第59話 祝福の日々③
僕の認証の元に、イズミはサツキさんとケーブルを使って交信を始めた。
交信中、イズミの体がガクガクと痙攣するように揺れた。
交信は短い時間で終わり、
「お料理データ、受信のカンリョウです」とイズミは言った。
「ミノルさん・・それでは、お料理のカイシです!」
お! なんだか頼もしいぞ。
僕はその時、改めてフィギュアプリンターで創られたAIドールの凄さを知ることになった。
だって、イズミの体の動き、その後ろ姿は、先ほどまでのサツキさんの動きそのものだったからだ。ふわりとイズミのスカートが揺れる。
そのサツキさんも料理をするのは今日が初めてなのだ。
料理のレシピを同じB型ドールの平行思考から読み取ってのことだ。
更にその思考をイズミが受け継いだ。
しかも短時間だ。
そして、これだけは言える。
人間にはAIドールのようなことは決して真似できない。
そんなことを思っていると、部屋の中がカレーの匂いで充満し始めた。
寂しかった僕の部屋がレトルトカレー以外の香りで一杯になることなど、考えられないことだった。
こんな感情を「幸福」と呼んでいいのかどうかわからないが、少なくとも僕はそれに似た感情に酔っていた。
イズミは流し台に向かいながら、時折、僕の方を振り返った。
目が合う。なぜか、ドキッとする。
気がつくと、僕の目はノートパソコンから離れ、てきぱきと動くイズミの姿に見入っていた。
こんなイズミの姿を見るのは初めてだ。本当の少女に見える。母親の手伝いをする娘に見える。
何かの段取りがついたのか、イズミは「ミノルさん、しばらくお待ちください」と言ってその場に直立不動の姿勢をとって時間をやり過ごしている。
その間にも、カレーのルーが完成されつつあるのか、食欲をそそる匂いがし始める。
そう思っていると、充電中であるはずのサツキさんがむくりと起き上った。
サツキさんが起き上るのと同時に、デジタル音声のような声が、
「B型ドール、NO9257・・まだ充電の途中です・・」
その音声が終わらぬうちにサツキさんは充電コードを引き抜いた。
そして、僕に向き直り、
「イムラさん。申し訳ありません。お料理の途中でしたのに」と言った。
「サツキさん・・まだ充電の途中だったのでは?」
そう僕が言うとサツキさんはにこりと微笑み、
「イムラさんにしてあげられるワタシの初めてのお仕事・・充電で中断しては失礼です。それにイズミさんの手を煩わせてしまって」とイズミにも謝った。
そんなサツキさんにイズミは、
「サツキさん。まだ充電のカンリョウがしないうちに動作を開始すると、不具合が生じます。充電を続けることを推奨します」と言った。
イズミの表情・・サツキさんを心配しているのか、そんな感情が見て取れる。
それにサツキさんの言葉使いと表情。
更に人間の大人の女性っぽくなっているように思える。
・・AIドールは、その相手によって変わっていくものなのだろうか?
イズミも徐々に変化を見せているのがわかる。
そして、サツキさんも初めて出会った時に比べると、より人間味を増した感がある。
人間味・・それは、人間らしくなるということ。
だが、それはいいことなのか?
人間らしくなるということは、人間と同じような考え方を持つということではないだろうか?
そうなると、人間と同じように「死」に対する恐怖も生まれることになる。
もうすぐ寿命の終わりを迎えるというB型ドールのサツキさんが、死ぬことに抵抗を感じるようになる。
だったら、人間らしくなんてならずに、最期まで本当のロボットのようにいる方が幸せではないのだろうか?
いや、待て!
そうじゃないだろ。
それではまるで、生まれた赤ん坊が世の中のことを何も知らず、経験も積まず、そして成長しないで、そのままこの世を去っていくのと同じじゃないか。
たとえ、間近に死が待っていたとしても、
この世に生を受けた喜びを知ってもらった方が、サツキさんにとってもいいことなのではないだろうか?
僕はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます