第55話 サツキさんの経験したこと③

「ワタシの裸を見たがる人は大勢いました・・人間が私の裸体を見て、何が楽しいのかわかりませんが、私の裸を見て喜んでくれるのなら、それでいい・・そう思っています」

 そう言ってサツキさんは、

「私どもB型ドールには・・人間の方を喜ばせることはできません。そんな機能はありません・・・同種のB型の並列思考を探っても、そこには人間の方を喜ばせるような技能は削除されているとのことです」

 サツキさんはそのように説明して、

「ですから、私の唯一の人間の方を喜ばせる・・『芸』なのです」と言った。


「芸?・・」

 服を脱ぐことを芸と呼ぶのならば、

「サツキさん・・服を脱ぐことが芸だって言うのなら、あの飲み会の席で、それはできなかったのですか?」

 サツキさんが服を脱ぐことに恥じらいがないのなら、人間の強要する芸に応えることができるのではないだろうか?

 そんな芸をするサツキさんを僕は見たくはないが、あんな恥辱、暴力を受けるよりはましに思える。

 だが、そう言った僕を見てサツキさんは僅かに微笑んだ。

「いい人ですね。イムラさんは・・」と言って、

「ダメなのですよ・・あの飲み会で服を脱いだりすることは・・」と続けた。

「それはなぜですか?」

 僕の質問にしばらくサツキさんは沈思し、横でぐったりと寝ているイズミを眺めた。

 サツキさんの横顔を見ていると、ドール同士の母娘にも見える。

 そう思うのはそのフォルムから来るものだ。イズミの幼児体型と、サツキさんの成熟女性タイプ。

 だが、その中身や境遇は全く違う。


「私どもB型ドールは、基本的には、A型ドールをサポートするように出来ているのです」

 サツキさんはそう語り始めた。

「A型をサポート?」

「私たちは、A型ドールのサポートとして作られています。ですから、A型より抜きん出ることは禁止事項なのです」

「A型を超えることが・・禁止事項・・」

 どうしてだ? よくわからない。

「それは何故ですか?」

 僕の質問にサツキさんは「そう決められているからです」と答えた。

 それは決定されたこと、どうしようもないこと。

「B型ドールの共通思考回路は・・A型を越えてはならない。A型を守り、A型を常にたてること」

 もしかして・・

「もしかして、サツキさんが飲み会で芸・・つまり、裸体を人前で曝すようなことをして、人間に受ければ、A型ドールの立場がなくなる・・そういうことですか?」

 もし、そうであれば、なんということだ。

 それがB型ドールに定められた運命なのか・・その寿命も短い・・その僅かな生の間を決して楽しむことなく、そんな過酷な運命を抱えながら生きていく。

 

 それでも僕は追及したい。

「じゃあ、A型ドールが、『芸』として裸にでもなって人間に喜んでもらえればいいじゃないですか」僕の声は少し憤っていた。

 寝ているイズミの体がぴくっと動いた。

 そんな僕の興奮した声を聞いてもサツキさんは静かに微笑んでいる。


「それはダメです」

サツキさんは静かに首を振ってそう言った。

「なぜ?」僕の大きな声。

「A型ドールには、『羞恥心』・・すなわち、恥じらい、があります」

 B型ドールのサツキさんはそう答えた。


「恥じらい、って・・」

 B型ドールには恥じらいという項目が不要で、A型ドールにはそれがあるというのか。

 A型ドールはそんなにお上品に出来ているのかよ!

 サツキさんをねじ伏せていたあの冷たいA型ドールが・・

 

 サツキさんの語りは続いた。

「私ども、B型ドールはA型ドールの為であれば、その身を投げ出すこともできます」

 身を投げ出すって、それって・・

「つまり、A型ドールのためであれば、死ねる・・そういうことですか?」

 僕の質問にサツキさんは首を縦に振った。


 だめだ・・こんな話は・・

 B型ドールの境遇は過酷過ぎる。

 A型ドールの為なら死ねる。それは、どんな場合があるのかは知らないが、そんなケースを考えたくはない。

 だが、それを不幸だと思っていなければ、また話は違う。


 サツキさんの長い話はそんな風にして区切られた。

 サツキさんは優しい顔のまま、

「ワタシが裸になっても、イムラさんが喜んでくれないのなら、私には、ここに置いてもらう資格もないですね」と申し訳なさそうにした。


 そんなことはない・・

 サツキさんが食事の用意をできるのなら、僕は喜ぶ。

 ならば、それでいいではないか・・

 そう言うと、サツキさんは喜んだよう表情を見せた。


 そして、しばらく俯いていたサツキさんは顔を上げると、

「ワタシは人間の方に、何をされてもかまわないし、できない芸を強要され、断って、その都度、ぶたれてもかまわない・・そう思ってきました」

「そう思ってきた?」

 今は違うのか?

「でも・・ワタシは、飯山商事から私を引き取ってくださった佐山さんや、井村さん・・ドールのイズミさん・・私のスカート縫って下さった島本さんたちに出会って、気持ちが少し変わりました」

 出会い・・ふれあいで、少しは・・


 サツキさんは首を傾けぎこちない笑顔を浮かべると、

「こんなに気持ちのお優しい人間もいるのだな・・そう思いました」と強く言った。

 そして、

「・・もっと、生きてみたいです」と言った。

 それは希望に満ちた声だった。

 もっと生きてみたい・・

 それはAIドールのサツキさんが初めてこの世に望んだ言葉ではないだろうか。


 そして、サツキさんと二人きりの時間は終わった。

 イズミがむくりと起き上ったからだ。紅茶のカフェイン効果が切れたようだった。

「イズミは、ただ今、お目覚めになりました」

 いつものように変な日本語で報告した。まだカフェインは残っているようだな。


 イズミはスリスリと寄ってきて僕の顔をじーっと見つめ、

「ミノルさんにおかれましては、何かありましたか?」と尋ねた。

「いや、何もない」と答えると、

「何やら・・お体が興奮されているように、お見受けしますが」

「いや、何もない」と僕は重ねて言った。

 それは嘘だ。少しは興奮した。


 そんな話の後、サツキさんがテーブルの上を片づけ始めると、イズミもそれにならった。

 イズミがそんなことをするのはもちろん初めてのことだが、

 サツキさんの場合のそれは、さっき出来ないと言っていた「後片付け」だった。

 それはB型ドールの何かの変化なのだろうか?

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