四 稲本団地 F棟504号室

 しんどうあかはスマホの画面に釘付けになっていた、今年の初めに受けたオーディションの合格の報せが届いたのだ。



    御堂永遠 様


  おめでとうございます。

  アニメ『デーヴァ』の鳴神昴役に決まりました。

  4月16日に打ち合わせが行われます。

  時間や場所などは追って連絡が来るそうです。

                           荒木早紀



どう』は朱理の芸名だ、ある事件を切っ掛けにして彼女はアニメ声優をやることを決めた。


 当時、彼女は中学二年生で、住んでいたのも福島県郡山市にある祖父の寺だったため、連休でないと活動が許されなかった。


 そのため毎日、発声や滑舌などの練習を個人的にしていた。


 そして来月から高校生になる。悩んだ末、郡山ではなく実家のある八千代市の高校に進学することを決め、声優活動をしやすくすることにした。


 とは言え、自宅のいなもとだんからアフレコスタジオや事務所がある都内へ向かうには充分時間がかかってしまう。母でありマネージャーでもあるはるの協力が不可欠なのだが、現在彼女は父のひであきと共にハワイへ旅行中だ。


 これは朱理から提案した両親へのプレゼントだった。


 朱理たち家族はもともとこの稲本団地に住んでいたのだが、一昨年の十月から母と妹のおり、そして叔父のゆうと愛犬のぼんてんまると一緒に遙香の実家で生活していた。


 別に両親の間にトラブルがあったわけではない、むしろトラブルがあったのは朱理の方だ。


 朱理には母方の遺伝でいわゆる超能力がある、しかしけんげんするのが遅く自分自身でもその存在に気が付かなかった。


 この異能の力を鬼多見家ではげんりきと呼び、験力は魔物を引き付ける。朱理の験力に引き付けられた魔物のせいで大切な友達が傷つき、生命いのちを落とした。


 験力は朱理だけではなく紫織にもある、しかも潜在的に妹の方がはるかに強い。このまま紫織が覚醒すれば朱理以上の大惨事を引き起こすかもしれない。


 悠輝と遙香は今まで一度として帰らなかった祖父、ほうげんの許で朱理と紫織を修行させる決断をした。


 この姉弟がどれぐらい祖父との関係が悪かったかというと、余りにも触れていけないオーラを出しているため、朱理がすでに母方の祖父母が亡くなっていると思っていたほどだ。我が母と叔父ながら呆れて物が言えない。


 法眼はいぬという修験寺の住職で叔父よりも験力について詳しいが、会ってみると祖父も祖父で問題があった。


 さらに厄介な事件に何度も巻き込まれつつ、朱理は戌亥寺で二年以上修行してそれなりに験力を操れるようになった。


 そして懐かしい友がいるこの稲本団地に帰ってきたのだ。


「永遠、何の役に決まったの? やっぱりこと?」


 ほほ笑みながら長い黒髪の女性が言った。


 整った顔立ちでスタイルもいい、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。幼児体型の朱理とは大違いだ。


 しかし何かが物足りない、存在感というかオーラというか、それが彼女がアイドルでブレクしなかった理由なのだろう。


「姉さんも合格したの?」


「エヘヘ……まぁね。また、マネージャーのお陰だろうけど」


 彼女の名はどうせつ、朱理と同じプロダクションブレーブ所属の声優で彼女とは姉妹ということで活動している。


 現在、真藤家には朱理と愛犬のぼんてんまるしかいない、両親は旅行中だし妹は戌亥寺で修行を継続中だ。そして下の階に住んでいる叔父は戌亥寺と稲本団地を行ったり来たりしているが、今は仕事で留守だ。


「誰に決まったの?」


なるかみよ」


 彼女はなるかみすばるの従姉で準主役、出番も多く人気の高いキャラクターだ。刹那にぴったりだと朱理は思っていた。


「スゴい!」


「へへへ……。で、そっちは琴美なんでしょ」


 琴美はヒロインで、炎の超能力パイロキネシスを使う。


「ううん、違う」


 刹那は驚いた顔をした。


「え? それじゃ……」


「昴!」


 朱理も思わず笑みがこぼれた。


「ウソッ、男の子役じゃない! 永遠、だいじょうぶッ?

 まぁ、琴美だって前半悪役だから簡単じゃないと思うけど」


 刹那は心配そうに眉根を寄せた、初の男子役で主役なのだから無理もない。


「うん、自信があるわけじゃないけど、ズッとやってみたかったから」


 朱理の言葉に刹那は呆れたような顔をした。


「言っていることと顔が逆、あんたとっても自信に満ちた顔をしているわよ」


「えッ? そ、そう?」


 いつも自信が無いと思っているので自分でも驚いた。


「いいんじゃない? 謙虚さは美徳だけれど自信だって大切だからね」


「うん」


 刹那は朱理をギュッっと抱きしめた。


「おめでとう!」


「姉さんもおめでとう!」


 二人が喜んでいると声が気になったのか、奥の部屋からクロシバが飛び出して来た。


「ボンちゃん、見て! オーディションに受かったよ」


 スマホの画面を梵天丸に向けると、彼は首を傾げて画面をしげしげと見つめた。


 そうだ両親と叔父、それに祖父にも知らせないと。


「じゃあ今夜は何か美味しい物でも作りますか!」


 刹那が腕まくりをする。


 朱理は彼女と何を食べたいか話し始めた。


 初めはアヒージョやラザニアなど夢膨らむメニューの名前がでたが、カロリーも膨らむし二人の料理の腕とも相談した結果おでんに落ち着いた。


「そうすると……色々食材を追加しないとね」


 刹那が冷蔵庫の中を見ながら言った。


「じゃあわたし買い出しに行ってくる! 必要な物を言って」


 刹那が口を開き書けると、彼女のスマホが鳴り出した。


「あれ? 舞桜ちゃんからだ」


 彼女のことなら朱理も知っている、声優になる切っ掛けの事件で出会った。


「お久しぶり!

 うん、元気、そっちは?

 そう、よかった。

 え? うん、うん……ううん、それはいいけど舞桜ちゃんの事務所は通したの?

 うん……そっか……わかった、それじゃあたしが個人的に引き受けるわ。

 あ、それはいいよ、友達からお金は取れないもの。

 明日、時間だいじょうぶなの、そのも?

 場所は……ちょっと確認して折り返すね。

 うん、じゃあまた」


 刹那は通話を終えた。


「舞桜さん、何かあったの?」


 刹那の言葉から推理すれば舞桜が異能力者を必要としていることが判る。


「実際は舞桜ちゃんの事務所の後輩ね、尾崎佳奈って知ってる?」


 たしか急激に人気が出てきた女性声優だ。


「デーヴァのオーディションも受けていたみたいね、顔は合わせていないと思うけど」


 朱理は緊張していてほとんど誰がいたか覚えていない。


「姉さんが受けるなら、わたしも手伝う」


 刹那は微笑ほほえんだ。


「ありがと。でも、今回はお互い事務所を通してないからお金も出ないし、正式な『副業』じゃないから」


「久々に会いたいから、わたしもいいでしょ?」


「ん~、じゃあ甘えちゃおうかな、一緒に行こう」


「うん! 舞桜さんに会えるの楽しみ」


 いい思い出とは言えないが、舞桜は一昨年の事件を乗り切った仲間だ。


「そうだね」


 朱理は刹那に見送られ、郡山からりんこうしてきたLivのTEMPTで4㎞ほど離れたショッピングモールに買い出しに向かった。

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