第53話 サツキさんの経験したこと①
◆サツキさんの経験したこと
イズミがテーブルに急須と湯呑を配し、湯呑にお茶を注いだ。
「お茶をどうぞ」
僕が「ああ」と答えて、一気に飲み干し、湯呑を置くと、またお茶を注ぎ、
「どうぞ」と言った。
僕は半分ほど飲むと、またイズミはお茶を入れ「ミノルさん、どうぞ」と言った。
きりがないな・・それに苦い。かなり苦い・・
僕は「イズミはお茶を飲まないのか?」と訊いた。
紅茶を飲めるのなら、日本茶も飲めるだろう。
しかし、イズミは、
「お茶は苦いです」と答え、「こんな苦いものは、おいしくありません」と言った。
その苦いのを僕は飲んでいるんだけどな。
「イズミは紅茶だったら、いいのか?」
僕がそう訊くと、
「お紅茶がいいです」と答えた。
紅茶・・そう言えば、植村の家の帰りに、また紅茶が飲みたいと言っていたな・・
「ティーパックでいいなら、そこの戸棚に入ってる」と僕が言うと、
イズミは目を輝かせ、「ミノルさん・・紅茶があるのなら、あると、早く言ってください」と抗議した。
いや、訊かれてないし・・
そんなやり取りの様子を黙って見ていたサツキさんがテーブルを指して、
「あの、私も、そのお茶を飲んでいいですか?」と言った。
僕は「どうぞ・・粗茶ですけど」と言ってすすめた。
僕の何気ない言葉に、イズミは思考内部の百科事典を読んだらしく、
「粗茶とは・・・粗末な茶。上等でない茶・・と言います」と言って「上等でないのは、ミノルさんが『ケチ』だからだと思われます。そのケチなミノルさんがお買い求められたものはお粗末である・・ということでよろしいのでしょうか?」と僕に当てつけるように論じた。
僕は「ああ、そうだ」と適当に話を流した。否定してもしょうがない。その通りだ。
イズミは僕に言葉を並べ立てた後、
キッチンに戻り、サツキさんの湯呑茶碗を用意し静かにお茶を注いだ。
B型ドールのサツキさんは湯呑に両手を添え、上品に口をつけた。
ある程度飲むと、サツキさんは顔を上げ、
「トテモ・・おいしいです」と言った。
僕が「お茶を飲んだことはないのですか?」と尋ねると、
サツキさんは、
「実際には飲んだことはありません・・けれど、お茶を飲んだ他のドールの意識を共有していましたので、どんな味なのかは予め知っていました」と説明し、
「でも、実際にこうして飲むのと、情報として知っているのとでは違うのですね」と感慨深く言った。
人間である僕にはわからないことだ。味覚や嗅覚の情報を共有するなど、理解できない。
便利なのか、それはある意味、悲しい事なのか。今の段階ではそれさえもわからない。
サツキさんはお茶を飲み終わっても、そのまま正座を続けている。
イズミのようにカフェインで酔うことはないようだ。
ん?・・紅茶の香りが漂って・・・って、
イズミがぐったりしてるじゃないか!
イズミはテーブルの上に突っ伏している。
その原因は?・・と見ると、テーブルの上に封を切ったティーパックがある。
急須の湯で紅茶を入れたんだな。
「おい、大丈夫か?」と僕が尋ねるとイズミは顔だけを起こして、
「ミノルさん・・気持ちいいです」と答えた。
気持ちい?・・すごく体に悪そうに見えるが・・
その様子を見てサツキさんが、
「イズミさん・・すごく幸せそうですね」と言った。
なぜか、羨ましそうな口調。
その顔は微笑んでいるように見える。いや、確かに微笑んでいる。中○製のイズミより心の状態を顔に表現できるようになっているのか。
僕はぐったりしているイズミを横目で見ながら、
「サツキさんは・・あの飲み会で、無理やり『芸をしろ』と言われていたんですよね」と尋ねた。
あれは酷かった・・・人間もひどかったが、A型ドールの冷酷さにはもっと驚いた。
だが、B型ドールのサツキさんは僕の問いにこう言った。
「お仕事なんです」
仕事?
「芸をしなければならない・・それも仕事のうちだと言うんですか?」
サツキさんの本来の仕事は、あの飯山商事での業務だろう。そして、人間のアフターファイブに当たる。仕事外の時間・・それも仕事だということか。
「ワタシは芸はできません」
サツキさんは断定的に言って、
「けれど、ワタシが芸ができないことで人間の方は喜んだりもします」
できないことで、人間が喜ぶ・・優越感なのか。
「そんな人間のお気持ちを、他のB型ドールの並列思考から読み取りました」
サツキさんの目が僕を見つめる。吸い込まれそうになる。その瞳孔には不純物が全くない。
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