第63話 並列思考②

 こんなことをさせたことに、どれだけの意味があったのか?

 まず、B型ドールのサツキさんはお店で買い物をしたことがない。

 サツキさんは、この世に生を受けた時から、飯山商事の工場室で流れ作業に従事していた。来る日も来る日も同じ作業をしていた。だが、人間のように飽きることはない。そんなものだと思って日々を過ごしていた。

 そんな中、一つの違った行動を取り込ませる。

 B型ドール間の並列思考にも存在しないことをさせる。 

 しかし、中には無理なこともある。例えばサツキさん・・B型ドールは「芸」が出来ない。

「芸」というものが、できないようになっている。

 しかし、サツキさんはできないと言っていた「掃除・片づけ」とイズミと一緒にやっていた。

 それ故に、単純作業から派生した行為なら可能だ・・と考えた。

 それが今の買い物・・という名の作業だ。

 単純作業に従事していたB型ドールのサツキさんに変化を与えることが出来た。

 それで、サツキさんが喜び、ひいてはイズミの成長にも繋がるのなら言うことなしだ。


 それから僕たち3人・・助手席のイズミ、後部席のサツキさんとで、ドライブと洒落込んだ。

 と言ってもあまり遠くに行くのも危険な気がしたので、地元の海を見に行くだけにした。

 夏は海水浴場となる海。今は歩く人さえ見かけない砂浜だ。

 僕が見慣れている海を見て、二人は感激しているようだ。

 イズミは潮風に飛ばされそうな帽子を押さえながら、いつまでも海を見ていた。

 そして、しばらくしてイズミはこう言った。

「これがワタシの思考の底にあった『海』というものですね」

「イズミの心の百科事典には、ちゃんと『海』があるんだな」

「アリマス・・海以外にも、いろんな事柄が、ワタシの中にあります」

 イズミはそう言って、 

「ミノルさんは、ここである女性とデートをした・・いえ、デートをしたかった・・ですね」と言った。「ミノルさんは、その女性にただの願望を抱いていたのですね。それは決して実ることなく、消えた願望・・」

「おいっ」と僕はイズミの言葉を切った。

「今のは何だ? デートって・・僕の思念がそこまで入っているのか?」

 フィギュアプリンターでイズミを作成した時に、僕のそんな思いまでが、取り込まれているのか?

