第54話 サツキさんの経験したこと②

「平行思考から読み取ったのですか?」

「ハイ。そうです。人はAIドールが芸が出来ないことがわかると、優越感に浸れる・・そんな思考を読みました」

 だから、B型ドールは人間にされるがままにしているのか。

 そして、そんな人間たちの仕打ちにぐっと耐えている。

 B型ドールの悲惨な運命を知るのと同時に人間の愚かさを思った。

 人は・・ドールにそんな風に思われている人間たちは、自分たちのことを情けないとは思わないのか。

 僕はサツキさんに、

「辛くはないですか?」と尋ねた。「人間たちに酷いことをされて、辛くはないんですか?」

 辛さ、痛み、そんなものはないのか?

 サツキさんは、少し笑ったような顔になり、

「だって、ワタシはこの世界に生を受けたその日から、あのようなことをされているのですから」と言った。

 だから、人間に手荒なことをされるのに慣れている・・そう言いたいのか。

 サツキさんは生まれたその日から、その場の環境、その仕事の流れの中に、その身を投じている。

 だから、生きていることの喜びさえもないというのか。

 AIドール・・

 人間が創った生命体・・いくら、その業務専用と言えども、自由の許されないドールを、主人の命令に背くことのできないドールを、

人間がその人格をも蹂躙することが許されていいのだろうか。


「ワタシの体型・・そして、思考回路は、人間の方のインプットデータで形成されています」

 インプットデータ・・予め山田課長の説明を訊いて知っている。彼の場合はA型ドールだったが、B型ドールもそうだったんだな。

 ・・ということは国産のフィギュアプリンターで創られたドールはどちらもデータのインプットによるものだということだ。

 イズミや植村のお母さんドールのように思念の伝達ではない。


「僕が知っている話だと・・B型ドールはインプットされた業務だけしかできない・・そうなんですよね」

 僕の質問にサツキさんはコクリと頷いて、

「ワタシは、生まれたその日から業務につきました・・けれど、人間の方にはインプットデータ以外のことを強要される方もおられます」と言った。

 それは先日見た芸の強要のようなことか?

 そう僕が訊ねると、

「ええ・・あの日のようなこともそうですけど、業務以外の業務・・例えば、掃除、後片づけですとか・・」

「掃除?」

 人間には簡単に思える作業が、インプットデータにないものはできない。

「人間の方の中には、『服を脱げ』と言われる方も多くいます」

 サツキさんはためらいもなくそう言った。

 B型ドールに人間の女性のような恥じらいがあるのかどうかは不明だ。

「サツキさんは、そう指示されたら・・服を脱ぐのですか?」

 こんな質問をするのも僕には抵抗がある。

 だが、そんな抵抗もなく、ドールに命令する男たちも大勢いる。


「ええ、脱ぎますよ」

 サツキさんはそう言って、

「それは容易なことです・・掃除でしたら、データに無いので、することはできませんが、服を脱ぐことはデータに無くてもできます」と語った。

 なんということだ・・普通は逆じゃないか。

 人間なら、どんな人間でも見よう見まねで掃除くらいはできる。しかし、人前で服は脱がない。

 念のため、僕は訊ねた。

「そ、その・・サツキさんは恥ずかしくないのですか?」

「何をですか?」

「人前で、服を脱ぐことです」と僕は言った。

 B型ドールのサツキさんはイズミのように、しばらく思考の海に沈んだように見えた。

 そして、

「恥ずかしい・・という概念がよくわかりませんが、ワタシども、B型ドールは、服を脱いでも、どうということはありません」と答えた。

「どうということはない?」と僕はサツキさんの言葉を復唱した。

「ええ・・何なら、ここで服を脱ぎましょうか?」

 そう言ってサツキさんはその場で立ち上がった。

 ええっ!

 僕の目の前にサツキさんの下半身がある。そのボリューム感には圧倒される。

「い、いえ、それはいいです・・」

 僕は即座に断った。

 目の前に立つドールの体はどう見ても成熟した女性の体だ。

 だが断ったものの、興味があることはある。

 イズミには女性としての機能がない。B型ドールにはそれがある。

 しかし、興味があるからと言って、見ていいものでもない。


「イムラさん・・ワタシのことならお気になさらず」

「いや、そういうわけじゃ」

「ワタシ・・脱ぐのは慣れていますから。いくらでも脱ぎます」

 サツキさんは重ねてそう言った。

 そんなサツキさんを見て、僕は思った。

 彼女は人間ではない・・フィギュアプリンターで作成されたAIドールだ。

 決して人間の性の対象として成りえない。

 それは、なぜか・・

 そのフォルムは女性そのものだし、顔も人間の女性より遥かに整っていて綺麗だ。

 そのプロポーションも理想の形を描いている。心だって優しいイメージを備えている。

 だが、決定的に違うのは、

 ・・その「匂い」だ。

 サツキさんには、匂いが全く感じられない。

 匂いや香りと呼ぶべきものは人工的に作ることはできるだろう。

 だが、それは所詮はまがい物だ。

 それはなぜか?

 ・・そこには「温度」がないからだ。偽物で匂いを作ったとしても温度が無ければ、本当の匂いとは言えない。

 だから僕は、

「いや、僕はサツキさんの裸は見たくない」

 そう拒否した。

 僕の言葉にサツキさんは「イムラさんは変わってますね」と言って再び膝を折って座った。


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