第66話 そして、フロンティアへ①
◆そして、フロンティアへ
フロンティアに向かう当日・・
サツキさんは、自立歩行が出来なくなった。倒れたのだ。
昨晩、サツキさんはイズミと協力して「イムラさんに美味しく召し上がって頂けるようよう腕を振るいました」
そう言って、ご飯を炊き、肉じゃがを作った。それだけも充分なのに、更にハンバーグを作り、味噌汁まで頂くことになった。
一人でも買い物ができるようになったサツキさんは与えられたお金の中で食材を買い求め、台所に立つようになっていた。
そんなサツキさんをサポートするようにイズミが動き回る可愛い姿を見るのも僕のささやかな楽しみの一つになっていた。
そんなサツキさんが、朝、倒れた。
倒れたまま起き上がれないサツキさんにイズミが寄り添っていた。
イズミはサツキさんを励ますように「サツキさん」と何度も呼んでいた。
そんなイズミは、人間の少女が母親にすがりついているような姿に見えた。
しかし、そんなイズミの励ましも虚しくサツキさんは起き上ることができないでいる。
「イムラさん、ごめんなさい」
サツキさんは仰向けのまま謝り、
「せっかくイムラさんに、フロンティアに連れて行って頂ける日なのに・・」と申し訳なさそうに言った。
僕はイズミに、「充電してもダメなのか?」と訊いた。
「そういうモンダイでもなさそうです。サツキさんの機能が停止しかけています」
イズミはそう答えた。
しかし・・どうにかして、サツキさんを車に乗せ、フロンティアに辿り着けばいい。
フロンティアでB型ドールは幸福を得る・・
そこが仮にドールの廃棄場であったとしても・・
何かがわかるはずだ。
サツキさんは僕に担がれながら、「ごめんなさい。ごめんなさい」としきりに繰り返した。
そんなサツキさんにイズミが、
「ミノルさんが、珍しく、何か行動をしようとしています。その好意に甘えてはどうでしょうか」と言って、
「旅は道連れ、一蓮托生、死なばもろとも・・のようです」と言葉を並べた。
「おい、最後のは、縁起が悪いぞ」
ドール二体・・いや、二人を乗せた愛車ムーブは北に走った。
NAVIにネットで探した住所を入れ込む。案内通りに車を走らせる。
時折、イズミは助手席の窓を開けて、帽子が飛ばないよう手で押さえ、顔に風を当てた。
それが気持ちがいいのかどうかわからない。
だが、ドールに触感があるということは、肌が風と触れ合うこともわかるのかもしれない。
ガソリンスタンドで給油をしていると、イズミが窓から顔を出し、好奇心に溢れた顔でその様子を見ている。
「ガソリンの給油は、ワタシが水を飲んだり、錠剤を飲むのと同じですね」
「そうかもな・・でも人間だって、同じようなものだ。人間もAIドールも、何かを体内に取り込まないと生命を維持できない」
「イジできない」イズミはそう復唱し、「ミノルさんもイズミも同じですね」と言った。
僕は「ああ、そうだ」と答えて、
「サツキさんも、同じだ。僕たちと」と言った。
僕やイズミの声が聞こえているのか、聞こえていないのか、
サツキさんは目を閉じたまま動かない。
イズミに訊くと、どうやら睡眠でもなさそうだ。充電もたっぷりとしているが、その容量が小さくなってきているので何時切れるかわからない。
睡眠でないのなら、サツキさんの様子はいったいなんだろう?
人間で言うところの「疲労」なのか?
北に向かうにつれ、フロンティアに対する不安が募る。
僕はハンドルを握りながら、サツキさんに、
「フロンティアが、どんな場所であったとしてもかまいませんか?」と訊いた。
僕の声は聞こえたのだろうか?
すると、ミラーに映るサツキさんはうっすらと目を開け、
「はい、イムラさん・・」と小さく答え、
「・・でも、イムラさんは、かまわないのですか?」と言った。
「えっ・・僕・・ですか?」
サツキさんが何を言いたいのかわからない。
「ワタシがフロンティアに行くと、そこがどんな場所であっても、ワタシはそこで、ドールとしての寿命は尽きます」
「・・そうですね。残念ですけど」
僕はそんな言い方しか返せない。
そんな僕に、
「イムラさんの晩ごはんを作る人がいなくなります」
そうB型ドールのサツキさんは言った。
サツキさんは自分の寿命よりも、明日からの僕の生活を気にしている。
僕なら何とかなる。それにイズミもいる。
けれど、サツキさんは、気にしている。それが痛いほど伝わってきた。
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