三八 智羅教道場
壷内玄馬は
ここは……道場?
何が起こった……私は一体……?
「どう? いい夢視れた?」
視界に真藤遙香が入ってきた。
「貴様はッ?」
玄馬は身を起こした。意識が一気にハッキリし、記憶が蘇る。
私は……
スサノオに頭を握りつぶされたのだ。
生きている? だとすれば今までのは……
「お前が幻覚を視せたのかッ?」
遙香は冷笑を浮かべ見下ろしたままだ。
「「何が可笑しいッ、いつから私に幻覚を見せていたッ?」」
遙香が玄馬に合わせて同じことを言う。
「「
また真似をする。
「「小娘が、いい気になるな!」」
玄馬は拳を振り上げようとしたが、身体が動かない。
「クッ」
遙香が呪術を使っているのは間違いないのに、玄馬は何も感じない。もし自分に
そうか、まだ幻覚を視せられているのだ!
玄馬は唇を噛みしめた。皮膚が破れ血が出ても何も変わらない。
「うぅ……」
不意に身体が軽くなった、遙香が呪を解いたのだ。
「自傷行為をしたいなら、好きなだけやりなさいよ」
玄馬は遙香を睨み付け、懐から
「グァッ」
匕首を握った手には己の肉を突き刺す感触が、大腿部には鋭い痛みが走った。
しかし、何も変わらない。
「「そんな……」」
また遙香が玄馬の言葉を真似た。
「プッ、ククク……」
遙香が思わず吹き出す。
「「何が可笑しい」」
また、まったく同じタイミングで言葉を被せてきた。
「そりゃ笑いたくもなるわよ。五回も繰り返してるのに、一度も台詞が変わらないんだから。台本を暗記しているの?」
何を言っているんだ
そこで玄馬は恐るべき可能性に気付いた。
「理解するタイミングも一緒ね」
「「貴様、私の記憶を消しているのか?」」
「フハハハハ……!」
遙香は高らかに笑った。彼女は玄馬の思考を読んで同じことを言っていたのではない。彼が言ったことを覚えていただけなのだ。
五回? 同じ事を五回もしていると
「そろそろ飽きたから思い出させてあげるわ」
遙香はパチンと指を鳴らした。その途端、玄馬の頭に一気に記憶が溢れ出した。
先ほどはスサノオに頭を鷲づかみにされて砕かれたが、その前は剣で突き刺されていた。その前は両腕を引き千切られ、更に前は遙香に焼き殺されていた。一番最初は先ほどと同じくスサノオに頭を握りつぶされたのだ。
その度に玄馬は生返り、今のように遙香と対峙して幻覚であることを知る。そして幻から逃れようと己を傷付けるが上手く行かない。
「痛みで幻覚を破れるわけないでしょ? だってあんたが持ってるその匕首も幻なんだから」
玄馬は己の腕に噛みついた。匕首が幻なら己自身の歯なら……
「フフフ、本当にバカねぇ、あんたの身体その物が幻だって解らない」
その言葉にハッとして、歯形だらけの自分の腕を見つめる。
間違いなく痛みがある、とても幻とは思えない。
「そんな……」
この幻覚からは逃れられないのか……
「気休めにもならないかも知れないけど、あんた、結構がんばったわよ。
悠輝ですらあたしの『侵入』に
満留は一瞬だったのにね。さすがは師匠ってことかしら、大したことは教えてないけど」
そこで遙香は思い出しように付け加えた。
「ちなみに法眼には『侵入』できない。
というか、アイツはできたと錯覚させるから、本当に成功したか判らないのよね。
残念だけどあたしと法眼は、あんたとは格が違うのよ」
大きく玄馬は
絶望の中で更に記憶が蘇る。
そもそも迦楼羅を送ったのが間違いだった。鵺と共に鬼多見悠輝を苦しめた巨鳥だが、遙香にはまったく歯が立たなかった。
吹き掛けた炎は返されて迦楼羅を包み、雷撃でとどめを刺された。しかも遙香の攻撃はそれだけでは済まなかったのだ。彼女は式神を操る霊波をたどり、信者を操った。
迦楼羅はスサノオ同様、信者の霊力を利用して使役していた。信者たちは霊力を貯めた燃料タンクであると共に玄馬を守る壁でもある。
逆を言えば、遙香がその信者に細工をしても玄馬は気付きにくいのだ。
彼女はその隙を突き、信者たちを玄馬に気付かれないように支配した。そのため彼女はスサノオに襲われることなく、智羅教の道場にたどり着くことが出来た。
そして玄馬の精神に侵入したのだ。
「私の負けだ……殺したいなら殺せ」
「そんな野蛮なマネ、あたしがやるわけないでしょ。あんたの霊力を奪うだけで許してあげる」
玄馬は背筋が冷たくなるのを感じた。
「やめろ、やめてくれ!」
「だってあんた、霊力があったら
「しない、誓う、鬼多見には二度と手を出さない!」
「信用できないわ」
無邪気な笑みを浮かべる。だがそれは、トンボの羽をむしる時の子供の顔だ。
「他人の
楽しげな口調だ。
「ぐッ」
玄馬は己の中の何かが鷲づかみにされるのを感じた。
それと同時に周りの風景が変わった。いや、同じ智羅教道場だが、今まで姿が見えなかった信者たちが横たわっている。全員、意識を失っていた。
新たな幻覚……
違う、これは現実か……
「そうよ、もう幻覚は視せていない。あんたには現実を知ってもらいたかったから。
信じる信じないは自由だけど、幻であれ現実であれ、あんたは二度と霊力を使えないわ」
玄馬には遙香が事実を語っていることが判った。何故なら彼女には嘘を吐く必要などないからだ。
痛みが増す。肉体的な痛みではない、心が痛い。確かに耐えがたい恐怖を感じているが、この痛みはそれだけではない。あらゆる感情が溢れ出し張り裂けそうだ。
「う゛ぁあああぁあああああ!」
玄馬は悲鳴を上げた、苦痛のため正気を失いそうだ。
いや、いっそ失った方がましだ。だが、玄馬にはそれすら出来ない、遙香が許さないからだ。
身体中の穴という穴から液体が溢れ出す。
「ッぐ、おぁあぁあぁあぁうぉあぁあぁあ……
こ、殺してくれ……殺して……おね……おねがいします……」
涙と鼻水と脂汗でグシャグシャになりながら、玄馬は己の死を懇願した。
「だめ」
遙香が笑顔で見下ろしていた。
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