第49話 師匠のフォロー



「わぁ、凄い風」

「そりゃあ、これだけ動き回っていれば、そうでしょ」


 一つの難関は突破した。


 だが、ここからも大変だ。


 取りついた対象が激しく動くせいか、振り回されないようにするので手いっぱいだ。


 暴れる竜は急降下をしたり、急上昇をしたりと繰り返す。


 これまでにないほどこちらも近くにいるものだから、竜の感情が直に伝わってくるようだった。


 不快感と怒り。

 そして若干の焦燥感。


 まだ不安や恐れまでは行かない所を相手の隙だと見て喜べばいいのか、それとも相手にされていないと見て力不足を悲しめばいいのやら。


 どちらにせよ、すぐに敵の内面を気にしている場合ではなくなった


「わわわぁ、風が凄いよ。クロードー!」

「分かってる。もうちょっと頑張って!」


 イリアの体を抱える様にして、致命打となる風の命中を加護に寄って避ける。

 今はまだ、そこまでではないが、強烈な風に流されてうっかり体が離れてしまい、海面に体を叩きつけらでもしたらそこで終わりだ。


 それに……水を嫌う竜だが、それはあくまでも好みの問題。

 絶対に水に近づけないわけではないので、不快感よりクロード達を排除する優先度が勝ってしまえば、即海面に叩き詰められ、ひ弱な自分達など一瞬であの世行きとなるだろう。


「そうなる前に……っ!」


 手を打たねばならない。

 ここで使うのが、クロードの力だ。


 用意していたそれを手に、狙いをつける。

 修行で培った技術で、それを打ち出した。


 狙いは竜の頭部近く。


 己の部気に備えられた特殊な銃弾に寄って放たれたワイヤーが、射出され固い皮膚を突き破ってその下に埋まった。


「よし! イリア、こっち」


 確認してすぐ、イリアを引き寄せてその体を、ワイヤーで固定。

 不意の事故で離れないようにした後は、やるべき事をやるだけだ。

 竜が身をよじるようにうねった。


「わわ、まずいかも!」


 イリアの悲鳴が、風に遮られてほとんど聞こえない。

 竜は体に着いた害虫を払おうとするように、地面に急降下していた。

 向かう先は海面だ。


「二人は殺させない!」


 だが、そこにユーフォリア達が追いすがってきて、竜の行動を妨害しにかかった。


「イリアとクロードは、私のお母さんとお父さんなんだから。邪魔しないで!」


 今までどんな人物も恐れて向かわなかったその竜の目先へと、真っ先に飛び込んできた彼女は、手にしていたハンマーを豪快に振り抜き、叩きつけた。


 のげぞる巨躯。

 あまり考えたくはないが、彼女の力は強かった。竜に対抗する為に産み出されただけはあるのだ。


 竜は痛みに呻いた。

 一心不乱に海面に飛翔していたところを横から殴打されたのだ。無防備な所にかなりのダメージが入ったはずだが、それでも相手は持ちこたえてしまった。


(このままじゃ、まずい!)


 焦る内心が思った通りに、竜は再び動き出す。

 その身が海面へと向かおうとする前に、どうにか離脱しようとしたが……。


 竜の進路に何者かが割り込んできて、すれ違いざまに鞭で叩きのめした。


『――――――!』


 声もなく、のけぞる竜は何事かを確認する前に、急降下を断念。

 再び、上昇しだした。


「弟子のフォローをしてやるのも、師匠の務めさ」


 反転する前に聞こえたのは、耳慣れた声。

 フィリアの声だ。


 空へ向かいつつある竜の体の上から振り向けば、フロートユニットをつけて飛翔する人影。不敵そうな笑みを浮かべた師匠の姿だ。


 視線を戻してフィリアが打った鞭の後を見ると、皮膚が紫いろに染まっているのが分かった。


「毒、か……」


 竜に聞く毒かなんかあるのかしらないが、鞭にあらかじめ仕込んでおいたのだろう。


 なるほど、これならその人の攻撃力の高さなど関係なしに相手にダメージを入れられる。


 毒が体にまわって来たのか、しばらく飛び回っていた竜は急に身動きを遅くした。


「今の内だ!」


 その隙にクロードは、ワイヤーについたアンカーを巻き取らせて、頭部付近まで移動する。


 これで、やっと相手に大ダメージを与えられる場所まで来た。

 ユーフォリア達やフィリアには頭が上がらない思いだ。


 クロード達から意識をそらし、彼女へ視線を定める竜への反撃だ。


「さあて、あたし達の出番だよ!」


 固い鱗に足を引っかける様にして、態勢を安定したイリアが間髪入れずに根で攻撃。


「そりゃぁぁぁ!」

「このっ!」


 目一杯の持てる全ての技術と力を込めて。

 クロード達のそれは、この一か月で改造済み。竜素材を合成してもらったものなのだが、やはりというか、その程度で沈んで暮れる相手ではなかった。現実はそう上手くはいかないものだ。


 急所を狙っていた攻撃の手が止まった一瞬を見計らって、竜がこちらを払いのけようと前足を掲げる。


「わっ」


 だが、そこに今度は別の方面から援護がきた。

 計ったように周囲に浮かんでいた飛空船が射出したワイヤーが、竜の前足を捕える。リスクを恐れずに出てきたそれはアリィのいる飛空艇だ。


 竜はそれを力まかせに引きちぎろうとするが、そこに他の船も続いて拘束を加えて行った。

 ほどけないと見るや、竜は今度は、綱引きのごとく力比べに持ち込もうと翼をはためかせた。


 ならばそうはさせじと、今度は対竜飛空隊が翼へと攻撃を集中。

 打ち合わせ通りの良いチームプレイだ。

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