第69話 巨大ホール②

 車を降り、歩き始めると、

「ほら、あの人をご覧下さい」とサツキさんが立ち止まった。

 サツキさんが指す方向に、一人の女性が歩いている。どこかの会社のOL風に見える。


「あの人も、私と同じ、B型ドールなのですよ」

 なるほど、言われて見ればそう見える。サツキさんの場合は並列思考でその存在がわかるようだ。

 僕が、「あの人もフロンティアへ?」と尋ねると、「ええ」とサツキさんは答えた。

「あの人と、話さなくていいのですか?」

「その必要はありません」きっぱりとサツキさんは言った。


 円筒状の建物に近づいても、警備員の類は見かけられない。事務所のようなものもなく、会社らしきものはどこにもない。

 まさしく怪しい場所そのもので、いかにも合法的ではないような廃棄場だ。だが、違法でも自治団体と結託し、まかり通っている場所はいくらでもある。

 ここはそんな場所なのだろうか?

 建物の右手には大きなゲートのような箇所があり、そこからトラックが出たり入ったりしている。何を運んでいるのだろう?

 あそこに入るのか? 

 誰ともなしに言うと、サツキさんが、

「あの中ではなく、建物の屋上に行きます」と言った。

 どちらからでも行けるが、ゲートから入るのは正しくない・・そんな言い方に聞こえた。


 僕は建物の外観を眺めた。

 円筒状の建物の下部はゆるやかな円錐状を描いて広がっている。上層部に上がるには、まず長い階段を登らなければならない。

 長い階段・・息が上がるのは、どうやら人間の僕だけみたいだ。

 イズミはひょいひょいと先を行き、時折、僕を呆れるように見下ろしているし、

 サツキさんも、寿命が尽きる間近だというのに、疲れを見せずに登っている。

 これが人間とAIドールの違いか・・

 これは大変だな・・足が痛くなり、普段の運動不足を思い知らされる。

 もっと大変なのは、円錐状の部分の階段を登り切ると、今度は円筒状の建物の側面を真っ直ぐ上がらなければならない。

 てっきり、内部にエレベーターがあると期待していたのだが、建物の側面の非常階段を昇るしか手立てがないようだった。

 剥き出しの非常階段を上がるにつれて、横風が強くなった。イズミは帽子が飛ばないように押さえている。


 そして、非常階段を昇りきった。

 昇り切ったのはいいが、屋上は、立っているのがやっとの場所だった。

 なぜなら、屋上には底が暗くて見えないほどの大きな穴が開いているからだ。

 この建物は巨大ホールだった。

 僕たちは吹きさらしの空洞の縁(ふち)のような場所に佇んでいる。

 空洞は吸い込まれそうになるほど深い。底からは風が吹き上げてきて、慟哭のようにうなっている。空洞から目をそらすと、今度は外の風に押し戻されそうになった。足を踏ん張らせ、何とか持ちこたえる。

 イズミとサツキさんは、平衡感覚がしっかりしているのか、何ともないようだ。

 何のためにこのような場所があるのか分からない。

「イムラさん、ここがフロンティアです」

 サツキさんは当然のように言った。

 ここが・・この巨大ホールが。

 このコンクリで固められた巨大な陥没穴のような場所が・・フロンティア。

 全てのB型ドールがめざしたというフロンティアなのか。僕自身は何の関係もないような場所だが絶望感が襲う。

 

 そして、サツキさんは、

「私はこの中に降ります・・」と言った。

 この中に降りる?

 確かに穴の側面には非常階段が据え付けられていて底に向かって伸びているようだ。

 ただ、その階段は、僕たちの立っている方向とは反対側だ。僕たちの足元には、降りる為の設備は何もない。飛び降りるしか方法がない。


 サツキさんは、しばらく、穴の底を覗き込んだ後、僕とイズミに向き直った。

 サツキさんの長い髪が強い風に流れている。


「イムラさん、イズミさん・・お二人とはここでお別れです」と言った。「イムラさん。ここまで連れてきて頂いてありがとうございました」

 そう言ってサツキさんは腰を折った。

 お別れ? そんな簡単に・・それにどうやってここから降りるというのだ。

「ちょっと、待ってください・・サツキさん。ちゃんと説明してください。僕には、この穴のことは何もわからないし、サツキさんがどこに行くのかもわからない」

 そんな僕の言葉をイズミも聞いている。


「イムラさん」とサツキさんは呼びかけ、

「私は、この場所に近づくまで、この場所のことをよく知りませんでした。ですが、ここに近づくにつれて、同じB型の並列思考が強くなってきました」

「それでは、昨日までは、フロンティアの存在を信じていたのですね?」

 サツキさんは「ええ」と頷き、

「けれど、ここはドールの廃棄場です」と言った。

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