから」


 好恵の言葉に遙香は眼を閉じて溜息を吐いた。


「わかりました、この話が終わったら早速面接の手配をして、どのを移籍させるか決めます」


「ちゃんと面倒見てよ」


「はい……」


 早紀が思わず微笑む。


ねんの納め時ですね」


「早紀ちゃんの意見も聞かせて」


「先輩、そんなこと言って、全部私の言った通りにするつもりじゃありません?」


 遙香はニヤリと笑った。


「イヤねぇ、あくまで参考よ。チーフマネージャーの意向を無視できないじゃない? たまたま一致することは大いにあり得るけど」


 遙香は驚くほど労働意欲がない。


「それじゃあ、鬼多見さんの責任の取り方ね」


 好恵は言葉を止めて悠輝の眼を見つめた。


「在り来たりだけど、せっちゃんの面倒を一生見てもらおうかしら」


「はぁッ?」


「えッ?」


 御堂姉妹が同時に声を上げた。


「な、な、な、な、なに言ってんのよッ、おばさん!」


 顔を真っ赤にして刹那が詰めよる。


「何って、『せっちゃんをお嫁にもらって』て言ったのよ」


「だからッ、なんでそうなるのッ? あたし、アイドルよ!」


「いや、違うでしょ。永遠ちゃんは、間違いなく声ドルだけど」


 好恵は涼しい顔で刹那に答える。


「そういう問題じゃなくてッ。ってか、事務所がそんな責任の取り方させる?

 あたしの人権は? そもそも親だって……」


「せっちゃんの人権はともかく、お父さんたちには許可を取ってあるわ」


「なッ?」


「もうハルちゃんの能力ちからに頼らないんでしょ?」


「そ、そうだけど、それが……」


 話が突然変わり刹那は戸惑った。


「つまり声優を辞めるってことよね?」


「いや、辞めないから!」


「う~ん、難しいわね」


 と言って早紀に視線を向ける。


 早紀は溜息で同意を示した。


「ちょっとッ、早紀おねえちゃん!」


「今までのオーディションの結果からも、遙香先輩の力抜きでは、今後の活動は絶望的です」


 感情のない冷静な声で早紀は答える。


「マネージャーッ?」


 今度は遙香に刹那は助けを求めた。


「そんな顔しないでよ。あたしの助けも座敷童子の能力ちからも使わないんじゃ、どうにもならないわ」


「断言しないでよ」


 刹那は涙目だ。


「ね、姉さん……」


「永遠ぁ!」


 期待を込めた眼差しを妹に向ける。


「……………………………」


 何とかフォローしようと言葉を探したが、何も見つかないのだ。


「なにか言ってぇ!」


「ごめん……」


「あやまらないでよぉ!」


 刹那はガックリと肩を落とした。


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