五 智羅教道場

 鬼多見悠輝は眼の前にずらりと並んだきようの信者たちを見て思わず溜息が出た。


  またか……


 彼は今、つくば市にある智羅教道場の前にいる。


 智羅教は新興宗教に違いないが四十年近く前からあり、陰陽道の影響を強く受けた神道系の宗教団体だ。小規模の宗教団体で施設もこの道場以外は無い。


 息子を脱会させて欲しいと母親から依頼され、ふうこうめいなこの場所まで来た。信者たちは悠輝を追い返そうと施設の入り口を人の盾で塞いでいる。


 いつも結果は同じだ、そもそも自分はこの手の仕事に向いていない。むしろ姉の遙香や法眼の方が向いている。


 あの二人ならげんりきで信者の心を操ってちょいちょいっと解決できるが、悠輝はその手のことが苦手だ。三、四人までなら何とかなるが、五人を超えるとさすがにキツイ。


 できることなら関わりたくないが、家族がカルトに入信して助けを求めてきた人たちを無視することもできなかった。


 ことの発端は一昨年の夏、姪を拉致したカルト教団アークソサエティを壊滅させたことだ。


 もちろん彼一人でやったわけではない、多くの仲間たちと共に壊滅に追い込んだのだ。


 ところがある雑紙に、悠輝が独りで教団を壊滅させて姪を救い出したという内容の記事が掲載された。そしてその記事を読んだ人たちから、カルトに入信した家族を取り戻して欲しいという依頼が来るようになってしまった。


 どうして悠輝の個人情報が判ったのか、彼はアークとの一件で警察から指名手配を受けており、実家の戌亥寺もニュースで報道された。


 戌亥寺は宗教法人だ、電話帳に番号も出ている。つまり鬼多見悠輝に連絡を取ろうとすればさほど難しくない。


 最初は戌亥寺の住職であり普段から偉そうなことを言っている法眼にやらせようとしたが拒否された。お前に来た依頼なのだからお前がやれと言うのだ。


 姉には頼まなかった、労働意欲が元もと無い彼女がやるわけがないし、下手なことをして機嫌を損ねると厄介だ。それに本来悠輝がやるはずだった朱理のマネージャーをやらせている、これ以上借りを増やすのはリスクが余りにも高い。


 結局、自分がやるしかなかった。それにアークの一件でバイトはクビになり、ヒマだったのも事実だ。


 この一年、月に一、二件は依頼が来る。コールセンターで鍛えたトークスキルを活かして交渉するが、相手は狂信的で偏見にり固まっている。会話にすらならないことも珍しくない。


 そして話しが解る奴らにとって信者は労働力であり、金づるであり、虚栄心を満たしてくれる奴隷だ。そう簡単に手放しはしない。


 となると悠輝が採れる方法は一つだけ、力尽くでの奪還だ。そこで大立ち回りを演じたせいで潰した教団は片手の指では足りない。もちろんアークソサエティのような大規模な組織ではなく小さなものばかりだ。


「君が『カルトつぶしの幽鬼』か」


 建物の中から一人の老人が出てきた。


 他の信者が黒っぽいのような物を着ているのに対し、この老人はじようまとっている。


 ちなみに『カルトつぶしの幽鬼』というのも、雑紙に掲載されたキャッチコピーだ。


  蛇みたいなヤツだな。


 悠輝は老人を値踏みするように見た、顔が蛇に似ているというよりも全体の印象が蛇だ。


 この手の老人は気に入らない、タイプは全く違うが鬼多見法眼をほう彿ふつとさせる。


「雑紙で読んだ、宗教団体を潰しまわっているそうだな」


 年齢は法眼よりも上か、こいつが智羅教の教主つぼうちげんだ。


「別に潰しまわっているわけじゃない、おれの目的はあくまで依頼主の家族を返してもらうことだ。

 はやしたすくに会わせてくれ」


 玄馬が眼を細める、蛇が獲物を見定めているようだ。


「本人の意思は無視か? 自ら望んで入信したにも関わらず」


  そりゃそうだろ、心の隙を突いておまえが洗脳したんだから。


 心の言葉をぶつけてやりたいが、それは最後の手段だ。これを言えば乱闘は避けられない。


「母親が心配している、一度返して欲しい」


 悠輝は頭を下げた。正直、カルトに頭を下げるなどあり得ないが、おん便びんにことを進めるためには大人にならなければならない。


 何を考えているか判らない表情で玄馬は見下ろしている。


「いいだろう、ご家族を悲しませるのは私も本意ではない」


 玄馬が一人の信者に目配せすると、彼は素早く建物に入り新たな信者を連れて戻った。


 写真で見た林輔で間違いない。


「輔、お母様に会ってきなさい」


 無言で頷くと、輔は悠輝を残して歩き出した。


「素直に返してくれたことに感謝する」


 悠輝は輔を追いかけた。

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