第62話 並列思考①

◆並列思考(祝福の日々②)


 今、僕は愛車の軽自動車ムーヴの中にいる。助手席にはイズミが乗っている。車の中なのに、イズミはお気に入りの帽子をかぶっている。

 時刻は夕刻・・

 そして、僕とイズミの視線の先にはサツキさんがいる。

 サツキさんは・・今、買い物をしているのだ。

 ここは、近所の古びたアーケードもない商店街。空きテナントが並び、空地も多い。そんな場所だ。そんな場所の道路脇に車を停めて、サツキさんの様子をイズミと二人で伺っている。

 サツキさんの姿と行動は、違和感なく風景に溶け込んでいる。


「イズミ・・よく見ておくんだぞ。あれが『買い物』というものだ」

 僕の言葉にイズミは、「あれが、カイモノ・・」と復唱した後、

「買い物ですね・・店舗に行き、貨幣を使って、日用品、食料品・・または趣味の物をお買い求めになる行為ですね。英訳でショッピングと言います・・ミノルさんがいつもされているのは、ネットショッピングと言います。ネットショッピングは無駄使いが多いそうです」

 最後の言葉は余計だ!

 店の人は、サツキさんがAIドールだと気づいている・・そう認識している。

 しかし、誰も通報はしない。店側も商売だし、通報しても賞金が貰えるような制度も今のところはない。

 サツキさんは僕の買い物メモの通り、買い物を続けている。

 AIドールがメモを持って・・似つかわしくない行為だ。しかし、仕方ない。

 サツキさんは、新しい情報を覚える能力が失われるつある。

 人間で言えば、軽度の認知症だ。

 もちろん、基本的なことは並列思考から取り込み、することができる。先日の料理などもその一つだ。

 しかし、ごく簡単な記憶。例えば、塩、コショウを買ってくること。そんなことができない。

 それでも、昨晩、サツキさんは、

「数件なら、覚えることはできます」と言った。だが自信なさげだ。

 だから、僕は、

「だったら、無理に覚えなくていいです。このメモを持って買い物をしてください。他のドールが経験しなかったことができる・・人間みたいなことができる・・それもいいじゃありませんか」と言った。

 そう言った僕に、サツキさんは微笑み、「イムラさんはとてもお優しいのですね」と言った。

「優しいのではないと思いますよ・・ただ僕は・・」

「ただ、ボクは?」サツキさんはイズミのように復唱した。

「僕は、知りたいのです・・AIドールのことも知りたいですが、人間のことも・・」

「人間のことも?」

「ええ・・」

 イズミが「ワタシはどこから生まれ・・そして、どこへ行くのか?」と疑問を投げかけたように、僕も人間としてそんなテーマを抱いて生きている。

 そのヒントになる手がかりを、イズミや、サツキさんと行動を共にすることにより、見つけられそうな気がする。


「・・リョウカイしました」

 綺麗な声でB型ドールのサツキさんは言った。

 そして、

「イムラさんなりの答を見つけてくださいね」と言った。「イムラさんなら、きっとお見つけになられると思います」


 そして、そんな昨夜の僕とサツキさんの会話をイズミは横で聞いていた。

「サツキさん・・ダイジョウブそうですね」

 イズミが助手席の窓からサツキさんの様子を見ながら言った。

「イズミ、よく見て、憶えておくんだぞ・・サツキさんの行動を」

 そう言った僕は、いずれイズミにも同じように買い物をさせようと思っている。

 その目的は・・サツキさんの場合と同じだ。イズミにもできるだけ人間の行動を覚えさせたい。

 AIドールの行動や思考を人間に近づけていく。

 僕はそんな試みをしようとしている。


「イズミは見て覚えます。ミノルさんのことも見たり、聞いたりして覚えました」

 澄ました顔でイズミは言った。

「僕のことも?」

「ハイ・・ミノルさんのお好みや性格などもイズミは熟知しています」

 なんかイヤな感じだな・・たぶん僕のセコイところとか、僕の人嫌いのことを頭に刻みつけているのだろう。そこは、あえて突っ込まないでおくことにする。


 しばらくすると、

 サツキさんは、僕らがいる車に向かってきた。少し早歩き・・それがサツキさんの気持ちを表しているように思えた。

 サツキさんは後部席のドアを開け、中に入ると、

「イムラさん・・これを」と買い物袋を差し出し、その中身を僕に見せた。

 そして、「どうですか? 合ってますか?」と訊いた。

 中身は僕の書いたメモ通りだった。間違った商品は一つも入っていない。

「サツキさん、大丈夫ですよ」

 その言葉に、イズミも、「サツキさん、すごいです」と称えた。

 僕たちの言葉に、サツキさんの顔から笑みがこぼれた。 

 

 僕はイズミに、

「どうだ? イズミもできそうか?」と尋ねた。

「サツキさんの行動をデータとして、取り込みました。今度の買い物は、ワタシにやらせてください。きっとミノルさんは、優秀なイズミをお褒めになると思います」

 うーん・・言葉が少しおかしいが、まあ良しとする。


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