二九 悠輝の部屋
稲本病院は稲本団地のF棟から一㎞ほどしか離れていない、悠輝は歩いて帰ると主張したが遙香がタクシーを使うといって止めた。
そもそも彼は智羅教本部に殴り込みに行くつもりだったのに、これも遙香に反対されている。
「朱理、重い」
憮然とした声を出す。
「ヒドイ!」
「そーよ、そーよ、おじさん、サイテーよ」
朱理に便乗して刹那も悠輝の悪口を言う。
「おまえはもっと重いぞ、御堂。ってか、何でおまえまで乗ってんだよ!」
悠輝は自分の部屋で布団に横になっていた。
その上に、「キ」の形になるように朱理と刹那が
「しょうがないでしょ、永遠に頼まれたんだから」
刹那が言うと、
「しょうがないでしょ、お母さんが戻ってくるまで、こうでもしないとおじさん独りで殴り込みに行っちゃうから」
朱理も続いた。
たしかに彼女の言うことは間違っていない。
意識が無いと電車やバスの乗り換えが大変なので、遙香は自分の肉体に戻っている。今が単独で智羅教を潰しに行く絶好のチャンスなのだ。
「こんな状況を見せられて、尾崎さんも困っているだろ!」
佳奈は部屋の隅で小さくなって、梵天丸を抱いている。
「あ、いえ、わたしは……梵天丸ちゃんと遊んでますので……」
明らかに困っている。
「御堂、上に連れて行ってやれ」
「佳奈ちゃんを上に連れて行ってどうするのよ? あたしじゃ座敷童子に対応できないし」
いつの間には佳奈をちゃん付けで読んでいる。こんな状態を見せてしまったから、他人行儀は必要ないと思っているのか。
「それにまとまっていた方がいいんじゃない? また襲撃されるかもしれないでしょ」
正論を言われて悠輝は顔を顰めた、今ならいくらでも顰めっ面ができる。
「すぐ母が戻るので、もう少し待ってください」
朱理が悠輝の上で申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、お気づかいなく……」
気を遣うなと言われても無理だ、この状況で平気な顔をしている刹那はどうかしている。こんな奴の妹にされて、朱理への影響が心配でならない。
その時、梵天丸が佳奈の腕から抜け出し、窓に向かって唸りだした。
「どうしたの、梵天丸ちゃん?」
佳奈が不安げに尋ねた。
朱理と刹那も窓を見つめる、再び式神の襲撃を恐れているのだ。
この気配は……
チャイムが鳴った。
「お母さん……?」
「違う」
梵天丸が部屋から出ようと襖を引っ掻く。
「朱理、御堂、どけ」
「ダメだよ!」
「おれの客だ。
朱理、念のため尾崎さんを守れ。
御堂は梵天丸を押さえていてくれ」
「でもッ」
尚も朱理は抵抗する。
「御堂、頼む」
刹那はわずかに逡巡したが頷くと立ち上がった。
「永遠、おじさんからどいて」
「姉さんッ?」
「信じよう」
そう言いながら、暴れる梵天丸を抱き上げる。
「なら、わたしも一緒に行く! 守ってもらう必要なんてない、今のおじさんより、わたしの方が強いから」
「おまえなぁ……」
「いいわ、あたしもボンちゃんと行く」
悠輝の言葉を刹那が遮った。
「御堂ッ」
「信じてるから、あたしたちが力を合わせればどんな相手にも立ち向かえるって」
朱理の顔に笑みが広がる。
「うん!」
やっと朱理は立ち上がった。
「佳奈ちゃん、ゴメン。少し独りにするね」
不安そうではあるが佳奈は力強く首を立てに振った。
「ったく」
悠輝はゆっくりと起き上がった。
「おじさん、ダメだって言ってもむりやりついて行くから」
「わかった。でも、おれの後ろにいろよ」
「了解」
彼はフラつきながら廊下に出ると、玄関を開けた。
「よぉ、久しぶりだな」
その女を悠輝は睨み付けた。
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