 だったら、僕の幼い時の記憶や、本当の浅丘泉美・・僕の初恋の相手の女の子のことまでイズミの思考の海にあるのではないか。

 そして・・隣の島本さんのお子さんの記憶も・・

「なあ・・イズミ・・そんなに僕の記憶を取り込んでいるのだったら、僕のことなら何でもわかるんじゃないか?」

「全部はムリです・・記憶の底の方に沈んでいて・・その全てに思考が届きません」

 意味不明だ。要するに、そこまで分からない。僕の記憶を引っ張り出してこられない、ということだろう。


 サツキさんはそんな僕たちの様子を微笑ましく眺めたり、海を見たりしていた。

 やがて、海から視線を戻した後、

「『海』という景色を並列思考に取り込みました・・」と言った。

 ・・ということは、他のB型ドールの中に『海の風景』が記憶されたということか。

 僕がそう訊ねると、

「ハイ・・もしイムラさんが、将来、他のB型ドールに出会って、『海を見たことがありますか?』と尋ねられても・・」

 僕がそう訊ねても・・

「そのB型ドールは、『見たことがあります』・・そう答えるでしょう」

 サツキさんは綺麗な声でそう言った。


 大丈夫だ。僕の考え方は合っている。

 並列思考を利用すれば、

 運命は・・変えられる。


 そして、海からの帰り、近所の花屋さんに寄った。

 総務部の女性に頼まれ、会社用の榊を買いに来る行きつけのような店だ。顔見知りの女性店員は、「あら、井村さん・・こちら・・ドール?」と訊いた。

 僕は、「色々、事情があってね」と適当に誤魔化した。

 そして、

「彼女たちに、店の奥の庭園を見せてあげたいんだ」と言った。

 この花屋さんの奥には、植物園とまではいかないが、花の庭園がある。

 イズミとサツキさんんは庭園に入るなり足早に進んだ。その興奮が伝わってくる。

 イズミは花の説明書きを目で追いながら、それぞれの花のデータを思考の海に仕舞い込んでいる。

 サツキさんは、あまり花の名前や、文章を記憶できないのか、その場で鑑賞するに留まっている。その方がいいのかもしれない。実際に目で見て記憶する方が。

 帰りがけ、僕は店員に二人にプレゼントは何がいいか、を訊ね、それぞれの花を買った。

 イズミにはミックス、サツキさんにはユリだった。


不思議と、「金がかかる!」とは思わなかった。

そして、「これで終わり」・・だとも思わなかった。

 

 その日の夜、隣の島本さんが訪ねてきた。

 島本さんはなんと、自分のお古の洋服を持ってきたのだ。

「サツキさんの制服・・あれではあまりにも彼女が可哀想でしょ」

 確かにサツキさんのスカートは、縫い合わせたままだ。

「私の若い頃のものだから、なんとか着れるんじゃないかと思って・・」

 僕は「島本さん・・嬉しいです」とお礼をのべ、サツキさんを呼び、お礼を言わせた。

 さっそくサツキさんは着てみた。20代の女性が着るような服だ。

 イズミが羨ましそうに見ていたが「イズミにはまだ早いな」と言っておいた。


 そして、サツキさんは「会社の制服より・・ずっといいです」と笑顔を見せた。

 サツキさんの横に並んだイズミを見て島本さんは、

「あら、イズミちゃんにお姉さんが出来たみたいねぇ」と鑑賞しながら微笑んだ。

 服装を変えたサツキさんとイズミと並ぶと、確かに母娘から、姉妹へと変化したように見える。

 島本さんが帰ってからもサツキさんは、

「ワタシのような者に・・このようなお洋服・・もったいないです」と何度も言っていたが、その言葉より何度も、姿見で自分の姿を鑑賞しているところを見るとよほど気に入ったようだ。


 次の日、会社から帰宅すると、僕を出迎えた二人の向こうにテレビの画面が見えた。

 どうやら、二人でDVDの映画を見ていたようだ。

 それは昨日、僕が「見ていいよ」と言って出しておいたDVDだ。何枚もある。

 AIドールが退屈するとは思えないが、このような娯楽を少しでも味わって欲しい、そんな思いで用意しておいた。

 そんな映画を見て、AIドールが感動するとも思えない。当然、泣いたり、笑ったりはしないだろう。

 しかし、知っていて欲しいのだ。僕たち人間は、このようなものを見たり、音楽を聴いたりして、心を動かしたりすることがあるということを。

 

 そして、今晩も、僕には夕飯が用意されている。

「イムラさん・・今日のご飯は、B型ドールの並列思考のレシピではなく、テレビのお料理番組を見て作りました」

 サツキさんは、まるで人間の主婦のように話した。

「テレビの・・って・・テレビの画面を見て、食材を覚えることが出来たんですか?」

 サツキさんの記憶容量は少なく、覚えられないはずだ。

 するとイズミがちょこちょことやって来て、

「ミノルさん、これを使いました」と説明した。

 イズミは、5000円のドール間を繋ぐケーブルを手にしていた。

 なるほど・・データの送信か。すごいケーブルだな。


 三日に亘って食べたカレーの後は、野菜炒めとオムライスだった。

 僕の為にだけ用意された食事に感謝する僕。

 そして、僕の傍らで、

 サツキさんは日本茶を美味しそうに飲み、

 イズミは紅茶を飲んで、また一人で酔っている。


 限られた時間で感じる幸福。

 イズミの残り時間は不明だが、サツキさんの寿命はもう一週間もない。


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