第56話 皆が考えていること

◆皆が考えていること


 翌日、経理の清水さんの席に伝票を持っていくと、

「井村くん。ごめんねぇ。ドールを預かってもらって」と言って「私の家、ペットも禁止だから、当然ドールも禁止なのよ」と両手を合わせて謝られた。

「ペット禁止って・・」

 僕は思わず口に出したが、

「そうだよな・・AIドールは、人間にとってそんなものかもしれないな」と笑った。 

 そう言った僕に清水さんは、

「あれから、佐山さんとも話したんだけど、ドールの維持に使う錠剤はみんなで費用を出し合うことにしたの。植村くんも協力してくれるわ」と言った。

 そして、

「ドールにいやらしいことしたらダメよ」ときつく念を押された。

 いや、できないだろ。僕には同居人がもう一人いるんだから。

 それに、あんな話を聞いた後では、とてもそんな気にはならない。


 その日の昼休憩、外まわりの営業もなかった僕と佐山さん、そして、清水さんと植村の4人で屋上で弁当を広げた。

 と言っても僕はコンビニ弁当だが。

「ええっ、植村くんって、奥さん、いないわよね」と清水さんが、植村の手作り弁当に驚きの表情を見せる。

 佐山さんも「あれ、本当・・そのお弁当、植村くんが作ったの?」と訊いた。

 まずいな・・植村の家にはAIドールのお母さんがいる。

 その事は経理の清水さん。営業の佐山さんには秘密だ。

 特に清水さんに対しては植村は思いを抱いている。そんな清水さんにバレたら大変だ。

 だから、僕は、

「植村って、こう見えて、けっこう料理の才があるんだよ」とかばった。

 言葉を用意していなかった植村は「そうそう・・俺が作ったんだ」と言った。


 食事が終わりティータイムに移る。と言っても、それぞれが水筒のお茶や、缶コーヒーだが。

「昼間は、けっこう暖かいんだね」と清水さんが言った。

 佐山さんも「本当ね。植村くんが屋上で食べようなんて言うから、寒いと思って来たんだけど、風が吹いていないと本当に暖かいわ」と言って微笑んだ。

 植村は、

「ここで時々、井村と弁当を食ってるんだ」と言った。「井村はコンビニ弁当だけどな」

「悪かったな。コンビニ弁当ばかりで」

 明日からは変わるかもしれないぞ。サツキさんがはりきってたからな。


 そして、まず佐山さんが話を切り出した。

「井村先輩、無理なお願いをしてごめんなさいね」

 無理なお願い・・

 そう最初は思っていた。

 人嫌いの僕、人付き合いの悪い僕は、人の頼みごとを引き受けることなんて、面倒で、煩わしいことだと思っていた。

 けれど、少し僕は変わったのかもしれない。

 イズミと暮らすようになってから、AIドールに興味もわいたし、ドールの世界に悲哀があることも知った。


「僕は知りたいのかもしれない・・ドールのことを」

 そう僕がいたって真面目に言うと、植村がしれっと、

「井村もイズミちゃんと一緒になってから、変わったよな」とイズミの名を出した。

「おいっ!」と僕は植村を制した。植村は「いけね」という顔をして声を閉じた。

 清水さんが「イズミちゃんって・・誰? 井村くんのつき合っている子?」と速攻で訊いた。

 僕は頭を振って、

「違う違う。植村の勘違いだよ」と慌てて否定し、「第一、人間嫌いの僕が女の子と暮らすわけがない」と言った。

「誰も、一緒に暮らす・・なんて言っていないわよ」と清水さんが突っ込み、

「ええっ、井村先輩って、人間嫌いなんですか?」と佐山さんが驚きの声を上げて追及した。

 僕は「いや、人間嫌いと言うか、僕は人付き合いが下手なんだ」と言い換え誤魔化した。

 佐山さんは僕の言い訳に納得したのか、

「それで、サツキさんの様子はどうですか?」と尋ねた。

 そんな佐山さんの質問に僕は、サツキさんから聞いたB型ドールの悲惨な境遇を説明した。

 佐山さんも清水さんも僕の話に耳を傾けた後、

