三七 稲本団地中央広場

 ガシャドクロの拳が永遠に向かって振り下ろされた。


「イヤぁああぁあああッ!」


 刹那の口から悲鳴が上がるのとほぼ同時に、ガンッという大きな衝撃音が響いた。


  もうダメ……あんなに固い音が……


 刹那は眼を閉じた。醜くつぶされた永遠の姿など見たくない。


  ん? 固い音?

 

 中央広場は地面だ、間に永遠も入っているのに、あんな固い音がするだろうか?


「お嬢様……」


 満留のリアクションもおかしい。


 刹那は恐る恐る眼を開くと、信じられない光景が飛び込んできた。


 永遠の頭上でガシャドクロの拳が止まっている。


 いや、見えない壁に阻まれているのだ。その証拠に、勢いよく振り下ろされた拳の小指と薬指が砕けている。


「裂気斬!」


 身を翻して永遠が叫ぶと、験力の刃がガシャドクロの巨大な膝を切断する。


 バランスを崩しガシャドクロの巨体は倒れ、バラバラになり大量の砂埃が舞った。


「朱理、遅い。もっと早く呼べ」


「イヤだよ、おじさんに頭の中見られるんだもん!」


「何だ? 叔父ちゃんに知られちゃマズいことでも考えているのか?」


「そ、そういうわけじゃないけど!」


 朱理に鬼多見の姿がダブって視える。


  これって……


 朱理に鬼多見がひようしたのだ。


「でも、頭の中をおじさんに覗かれるのはイヤなの!」


「別にいいじゃないか、知られてマズいことを考えてないなら。

 おれは、おまえのオムツまで換えているんだぞ。どんなことだって受け入れられる」


「ゼンゼンよくない!」


 鬼多見の姿がダブっていてもハッキリ判るほど、永遠の顔が紅くなった。


  それにしても緊張感ないよな……


 思わず気が抜ける。良く言えば物事に動じないということだが、もうちょっと何とかならないのだろうか。


「キサマ、『カルト潰しの幽鬼』?」


 姪と叔父がゆるいケンカをしているところに、壷内尊が割り込んだ。


「違う、おれは鬼多見悠輝。その中二染みたあだ名は、勝手にそいつが付けただけだ」


 と、倒れている満留に不満げな視線を向けた。


「フン、死に損ないが取り憑いたところで何ができるッ?」


「大した事はできないな。せいぜい、おまえをぶちのめす事くらいだ。

 それに取り憑いたんじゃない、憑依だ」


「うるさいッ。やれるものならやってみろ!」


 永遠の背後で、ガシャドクロのパーツが宙に浮き一斉に彼女に襲い掛かる。


 だが、先程と同じように験力で作られた壁に阻まれた。


「いつまで持つかな?」


 尊が不敵な笑みを浮かべる。


「その言葉そっくり返してやるよ、ノコノコ出てきたのが運の尽きだ」


 ガシャドクロの骨が今度は尊に向かって飛んでいく。


「ムダだ」


 骨は尊を避けるようにして方向を変え、再び永遠に向かっていく。


「念動を使っているわけじゃないな、パーツ一つひとつが式神なのか。

 じゃあ、戦法を変えればいい。

 行くぞッ、朱理!」


「うん!」


 永遠は空中に駆け上がった。


 ガシャドクロの骨が追跡ミサイルのように追って行く。


 巨大な掌が永遠を握りつぶそうと迫る。


「烈火弾!」


 掌が砕け散る。


「ウッ」


 尊が左手を押さえた。


  あれは……?


 刹那は身を起こして、自分と同じように地に伏してる満留に視線を向けた。


「気づいた?」


 彼女は無言で頷き、刹那の予測を肯定した。


「永遠、おじさんッ、ガシャドクロは壷内の身体に対応しているわ!」


 刹那が声を上げると舌打ちをして、尊が駆け寄る。


「黙れッ!」


 刹那を蹴ろうとするが、座敷童子が彼の脚に飛び付き、梵天丸はもう片方の脚に噛みつく。


「グッ。この死に損ないのクズどもが」


 乱暴に脚を振り、座敷童子と梵天丸を振り払うと、刹那を蹴り上げた。


「うッ」


 鳩尾みぞおちにつま先が入り、息が詰まる。座敷童子の腹部を傷付けられ、ただでさえ涙が出るほど痛いのだ。


「姉さん!」


 永遠がこちらに意識を向ける。


  あたしはだいじょうぶ!


 と、叫びたかったが、出たのは「うぅ……」という呻き声だけだ。


 尊はジャケットのポケットからぎこちない動きで折りたたみナイフを取り出し、今度は口を使って乱暴に刃を引き出す。


 ガシャドクロの左手は吹き飛ばされ、右手も小指と薬指を砕かれている。つまり尊も手にダメージを受けているのだ。


 右手でナイフを逆手に持ち、胎児のように身を丸める刹那を見下ろす。


「ゴミの弱者が、今度こそ終わりだ」


 尊は腕を振り上げる。だが、それを阻む者がいた。


「ゴミの弱者はアンタだ。女は力尽くで好きにできると思ってる、現実はエロ漫画みたいにはいかないんだよ!」


 満留が尊の腕をつかんだ。


 刹那は驚いた、いくら遥かに命じられていても、彼女が自分を助けるなんて。


「キサマ……誰に向かって口をきいている」


 尊の顔が怒りで歪んだ。


「泥棒猫の外法師げほうしが!」


「そう言うアンタは人殺しのレイプ魔だろ!」


 満留は尊の左手を握った。


「グアッ」


 尊が悲鳴を上げる。


「もうアンタなんか怖くない、アンタも玄馬も……」


「いい気になるな!」


 尊は己の額を満留の額に打ち付けた。


「くッ」


 満留がよろめく。


「抱かれること以外、価値のない女が偉そうに!」


 血走った眼を満留に向ける。


「フン、私がいなけりゃ、童貞を卒業できなかったクセに。

 それに卒業したらしたで、まさにサルだったわね。しかも超下手クソ。

 あれから二十年たったけど、少しは上達したの?

 それとも相変わらず自分だけイッて、女をイかすことは出来ないまま?」


 額から血を流しながら満留は不敵に微笑んだ。


「その口、二度と利けなくしてやる……」


 尊はナイフの刃先を満留に向けた。

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