第47話 任せて



 それから小一時間が経過した。

 戦闘は熾烈を極めた。


 こちらが行うのは、飛空船での砲撃と、竜の素材を使った武器をふるう対竜部隊の交戦。

 数は船だけでも百に迫り、人に至っては千に迫る。


 だが、それでも竜の方が圧倒的に強かった。


 時間が過ぎる度に戦力が一つ。

 また一つと削れていく。


「ブレスが来るわ。信号弾。知らせて。船は回避」


 モニターの中で、竜が己の咢を開いて、そこから地獄の猛煙のごとき猛風を発生させる。

 それにより、巻き込まれた船や人がさらに離脱を余儀なくされていった。

 対して、相手のダメージは少ない。


「……そろそろね」

「クロード殿、イリア殿、前線を頼む」


 アリィとジンの声で、出番が来た事が知らされた。


「まかせて!」

「その為にいるんだしね」


 戦闘が始まってから、大体一時間。

 クロード達の出番はここからだ。


 いかに体力があって強さがあろうとも、相手は思考をもった生物。

 たとえ目に見えたダメージをそう負わせられなくとも、必ずいつかは精神的に消耗するはずだった。


 その機会に押し込むのが、クロード達に与えられた役割なのだ。


 討伐隊の一人に案内されて走りながら、小型の飛空船やフロートユニットをつけた舞台が使用するカタパルトへと向かう。


 その途中で、改めてこの状況を考えてクロードは思わず言葉をもらしていた。


「ちょっと前までは、地上に出る事になるなんて思ってもみなかったし、竜と戦うなんて想像すらしてなかったのにな」

「そんなの今さらだよクロード。あたし達はいまここにいるよ!」

「分からないもんだね、人の人生って」


 本当に分からない事だけだった。

 少し前の自分も、イリアも、友人も他人も、誰がこんな風になると予想できただろう。


 今までの平穏が終わてしまうだろうと意味なく予感できたあの事件があった夜ですら、想像できなかったこの今日の事を。

 海中都市の誰も知らない場所に、自分とイリアが立っていて、これからの世界の命運をになている事を、おかしく思う。


 そんな事を言い合った後、辿り着いた部屋でフロートユニットを身に着けていると、ユーフォリアが近づいてきた。

 彼女は機械なしでも飛べるから、準備は要らないのだ。


 やはりユーフォリアの意思は変わらなかったらしい、イリア達が出るならその時に一緒に出ると前もって決めていた。彼女もこれから自分達と共に、戦場に出ていくつもりなのだ。


「イリア、とクロードは私が守る。だから絶対に負けない」


 彼女はこちらを見て、はっきりとそう言葉を口にした。


「うん、頑張ろうね。ユーフォちゃん」


 いつもぼんやりした印象しかなかったのに、今は強い意思をその目に宿している。

 正直心強かった。

 慣れない場所で、慣れない相手と面する舞台に、見知った顔がいる事の安心感は馬鹿にできない。


 イリアや彼女でなかったら、こんな戦いの場に来る事もなかったはず。

 そんな三人そろったその場に、声をかけて来た物がいた。


 クロード達を案内してきた人だ。


 女性で、鍛えているとは思えない身のこなしをしているが、この場にいる以上、何らかの役割を持っているのだろう。


「クロードさん、イリアさん、ユーフォリアさん。私達は後衛で支援する事しかできませんが、どうかご無事で。戦う力の無い私達ですが、精一杯支え褪せていただきます」


 目の前の相手から真剣な声音でそう言われて、頭を下げられる。

 イリアの為に、イリアを支える為に、とここまで来た身としては、少々対応に困る行動だった。


 だが、そんな風に思っているこちらと違って、イリアは迷わなかった。


「うん、ありがとうございます。皆の分まで頑張って来るね、任せておいて! ……ほら、クロードも」

「あ、うん、頑張るよ」

「気が利かないいなぁ、もう」

「イリアが急に振るからだろ!」


 ともあれ、助かった事は事実だ。


 そもそも、まとめて扱われるなんて事は、今までにあまりなくて、何かあったとしてもいつも感謝されたり託されるのはイリアがほとんどだったのだ。


 こうやってイリアと同列みたいに扱われるような事はなれていないのだから、仕方がない。

 クロードはずっと、イリアの陰に隠れる様にして今までやってきたのだから。


 こちらのやり取りを聞いて笑みをこぼした相手の人は、最後に一言だけ伝えて去っていく。


「私達の世界の為にとは、言いません。せめて、皆さんの納得のいく結果になりますように」


 部屋から退出していくその人を見送って、詰めていた息を吐く。


「良い人だったよね、ね?」

「そうだね。私達を助けてって言われるよりよっぽど胸に来たよ」


 それだけよそ者である自分たちの事も案じてくれているという事だろう。

 誠実であらねば、と思う。


 そして、彼女達にこの地上世界に生きる達に、出来る限りの事はしようと。


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