第67話 そして、フロンティアへ②

 イズミが「ワタシがなんとかします」としおらしく言った。

 本当だよな?

 だが、イズミの言った言葉に、サツキさんは、笑みを浮かべ、

「そうでしたね・・けれど・・」

 そうサツキさんは言い澱んだ。

「けれど?」僕がサツキさんの声を促すと、

「イズミさんは、いずれ・・」そう言いかけ、また口ごもった。

 話すことも難しくなっているのだろうか?

 イズミは、

「サツキさんは何を言っているのですか?」と僕に訊いた。

 どうやら、AIドールのイズミも、5000円のケーブルをサツキさんに繋がないと、サツキさんの意図することがわからないようだ。

 けれど・・サツキさんにはイズミのことがわかるのだろうか?

 そう思った僕の心を裏打ちするように、

「だって・・イズミさんは、お二人いるのですもの」

 サツキさんはそう言った。イズミは、二人いると・・


 サービスエリアが見えたので、パーキングに車を入れた。缶コーヒーを買ってきて、車内で飲んだ。その様子を助手席でイズミが羨ましげに見ているので、

「イズミは、紅茶を飲んだら、また酔うだろ?」と言った。一応ティーパックは持ってきているぞ。

「また酔います。紅茶はダメです」とイズミは応え、ミネラルウォーターを取り出し飲み始めた。

 サツキさんも飲むかと思われたが、「今は飲みたくないです」と答えた。

 

そんなサツキさんに僕は尋ねた。

「サツキさんはイズミのことが・・イズミの未来とか、イズミの心の奥底とかが、見えるのですか?」

 僕の問いにサツキさんは、

「ハッキリとは、わかりませんが・・イズミさんとケーブルで接続した際に、イズミさんの僅かな意識が、ワタシの思考に流れ込んできました」

 すごいな。5000円のケーブルの費用対効果・・また、イズミが自慢しそうだ。

 イズミは「何のことかわかりません」と言っている。

 勝手に流れた自分の思考は感知できない・・ということだな。


「イズミさんの心は・・二つあります」とサツキさんは強く断言した。

心が二つ・・それは、隣の島本さんの思考で作成された心・・

「イズミさんのもう一つの心・・その心は・・お母さんを探しています」

 イズミがお母さんを・・

 するとイズミが、

「ワタシは混乱しました。サツキさんの言っている言葉が理解不能です」と言った。

 そう言ったイズミにはお構いなく、サツキさんは更に、

「いつか、イズミさんも、もう一つの心を解き放つ時が来るのではないでしょうか?」

 そんな言葉を聞いてもイズミは、

「ワタシには、理解できません」と更に言った。


 何だろう・・この二人のやり取りは?

 それに、この車の中・・人間は僕一人だけだ。

 他の二人・・いや、二体は、ほぼ「物」に近いAIドールだ。

 その内のイズミは、僕が買ったフィギュアプリンターで作成したAIドールだ。

 イズミは、人間の少女ではなく、「物」だ。

 だったら、この溢れ出す感情は、いったい何だ?

 

 そして、サツキさんは、会社の同僚の佐山さんが廃棄寸前で拾ってきたような、これもまた「物」に近いドールだ。

 しかし、僕は短い期間だったが、サツキさんに料理を作ってもらい、それを僕は食べ、暖かな時間を過ごした。

 いったい、何なのだろう? この時間、この状況は。

 彼女たちは、僕に何を教えてくれるのだろうか?


 僕はサツキさんに、

「イズミは、僕が買ったフィギュアプリンターで創ったんです・・だから、他の心解き放つと言われても・・」

 イズミは、ただのAIドールだ。僕が買ったドールだ。持ち主の断りなしに勝手に心を解き放つと言われても、了承できない・・それが普通の考え方だ。

 すると、

「イムラさんは、本当にそう思ってますか?」

 そうサツキさんは僕に訊いた。

 ・・僕は答えられなかった。

 だんだん、僕は分からなくなってきている・・

 僕は、AIドールを人に近い存在として認めようとしているのだろうか?


 そんな疑問をよそに、サツキさんは再び目を瞑り、イズミは真っ直ぐに前を見たままだ。

 イズミにはサツキさんの言葉が理解不能だったようだ。

 そして、NAVIの案内では、フロンティアはすぐそこだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る