第51話 二人で一人



 集会所付近


 夜の闇に沈む地上の町は大いに賑やかしくて、とても後数時間で日付が変わるような時刻とは思えない喧噪だった。


 無理もないだろう

 今は、町中での至る所で人々が盛り上がっているのだから。


 竜の討伐から一週間。

 地上世界は、どこもかしこも最近はずっとこんな感じだった。

 今日もそんな討伐に関係して話し合いが行われた集会所の、その外でクロードはぼんやり考え事をしていた。


 変な感じだった。

 いつまで経っても、あの竜を討伐したという実感が湧かないからだ。


 まだ、必要な事は終わっていないと、そう言わんばかりに。


 そのままぼうっとしていたら、そこにイリアが話しかけて来た。


「はろー、クロード。こんな所でどうしたの?」

「はろーって時間じゃないだろ。もう夜だよ、イリア。ちょっと考え事したただけ」

「そっか。ね、皆楽しそうだね」

「そうだね、毎日毎日よく飽きもしないなぁって思う程にね」

「それだけ嬉しいんだよ。がんばって良かった」


 良い機会だから、前々から聞きたかった事を聞こうと思った。

 夢が叶えられて、竜討伐という目標が消えた今だから聞ける事だ。


「ねぇ、この際だから聞くけど。イリアはどうして僕と一緒にいるの? ずっと聞いてなかったなって思ってさ」


 クロードがイリアの傍にいる理由は、彼女を支えたいからだ。


 だが、彼女の方の理由は今まで聞いた事がなかった。


「うーん、理由なんて考えた事ないよ。いたいから一緒にいるじゃ駄目かなぁ」

「それだけ?」


 その人と一緒にいるのが楽しいからとか、大体そんな理由だと思ってたけど、本当にそう言われると何でか少しだけ落胆してしまう。


「僕、君ほど面白い事言えないし。性格だって良くないし、うるさいでしょ?」

「確かにそうだね、あと細かい!」

「うるさいのも細かくなっちゃうのも、元を辿ればイリアのせい」

「あはは!」


 楽しげに笑う彼女は、先ほどの質問に教えてくれる気がないのか、それとももう話題を忘れてしまったのか。

 だが、答えは返って来た。


「うーんと、理由はね……クロードが私と一緒だからだよ。だって、仲間って言っても良いけど、一緒だなって?」

「僕がイリアと同じ? いやいや、僕なんかがイリアの同類なわけないでしょ」


 良い意味でも悪い意味でも、クロードはイリアの足元にも及ばないはずだ。

 決して同じ場所に立つ者同士ではないと思っている。


 クロードは彼女の様な主人公にはなれない。 

 状況を変える様な力など持っていない。


「その言い方、なんか嫌だなぁ」

「はぐらかさないで答えてよ」

「はぐらかしてなんかないよ。なんて言ってもクロードは、私と同じなんだよ。いつでも同じ場所を目指して同じ事に協力してくれる人。そういう人の事、それは一緒って言うんじゃないの?」

「違くは、ないけど……」


 言葉の定義的にはあっているが、それを認めたくない。


 ようするに、首を縦に触れないのはクロードの内心の問題だ。


「だったら私達は同じでいいんだよ。あの竜退治、あたしもクロードも、どっちがかけてもきっと成功しなかったよ。だから、クロードは自分の事、下に見てちゃ駄目。それは同じ場所に立っている私の事も下に見ちゃうって事なんだから」

「ええ……? 良い事言ってるように思えるけど、よく考えると、それ無茶苦茶じゃない?」

「無茶苦茶なんかじゃない!」


 イリアはこちらにビシリと指を突きつける。

 そして、クロードに良く聞こえるようにと、声を大にして良い放った。


「どっちが下かとは上とか、違う場所にいるとか関係ないよ。同じ場所に立つ人達! 私達は二人で一人。いつでも一緒なんだから。それでいいじゃない? ね?」


 半ば自分を押し付ける様に、だ。

 こんな風に強気で自分の主張を言って来る彼女は珍しかった。


「分かった分かった。そうだね、一緒だよ。まったく、イリアには敵わないな」

「えっへん」


 胸を張る彼女を見つめて、自分が悩んでいる事がひどく小さな事の様に思えて、少し馬鹿らしく思えてくるのだから不思議だった。


「イリア、クロード。皆が呼んでるよ。竜を倒した時の話が聞きたいって」


 そこにやってくるのはユーフォリアだ。

 対竜部隊の者達と共にやってきた彼女は、少し前からは信じられないくらいに明るく活発になってきている。


 最近では笑う事もよくあって、その声を聴く事も増えた。

 前にイリアが言ったように、ユーフォリアの笑顔は素敵で、ぐんと良い表情をするようになったと思えた。


 そう思っていれば、彼女の友達である少女がこちら話しかけて来た。


「ユーフォったら、詳しくは本人に聞いてって言うばかりでひどいんですよ! 聞こうと思って、当人に聞けたら苦労しないじゃないですか。そんなの恥ずかしい!」


 アルコールが入って、テンションがおかしくなっている彼女達は、この地上世界に来たばかりの頃に持ち場を離れて話しかけて来た少女だ。


 彼女からはお酒の匂いがする。

 しかも相当酔っているようで、自分の発言の矛盾に気が付いていない様だった。


 ユーフォリアが傍で心配そうに見つめていた。


「ちょっと飲みすぎ。大丈夫? ずっとフラふらしてるけど」

「らいじょうぶらいじょうぶ」


 それはどう見ても大丈夫には見えないのだが。

 タチの悪い酔っ払いの世話をしなければならない彼女に少し同情したくなった。


 イリアはそんな様子がおかしかったようで、軽い笑い声を上げた。


「あはは、お話はまた今度ね、とりあえず明日ちゃんとお仕事する為にも、まずお布団入ってしっかり休息だよ」

「ほら、イリアもそう言ってるからもう家に帰らなきゃ」


 知人の背中を押しながらユーフォリアがその場を後にして行く。


「ユーフォちゃんも、大分元気になって良かった。会った時はいつも不安そうだったから、心配だったんだ」

「そうだね。あっちと違ってこっちには同じような体質の人が何人もいるし、そういう意味でも良かったと思うよ」


 竜の血をその身に宿したユーフォリアは、見た目にも年にもつりあわない強大な力を備えた少女だ。


 そんな少女が生きて行く為には、海中世界は狭すぎる。


 ユーフォリアの将来を見ても、竜の討伐は成功して良かっただろう。


 彼女は今は、地上にやってきたフィリアの家で世話になっている。

 知人もいるし、頼りになる保護者もいる。


 今までの辛かった過去は変えられないが、きっとこれからは他の子供達と同じように幸せに暮らしていけるだろう。


「イリア、新しい夢が見つかったら、また僕も協力させてよ」

「うん。でもきっとクロードの夢の方が先に見つかった方があたしは嬉しいな」

「そっか、僕は夢を探してたんだ」

「そうだよ。えー、気づいてなかったの。クロードって、ちょっとだけ自分の事は鈍いよね」

「イリアなんかに言われたくない」

「なんかって、ひどい!」


 インフィニティ―・ブルーを超えるという彼女の夢が叶ったこの世界が広くなって良かったとクロードは思う。


 だってまずは、新しい夢を見つける為にも色んな所に探しに行こうなんて言い出すような、そんな人物だから。


「見つからなかったら、この世界冒険して探してみよ! 私も、クロードが困ってたら協力したいんだ。だって私達は……」

「二人で一人だから、だろ」

「うん」

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