三〇 F棟404号室玄関 壱

 鬼多見が久しぶりと言った女を刹那は知っていた。いや、忘れたくても忘れられない。


あしみち……」


 思わず呻くように呟き、無意識に永遠を庇うように身を乗り出した。


 コイツには二度も散々な目に遭わされている。最初は三年前、満留が陰で糸を引いていた事件を解決したため、アイドルでいられなくなった。次は一昨年、参加していたアニメのツアーイベントで怪事件を起された。その事件は刹那を抹殺するために彼女が仕組んだもので、そのために満留は関係のない人々の心を踏みにじった。


「姉さん」


 永遠が再び刹那の前に出た、その瞳が燃えている。彼女は満留と戦い歯が立たなかった。


「感動の再会ね?」


 相変わらず耳に付く言い方だ。


「ああ、この日を楽しみにしていた。表に出ろ」


 鬼多見はあの状態で戦う気だ。


 力を合わせればどんな相手にも立ち向かえるとは言ったが、まともに立ち向かうつもりはない。


  止めなきゃ……


「おじさん……」


 刹那の手を永遠が握った。


 視線を向けると彼女は首を左右に振った。


  戦う気、あんたも……


 二人とも完全に臨戦状態だ、刹那はまた無力感に襲われた。鬼多見と永遠を助ける能力ちからが自分にはない、戦力にはならないのだ。


 ところが、


「丁重にお断りするわ。今日来たのは、あなたに情報を伝えるためだから」


 満留は戦闘を回避しようとした。


「あいにく間に合っている」


「あらそう? 壷内玄馬ともう一人の呪術師に関することだけど」


 刹那は思わず眼を見開いた、なぜそんな情報を満留が持っているのだ。


「ほぅ、それでおまえの目的はなんだ?」


 鬼多見の声に険が増す。


「ボランティア、かしら。

 玄馬と息子のたけるには借りがあるのよ、それをあなたが代わりに返してくれるなら、私にとってもメリットがある」


「それを信じると思うか?」


「好きにすればいいわ、私はちょっとだけ時間を浪費しただけだから。

 あなたたちを襲ったもう一人の呪術師は、その尊よ。

 居場所までは私もわからないけど、ただ声優の連続殺人にも関わっているのは間違いないわ」


 余りにも都合が良すぎる。なぜそんなことまで知っているのか、だいたい借りとは何なのか。


  怪しい……この話、危険すぎる。


 本当にここに来た目的はこの情報を伝えるためなのだろうか。


「じゃあ、私は失礼するわ」


 満留は踵を返した。


「待て!」


 鬼多見が呼び止める。


「おまえが来た、本当の理由は何だ?」


「疑り深いわね、だから情報を提供しに来ただけよ。その証拠にもう帰るわ」


「せっかくだから、もっとゆっくりして行きなさいよ」


 階段の下から声が聞こえると同時に強力な験力を感じた。


 満留が身をすくませたのを刹那は見逃さなかった。


 カツン、カツンと階段を登る足音が響き、アロハシャツの上にコートを羽織り、サングラスをした女性がキャリアバッグを抱えて上がってきた。


「マネージャー……」


「ただいま。

 お土産もあるから、ね」


 と言って身体を強ばらせる満留の肩に手を置いた。


「やめて……」


 満留がこんな怯えた声を出すとは思わなかった。明らかに彼女は真藤遙香を怖れている、まるで蛇に睨まれた蛙だ。


  まぁ、あたしもマネージャーは怖いけど……


「刹那、誰が怖いって?」


  しまったッ、油断した!


「そういうところが怖いんだろ?」


 鬼多見が代弁してくれた。


「あんたは大人しく寝てなさい!

 それにしても、思った以上にガンバルわね、悠輝並みに精神防御力がある」


 と言ってサングラスを外して、満留に視線を向ける。


 彼女は怯えきった表情で首を左右に振っている、心を覗かないでくれとこんがんしているのだ。


「だけど、ていに比べて経験が少ないわね。まぁ、そうそう思考を読み取られることなんてないだろうけど」


 と言って、ニヤリと笑みを浮かべる。


「どちらにしろそのレベルじゃ、あたしの侵入は防げない」


 満留はカッと眼を見開いた。


「イヤ、お願い……」


「お断り」


 無慈悲な言葉を遙香が発すると、満留のそうぼうから涙が溢れ出しギュッと眼を閉じた。


「ふ~ん、なるほどね……」


 満留はすすり泣きを始めた。


 刹那は改めて仰天した、満留がおびえるだけではなく、こんなみじめな姿をさらすとは。


 改めて自分のマネージャーが如何いかに驚異的な存在かを思い知る。鬼多見に言われた時はピンと来なかったが、たしかに声優界で呪術合戦が行われているとすれば、最強はブレーブだ。


「朱理、下に行ってお父さんを手伝ってきて、荷物が多くて困っているから。上の部屋に運んでね」


 遙香が道を開けたので、朱理は渋々下へ向かった。


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