「ひどいわ」と清水さんが言って、

「B型ドールって・・今も、この時間も・・そんな風に酷使されているのね」と佐山さんが言った。

 植村がしばらく沈思した後、

「なんだか・・国産型のドールは・・自由がないんだな」と言った。

「自由って?」と清水さんが訊ねる。

「いろんなものに縛られている気がするよ」

 中○製のお母さんドールを所持している植村の意見は重い。

 植村の言う通り、確かに中○製のドールには国産型のような制約はないように思える。

 だがそれは・・僕と植村という個人が、それぞれ中○製のドールを買っただけのことだ。

 そして、飯山商事という会社がA型ドールとB型ドールを購入し業務に従事させているだけのことだ。

 その逆の場合はどうなのだろう?


「でも、AIドールに自由がある・・人間の私たちがそれを求めるのもおかしな話だわ」

 そう清水さんが言った。

 その言葉に佐山さんが、

「最初から、AIドールなんて作らければよかったのかもしれないわね」と言った。

「井村くんはどう思うの?」

 清水さんが黙っている僕に向かって言った。

「どうって・・これも人間の文化が進化する過程なんじゃないかな」

「人の進化の過程?」清水さんは首を傾げた。

 佐山さんが「井村先輩・・よくわからないわ」と困惑の表情を見せた。

 そんな二人に僕は普段思っていることを話した。ネットの情報もかなり混ざっている。

「つまり・・人類は、AIドールを作ることをいまさら止められないんだ。もう走り出してしまっている。そんな中でいろんなドールが生まれた・・中には思念で創られるドールもいる」

「井村先輩、ドールについてよくご存知ですね」と佐山さんが言った。

 僕は「だから、ネットの受け売りだよ」と言って、

「まだ、どんなAIドールが、人類にとって本当に必要とされているか・・それを見定めている段階なんじゃないかな」

「へえっ・・そうなんだね」と清水さんが感慨深く声を洩らした。

「井村が言うのは・・まだ人類はAIドールの必要性も、その使い方もわかってないってことなんだな」と植村も意見を述べた。

「そんなところだ」

 人類の思考も、AIドールもまだまだ進化の過程の途中だ。


 すると清水さんが、

「ねえ・・そんな話、私にはよくわからないけれど、そのB型ドールのサツキさんだけでも幸せになってもらいたいわよね」と話を変えた。

「幸福って・・人みたいな感情・・ドールにあるのかな?」と佐山さんが疑問を呈した。

「あ、あるよ・・きっとある」植村がそう言った。

植村はよく承知している。お母さんドールと暮らしているのだから。


「井村くん。サツキさんは井村くんのお家で幸せそうにしてる?」と清水さんが唐突に訊ねた。

「ドールの幸せって・・そんなことを訊かれても」僕は言葉に詰まる。

 よくわからない。

「とりあえず、飯山商事のような冷遇はないから、ホッとしているんじゃないかな」と僕は答えた。

 実際は疑問だ。

 AIドールの考えていることなどわかりっこない。


「サツキさん・・もうそんなに長くはないんでしょう?」と清水さんが言う。

「廃棄寸前のドールだったらしいな」と植村が静かに言う。


 そんな彼らに僕は、

「そう言えば・・サツキさんは、『もっと生きたい』って言っていたよ」と言った。

 その言葉に清水さんと植村が驚き、

「サツキさんの願い・・そんなのがあったら叶えてあげたいな」

 佐山さんが続けてそう言った。


 だから、僕はこう言った。

「サツキさんを幸せにできるのは・・・フロンティアに連れていってあげることだ」

 突然出た僕の「フロンティア」という言葉に他の三人は興味を示した。

 僕はネットで得た情報を元に皆に説明した。

 B型ドールがその地を目指しているということを。

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