第57話 祝福の日々①
◆祝福の日々
僕が帰宅すると、イズミは僕の下げている買い物袋を見て、
「ミノルさん・・それは何ですか?」と訊いた。イズミの横にはサツキさんが立っている。
「これは・・食材だ」
サツキさんの手料理を期待して、近所のスーパーで色々買い揃えてきた。もちろん、料理なんてしたことのない僕は何を買っていいのか分からないので、佐山さんに買い物メモを有難く頂いてのことだ。
佐山さんのリクエストはカレーだった。
「私も井村先輩の家で、サツキさんの手料理をよばれようかな・・」
普通なら、「佐山さん、それなら僕の家に来るか?」と返すところだ。
佐山さんとお近づきになれる絶好のチャンスだ。
「ま、まだ、サツキさんが、料理できるかどうか、わからないんだ。また今度、家に招待するよ」と丁重に断った。
当然だ。家にはサツキさんの他にもう一人のドールがいる。
それはイズミだ。
初めて訪れる男の家に幼女の・・いや、少女タイプのドールがいたら、いくらなんでも人間性を疑われる。
佐山さんは「そうね。また今度にするわ」と爽やかに言った。
そんな経緯をイズミに説明することもなく、サツキさんに、
「サツキさん・・昨日お願いした晩御飯ですけど・・」と切り出した。
何のことかサツキさんはすぐに理解したらしく、
「お料理ですね・・平行思考から取り込んでおきましたので、大丈夫ですよ」と言った。
おおっ! これは期待できるぞ。
「食材を見せてください」
僕が手提げ袋ごとサツキさんに渡すと、サツキさんは中身を取り出し、確認した後、
「これは・・カレー用ですね」と言って「おまかせ下さい」と微笑んだ。
そして「イムラさんは、辛口と甘口、どちらがお好みですか?」と言った。
僕は「では、辛口で」と答えた。サツキさんは「承知いたしました」と返した。
まさか、自宅でこのような会話が交わされるとは夢にも思っていなかった。
台所に向かったサツキさんの後姿を見送っていると、
それまで黙っていたイズミが、
「ミノルさん、ワタシはもう用なしですか?」としょんぼり言った。
「そんなわけないだろ」と僕は答えて、「サツキさんをサポートしてくれ」と言った。
「サポート?」
イズミが思考の海に潜りだす暇も与えず、
「サツキさんを手伝うんだよ」と僕は言った。
そして、
「できれば、サツキさんから色々学んでくれ」料理の作り方をな。
「まなぶ・・学習のことですか?」
イズミの目が少し輝く。
「ああ・・そうだ」
「ミノルさん・・承知しました。イズミは学習を致します」
イズミはサツキさんのセリフを真似たように言って、既にカレーの準備に取り掛かっている台所のサツキさんに並び立った。
カレー・・時間がかかるだろうな・・明日にすればよかったな。
そんなことを思っても、今更二人の動きは止められない。
イズミは・・今までのペタン座りとは打って変わって、
動く、動く!
サツキさんは手慣れた手つき、落ち着いた様子で動いているが、イズミはサツキさんの指示を受け、その倍は動いている。
サツキさんの制服・・汚れるだろうな・・替えの服を調達してあげたい・・
イズミの服もクリーニングに出さないと。カレーの匂いが付くことだろう。
それとも、ドールはそんなことを気にしないか?
いや、そう言う問題ではない。見ている僕の方が気にする。
それにしても、考えれば・・なんと金がかかることだ。
サツキさんの体の充電代・・イズミと合わせて、いくら請求が来るんだろう?
二人の後姿を眺めながらそんなことを考えていた。
だが、二人の姿を観察してばかりいても仕方がない。
暇を持て余した僕はお腹を空かせた状態で、ノートパソコンを開いた。
その目的はフロンティアの場所を探すこと。
「B型ドール、フロンティア、場所」とキーワードをタイプし、検索をかけた。
検索し、該当ページを開いても、
「B型ドールが『フロンティア』と呼ぶのはドールの廃棄場だよ」と言う言葉が一番多くある。
前回あったような「フロンティアはドールの天国だ」というのは少ない。
しかも、前回その言葉を聞いたのは同じB型ドールの平行思考の言葉だった。
つまり、「フロンティアはドールの天国である」という言葉は、B型ドールの思考内にだけにしか存在しない、
となると、「フロンティア」はB型ドールの空想上の世界・・ということになってしまう。
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